第十六話 ウサギさんとリンゴ
また新しい月がやってきた。とある田舎の古民家を改装した小さなお店は、今日もひっそりと営業している。
「小春さーん、こんにちはー」
今日のお客さんは桃色の狩衣を纏ったウサギだ。なんだか少々困っているのか、心なしか表情が暗い気がする。
「こんにちは、ウサギさん。どうかしましたか? なんだか元気がないような…」
「小春さん、助けてくださいっ。小春さんの力がぜひ必要なんです!」
「へ? どうしたんですか、急に?」
聞けばウサギが仕える国づくりの神様は、絶賛秋のもの悲しさに浸っている最中らしい。そこで食べたいものを聞いた返ってきた回答が――。
「『胸がきゅんとする食べもの』、ですか…?」
「そうなんです。もの悲しさの中で、切ない気持ちを感じたいと、よく分からないことをおっしゃっていて…」
たしかに国づくりの神様の言っている意味はあまりよく分からない。それでも小春がすることは一つだ。
「うーん、胸がきゅんとする食べもの…」
神様の要望を叶えるごはんを作る。それが小春のお店もモットーである。
「今の旬でいえばリンゴだけど、リンゴ自体がもう甘酸っぱくて恋の味みたいな気がするんだよねぇ」
リンゴを使って何か良いアディアはないかと考える。祖父の料理長にもリンゴを使ったレシピはちらほら出てきていたが、やはりデザート系が多かった気がする。
「うーん。胸がきゅんとする味…」
見た目にもこだわった方がいいだろう。味も見た目も胸きゅんを連想させるもの。そんな食べものがあるだろうか?
「お酒も情熱の色だとかなんとかで、最近は赤ワインを飲んでいらっしゃるし…」
「赤ワイン! それだ!」
ウサギの一言でレシピが決まったらしい。小春は足早にカウンターの奥に向かうと、盆ざるにリンゴ、片手に赤ワインを持って戻ってきた。
「では調理スタート!」
「わあ! わくわくです!」
芯を取って皮を剥いたリンゴを適当なサイズに切る。鍋に砂糖、赤ワイン、水を入れて、りんごを重ならないように入れて煮る。
「リンゴは甘い香りがして、ずっしりしたものがおすすめですよ。あと煮るときは、レモンやレモン汁を入れると色がくすみにくくなります」
リンゴが赤く染まって透き通ってきたら火を止める。シナモンを振って、粗熱を取ったら鍋のまま冷蔵庫で冷やす。
「冷えたら生クリームを添えて、もう一度シナモンを振って――はい! リンゴの赤ワイン煮の完成です!」
「わあ! リンゴが真っ赤に染まってる!」
「どうぞご賞味ください」
まるで別の果物になったかのように赤く染まったリンゴにフォークを刺した瞬間、果汁が小さくはじけて、甘い香りがふわりと立ちのぼる。煮詰めた赤ワインの艶めきが、まるで恋の色みたいだった。
「いただきます。……ふああ! おいしい!」
リンゴを口に入れた瞬間、ウサギの耳が左右に揺れる。噛めはじゅわっと広がる甘酸っぱい赤ワインが、切なく心をくすぐる。
「情熱的な見た目とは裏腹に、甘酸っぱい味…。これはまさに、胸がきゅんとする食べものです!」
「これなら国づくりの神様も気に入っていただけそうですか?」
「はい! ばっちりだと思います!」
あっという間にウサギは赤ワイン煮を完食する。口の周りが赤く染まっていて、小春は微笑みながらおしぼりを手渡した。
「あら、ありがとうございます」
おしぼりで口を拭うウサギの姿も可愛らしい。小春はにんまりと口元を緩ませた。
いつもの通りにレシピを書き留めて、古い銀貨と交換する。足取り軽く帰っていくウサギの背を、小春は見送った。
「胸がきゅんとする味なんて、おもしろい相談だったなあ。難しい相談にも応えられるように、もっと料理の勉強をしないと!」
今日もまた、小さな古民家の台所から、神様たちの願いをそっと叶える香りが立ちのぼるのだった。




