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バーチャルに咲く花 ~仮想世界で僕が見つけたもの~

作者: 三角

バーチャルと現実の境界について、ふと思いついて書いた短編です。

何か一つでも心に残るものがあれば嬉しいです。

 すっかり忘れていてあやうく当選のメールを削除しかけたが、興味本位で応募したものに当選した。

 深夜テンションに酒の勢いが乗り、たまたま見かけた体験会に応募。そして現在に至るというわけだ。

 体験会当日。思っていたよりもカジュアルな催しだった。

 公民館みたいな場所の貸会議室に数人が集まっている。もっとこう、IT! スタイリッシュ! みたいなのを想像していた。

 

 最新のヘッドマウントディスプレイと説明された機械を装着する。見た目よりもはるかに軽く、締め付けもない。装着感でいえば眼鏡をかけているのと変わらないのではないか。

「機械に装着されている特殊な電極パーツが五感に作用するので、本当にその場にいるかのような感覚を味わえます」

 体験会の主催者はそう説明した。


 「ここ以外にも体験会に参加している人がいます。その方々と共にバーチャルワールドに入っていただくことになります。他の会場もここと変わらない小さな場所ですが、ワールドはとても広大です。その驚きを楽しんでください。でははじめましょう」

 こめかみに軽い刺激を感じる。

 目を開けているのに閉じているような不思議な感覚だ。

 そうして、目を開くと世界が広がった。

 

 とてつもなく広大な世界。緑が広がる大きな自然公園のような場所だった。

 その広大な場所を小さなロボットたちがうろちょろしている。自分もその姿になっているのが確認できるから、これが他の体験者なのだろう。

 風の音や肌に触れる涼やかな心地よさを感じられる。体はロボットの姿だがそこに感じられるものは普段生きている時となんらかわりないものだった。

 

 周囲を見渡しているとそこかしこで会話が始まった。アンケートで会話可能と回答した人は頭上に〇マークがついていて音声によるコミュニケーションをとることができる。自分の頭の上にも〇マークがある。

 まずはいろいろと見てまわりたいと思った。

 そもそも、この世界はどこまで続いているのだろう。果てはあるんだろうか。

 興味がわいてくる。行けるところまで行ってみよう。

 

 おもしろいなと思う。自分の体はあの小さな会議室で座っているのに、確かに歩いている感覚がある。花の香りもするし、人の声も距離によってちゃんと聞こえ方が変わる。とんでもない技術だ。

 そうしたことを楽しみつつ先へ先へと進んでいく。ひたすら進むこと三十分。まだまだ道は続いている。体験会は一時間。このままだと歩くだけで終わるがそれでもいいかなと思いつつある。

 こんなに歩いたのはどれくらいぶりだろうか。

 

 就職してから歩くという感覚から遠ざかっているように思う。最寄りのバス停まで歩き、駅前からホームまで歩き、会社の最寄りから会社まで歩く。移動のほとんどは乗り物だし、そもそもただ移動するためのたんなる行為としての歩きしかしていない。

 気持ちがいい。実際に体を動かしていなくても、歩くことで得られる心地よさは確かに得ている。

 いいものだな。

 ただ純粋にそう思った。


 体験会終了まであと十分。まだ歩き続けている。

 周りに人はいない。ここまで歩き続けたのだから距離としてそこそこになるが、まだまだ道は続いている。

 周囲を見渡してみた。高台になっているらしく、下の方をのぞくと、最初にいたところが見えた。

 振り返ってみる。さらに高い場所があるようだ。そこへ向いまた歩き出す。

 どうやらここが一番高い場所のようだ。

 公園の全体を見渡すことができて気持ちがいい。

 大きな木があり、そこに綺麗な花が咲いていた。その木の下にロボットがいて、じっと花を見つめていた。その頭上には〇マークがついている。


「きれいですね」

 話しかけてみる。知らない人に声をかけるなんていう現実の世界じゃなかなかできないことを自然とできてしまう。

 ロボットがこちらを見る。

「ええ。とてもきれいですね」

 返ってきた声は女性のものだった。

 ふたりで花を見つめる。体験会が終わるまであと五分だ。

「ここまで歩いてくる人が他にもいたっていうのがびっくりです」

 そう伝えると、それはこちらも同じですと女性は笑った。


「バーチャルってどういうものなのかよくわかってなかったんですけど、体験してみるとあれこれ考えるものじゃないのかもって思うようになりました。仮想とか現実とかじゃなくて、どっちも世界なんだなっていうか。これが最新鋭のものだからそう感じるだけなのかもしれませんけど」

 

 言葉が自然とわいてくる。女性はそんな言葉をひとつひとつ「うんうん」と聞いてくれた。

「ここまでの体験は確かに他ではできないかもしれませんが、現実と仮想の隔たりというものは人が考えるほどのものではないんじゃないかと考えているんです。たとえば、動画を観ている時に美しい花を見たとします。それに触れることはできませんよね。では、それは嘘なんでしょうか」

 ロボットが花に手を伸ばす。


「触れることができるのと同じくらい、そこに確かにあると信じられることも〈存在〉の証明になるのではないかと思います。動画の中に存在するものであっても、バーチャルの中にしか存在しないものであっても、確かにそこに〈存在〉していると信じることができたのなら、それは本当だと言っていいのではと」

「……そうですね。存在するとかしないとかそういうことではなくて、信じられるかで考えることって大事なのかもしれません」

「実在性というものはそういうものであってほしいと私は思います」

 間もなく体験会が終わる。なにか言おうと思うのだけど言葉が出てこない。

「ありがとうございました」

 女性が言う。


「こちらこそです」

 こめかみに刺激が走る。

「あなたの生きる〈世界〉がよきものでありますように」

 最後に女性の言葉が聞こえ、意識は現実へともどった。


 体験会の会場を後にし、歩き出す。

 普段は見落としてしまうようなものにも不思議と意識が向いた。

 世界を灰色にしているのは自分の目なのかもしれない。

 バーチャルで見つけたあの美しい花の木のようなものをこの世界でも見つけてみよう。

 どこかにそれはある。そう信じていれば、きっと見つかるはずだ。

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