騒乱!異世界科学部部活日誌
天才だけど頭のネジが三本くらい外れている先輩と、それに付き合う後輩ものというものが書きたくて書きました。
当作品はあらゆる説明・理論をぶん投げて"科学の力は偉大だ"でごり押しするトンチキ科学コメディです。
「助手君、これを見たまえ」
放課後、夕焼けに照らされた科学室にて。
制服の上から白衣を纏った長身の少女が、星が描かれたB5用紙を手にして不敵な笑みを浮かべていた。
「…………何ですか、それ」
何とも嫌な予感しかしないが、聞くしかなさそうだった。
描かれているその星は青く輝きを放ちながら、まるで鼓動するかの如く点滅を繰り返している。
少なくとも──ただの落書きで無いことは、誰の目から見ても明らかだった。
「ふふん。これこそ私の新しい発明品──セーブポイントだよ」
紙を手にしたまま得意気に胸を反らす──この少女の名は繰宮綾華。
この学校──否、この世界において最も狂った創造力と科学力を持つ、鴫原高校化学部部長である。
「セーブポイント」
紡がれた言葉を反芻する。
セーブポイント──もはや言うまでもないだろう。
ゲームにおいて絶対になくてはならない機能で、どんな失敗をも帳消しにできてやり直せる、文字通り夢のようなシステムである。
「使い方はいたって簡単──この星の中心部に掌をかざすだけ。そうすればこの星が、触れた人間のデータを記録してくれるのさ。後は使いたい時に"リセット実行"と言えば、現在の自分は消えて、このセーブポイントから過去の自分が記憶を持ったまま出てくるというわけだ」
なるほど、説明を聞いてもさっぱり分からない。
だが、彩華先輩がそう言うのなら、それは間違いなく言葉通りの効力を持っている。
「……と、言ったところであまり信用できないだろう。そこでだ、私は今から校庭に行ってくる。校庭からリセット実行すれば、私は一瞬でここに戻ってこれるからな。よく見ていたまえ」
科学室からぼんやりと校庭を眺めていると、確かに白衣を纏った彩華先輩が出てきたのが視界に入る。
だがそれも数秒──瞬く間にその姿は消失し、背後から小さな靴音が鳴った。
「どうだね? 効力は本物だっただろう?」
文字通り、魔法としか思えない発明品。
あらゆる理屈を、理論を置き去りにし──結果だけを叩きつける。
それが、繰宮彩華という少女だった。
「セーブポイントもできたし、今日の部活は終わりにするか。私は鍵を返して行くから、君は先に帰っていいぞ」
彩華先輩の言葉を受けて、帰り支度をする。
お疲れさまでしたと一声かけると、ひらひらと手を振る姿が視界の端に映っていた。
私がこの科学部──もとい彩華先輩と関わりを持つようになっておよそ半年。
入学当初の私は、ぼっちだった。
否、今も教室で気軽に雑談できる相手はいない。
────そう、友達がいないのである。
何も今に始まったことではない。
昔から人との距離感というものがいまいち掴めないまま、高校まで進学してしまっただけの事だ。
だから別に、群れている事が下らないとか弱いとか、そういう風に拗らせてはいない。
楽しそうなのは普通に羨ましいし、何なら混ざって雑談もしたい。
けれど、どうしても恐怖心が先立ってしまう。
変な目で見られたらどうしよう、拒絶されたらどうしよう。
──考えれば考えるほどに思考の迷宮へと迷い込んで、結局どうすることもできないまま、私はいつまで経っても一人で時間を過ごしている。
あれは丁度、入学から少し経ったある日の事。
季節的には、丁度初夏に差し掛かった頃くらいだっただろうか。
「…………はぁ」
重苦しい溜め息と共に、私は放課後の廊下を歩いていた。
クラスではすっかりグループが出来上がり、教室内では楽しそうな談笑が今日もひっきりなしに耳に入ってきた。
私はと言えば、今日も授業以外で発声した記憶がない。
さりとて部活動に活路を見出だそうにも、そちらも気が進まない。
私は自分で言うのも何だが大変無気力な人間なので、文化系にしろ体育会系にしろ、好き好んで何かをしようと言う気にはとてもなれなかったのだ。
「…………あれ?」
普通に帰るのも癪なので、適当に校内を回っていたら普段使われていない棟に迷い込んでいたらしい。
入学式で渡されたパンフレットを取り出してみる。
地図と、どの部活がどこを使っているかが記載されている大変便利な代物だ。
教室名が書かれたプレートを見上げると、視界に入ってきたのは"科学室"の文字。
パンフレットによれば、文字通り科学部が使用しているらしい。
科学部ならば、いかにも陽キャというような人間が出てくるような事はおそらくないだろう。
扉をゆっくり、静かに引くと丁度こちらを振り返った白衣の少女と目が合った。
「君は……新入生かな? 部活の見学かい?」
その言葉に頷くと、少女は優しげな笑みを浮かべる。
「私はこの科学部部長、繰宮彩華。せっかく来てくれたんだ。ゆっくりしていってくれ」
改めて少女の方へと向く。
すらりとした長身に、肩くらいまで伸ばした髪。
制服の上から羽織っている白衣がこの上なく似合っていて、いかにも科学者といった出で立ちだ。
「…………科学部って言われてもいまいちピンと来ないんですけど、一体何をする部活なんです?」
その言葉に、彩華先輩は唇の端をつり上げる。
「────君は、ゲームを嗜む方かい?」
「えっ……まぁ、はい」
問いかけに対して曖昧に返答すると、彩華先輩は満足げに頷いた。
「ゲームジャンルは様々だが、ゲームの中には便利な道具やシステムがたくさん存在するだろう。そういったものを、この現実世界で作成するというのが当部活の活動内容さ」
「…………は?」
この人は、とんでもない事を言っているのではないだろうか。
言葉としては理解できても、その意味がまるで理解できない。
いや、そもそもそんな事ができるわけ────。
「例えば、これだ」
ごとりと、先輩が机に物々しい瓶を置く。
透明な瓶に満たされた水色の液体は、一見すればただのソーダにしか見えないが。
「ゲームで必ず出てくる必需品、回復アイテムさ。最上級の効果で作ったから、飲めばたちまちどんな傷でも治してくれる優れものだよ」
とんでもない代物だった。
だが、本当にそうだろうか。
よく考えてみれば、この人が本当の事を言っている確証なんてどこにもない。
自分をからかっていると考えた方が、幾らか整合性が取れている。
例えここが本当に科学部であったとしても、ゲームの道具を再現しようなんて、でたらめにも限度がある。
「あっ、私もう帰りま────」
視界に飛び込んで来た光景に、言葉が消失する。
その少女が、短刀で自分の腕を貫いていた。
「…………え?」
飛び散る血飛沫。
その肝心の本人は。
「論より証拠だ。このアイテムの効能をお見せしよう」
などと言って、無事な方の腕で悠長に瓶の中身をコップに注いでいる。
その間にも血はぼたぼたと床に滴り落ち、見ているこちらが気が気でない。
「さあ、よく見ていたまえよ」
少女がコップを一気に呷る。
こくり、と小さく音が鳴ると同時。
貫かれ、血を吹き出し続けていた傷口が緑色の光を帯び、その傷は跡形もなく消え去っていた。
「…………は?」
開いた口が塞がらなかった。
何が起きたのか、まるで理解できていない。
分かっている事は、この人が自分の腕を短刀で突き刺した事。
そしてその傷が、瓶に入った液体を飲んだだけで消えた事だけだ。
「どうだい? 嘘ではなかったろう?」
平然と少女は笑っている。
控えめに言って狂っているとしか思えないのだが、この人は何一つとして嘘を言っていなかった。
「私も流石に、一人だけで創作活動をするのでは張り合いがなくてね。丁度、助手を探していた所なんだ。どうだろう、この部活に入ってくれるかな?」
ウインクがだいぶ下手らしく、何とも形容しがたい表情で片目を瞑ってみせる先輩。
毎日何もなく家と学校を行き来するのもつまらないし、何よりも、この先輩に不思議と惹かれ始めている自分がいた。
「……分かりました。入部します、この部に」
息と共に吐き出したその言葉に、先輩が破顔する。
「改めて歓迎するよ。ようこそ助手君──我が科学部へ。君の名前を、聞いていいかな?」
差し出された手をしっかりと握りしめて、負けじと笑顔を浮かべてみた。
「一年三組、鍵原鈴奈。宜しくお願いします──彩華先輩」
「……手君、助手君!」
呼び掛けられる声に、意識が戻された。
この部活に入った時の事を思い出していたら、いつの間にか遠くに飛んでいたらしい。
視線を前に向けると、何やら物騒な物を手にしている彩華先輩が笑っていた。
「…………なんですか、それ」
三日月を押し潰したような、独特の曲線。
そして確かな質量を併せ持ったそれは、紛れもない武器だ。
ゲームではありふれたものだが、現実ではそうお目にかかる機会はないであろう代物。
「見ての通り、ブーメランだよ」
彩華先輩は唇の端をつり上げて、愛おしげにブーメランを撫でている。
「助手君は今まで気にしたことはないかい? RPGで、なぜ投げたブーメランが敵に当たっているにも関わらず戻ってくるのか、ということを」
残念ながら、そんな事を気にした記憶は全く無い。
そもそも原理を気にしながらRPGをする人間がいるのだろうか。
「そこで、私も検証を兼ねて作ってみたんだ。標的に当たるまで追尾をし、当たったら必ず手元に戻ってくる魔法のようなブーメランをな」
現代日本で標的も何もないだろ、とか。
原理はどうなっているんですか、とか。
思う所は色々あるのだが、言葉にはしない。
言葉にしたところで、この先輩は"科学の力は偉大だからな"で押し通す。
今までも、ずっとそうだったのだ。
「さっそく性能実験をするぞ。ついてきたまえ」
彩華先輩に連れ立ち廊下に出ると、遠目に白い物体が小さく見えた。
「あれが今回の標的、私が愛用しているサンドバッグだ。ただのサンドバッグじゃないぞ。あらゆる衝撃を和らげ、無力化する究極の守り。さあ、ブーメラン一式、お前の力を見せてみろッ!」
一投。
投げられたブーメランは一直線に飛んでいき、サンドバッグへと直撃する。
深々と抉り込んだブーメランは、そのまま弾かれ真っ直ぐに彩華先輩の元へと舞い戻った。
────そう、反応が全く追い付かないほどのスピードで。
「おっっふッ!!」
それはまるで、先程サンドバックで行われた光景を、そのまま人体で繰り返しているようだった。
ブーメランは彩華先輩の鳩尾にめり込み、物凄い衝撃を伴って、弾き飛ばされた体は鈍い音を経てながら壁に叩きつけられていた。
「リ……リセット……実行……」
この人は天才なんだろうか、それともバカなんだろうか──今にも死にそうな声でダメージを無かったことにする先輩を見ながら、そんなどうでもいいことを考えていた。
「いやー、死ぬかと思った」
からからと笑う先輩に、溜め息しか出ない。
「ああいう仕組みで、RPGのブーメランは手元に戻っていたんだな。一つ賢くなったよ」
絶対違うと思うが、本人はそれで納得しているらしい。
「しかしこんな事になるんじゃ、恐ろしくてブーメランなんか使えないな。今まで私はRPGのキャラクターに、とんだ無茶振りをしていたらしい」
発明品ボックスと書かれたダンボールに、ブーメランが無造作に放り込まれていった。
時刻は丁度五時半を回った辺り、夕焼けが教室に射し込んでいる。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰るとしよう、私は鍵を返しに行くから。────じゃ、また明日」
帰り道。
夕焼けに照らされた道を歩いている。
本当に。
彩華先輩といると、毎日が退屈しない。
呆れることも数多くあるけれど。
それでも毎日が楽しくて、わくわくして、ドキドキする。
相変わらず教室に友達はいないけれど、今となっては割とどうでもいい。
彩華先輩がいてくれれば、それだけで十分だ。
空を見上げれば、オレンジ色の空。
深く息を吸って、吐き出した。
一目見た時から気になっていた。
一緒に時間を過ごしていって、その思いが確信に変わった。
────大好きです、彩華先輩。
言うつもりの無い思いを胸のうちで呟いて、私は帰路を急ぐのだった。
普通にトンチキ科学のギャグで終わらせるはずが、終盤になったら主人公が勝手に動き出しました。どうしてこうなったのかは、作者にも分かっていません。