第六話 木綿和紙工房
次の日、綾人が早瀬警察署に行くとすでにそこには志鷹が立ち、苦い顔をしてタバコをしまっていた。その目の下には酷い隈ができていた。
「お疲れ様です志鷹さん。⋯大丈夫ですか?酷い隈ができてますが」
「んあぁ。ちょっと寝不足でね。」
志鷹は苦笑いを浮かべた。
「一課絡みですか?」
「まぁ⋯そんな感じだ。行くぞ」
志鷹はスタスタと歩いて行った。
上手くはぐらかされた感じを拭いきれず、何とも言えないモヤモヤした不快感を抱えたまま志鷹に続いて綾人も四課に向かう。
壁を潜ると、鴉飛と甘美瑛の姿を見つけ歩いて行く。
鴉飛と甘美瑛は四課に来た二人に気づき視線を向けた。
「お疲れ様です。志鷹さん、月見里さん」
「お疲れ様です」
綾人は笑みを浮かべを頭を下げる。
「お疲れさまです。何か進展はありましたか?」
志鷹の問いに鴉飛は首を横に振った。
「いえ、こちらは特には」
「そうなんだよー。だからお二人が協力してくれるのは本当にありがたいよ。で、今日どうする?」
甘美瑛に聞かれ綾人は志鷹に視線を向ける。
「どう⋯しましょうか」
「なら」
志鷹は一歩前に出た。
「一課の事件とこっちの事件に類似点があるので少し共有を」
警察手帳を開いた志鷹は話を続けた。
「ことの発端は7月12日に1人の大学生が行方不明になったことだ。しかし、その大学生が8月21日に遺体で発見された。それも腹を爆破されて」
志鷹はホワイトボードに日付と被害者を書いていく。
「その後、9月3日と21日に同様の手口の死体がそれぞれ別々のところで上がり、30日にまた大学生が行方不明になっていた。で、10月になったら立て続けに18日、21日と死体があがり、11月1日に大学生が行方不明になるが23日に死体で見つかる。んで。今月になり吾妻光輝と吾妻夫妻が行方不明になった」
綾人はジッと志鷹が書いたホワイトボードの文字を見ると徐に青いペンを取り、隣のホワイトボードにキュッキュッと文字を連なって行く。
「鴉飛さん、切り裂き殺人事件の日付とかあっていますか?」
ペンにフタをしながら綾人は鴉飛を見る。
鴉飛はサーッと綾人の書いた内容を見ると首を縦に動かした。
「はい。あっています。すごい記憶力ですね」
「一応、探偵なんでね」
にカッと綾人は笑うとホワイトボードを見つめる。
「書いてて思ったんですが、行方不明者が出ると、引き裂き事件が起こりはじめ、そのあとに爆破事件が起きるとまた行方不明者が出ますね」
「なるほど。行方不明者が鬼になり引き裂き事件を起こしているんですね」
鴉飛も驚き混じりの声で言うと、ホワイトボードを見た。
「で、何らかの原因で体内で爆破が起きるのか」
目を見開きホワイトボードを見つめながら志鷹がボソリとこぼした。
「⋯ならなんでまた行方不明者が出るんだろ」
甘美瑛は首を捻った。
「行方不明者は誘拐されている⋯とか?」
綾人はポツリとこぼす。
「ってことは黒幕がいるってことか。厄介だな」
志鷹は顔を顰めた。
「そうですね。吾妻光輝さんも吾妻ご夫婦も亡くなってしまった今、黒幕に辿り着く手がかりがありませんね」
「亡くなった?」
綾人は鴉飛に視線を向けると、鴉飛は頷いた。
「はい。あの御神木の下にあったご遺体が吾妻ご夫婦でした」
綾人は眉を曇らせる。
(自分の親を食べていたのか。正気とは思えないな)
「ちょっとパソコン貸してもらっても?」
「あ、はい。どうぞ」
志鷹は鴉飛に案内されディスクに行き調べはじめた。
「何調べてるんです?」
「和紙工房だ」
「和紙工房?」
志鷹の答えに綾人が不思議そうに言葉を反復しパソコンを見ると、画面には検索サイトが開かれ、1件の和紙工房の名前がヒットしていた。
「吾妻光輝の部屋で見つけた紙の人形があっただろ。あれは和紙でできていた。神社で人形をわたしているなら、あれを作るために和紙を大量に買っている可能性がある。そこから足がつかないかと思ってな」
「なるほど」
綾人は志鷹が開いた「木綿和紙工房」と書かれたホームページに視線をむけた。
和風な壁紙に和紙作り体験や和紙でできた商品も売ってるという説明が書かれていた。
「へぇ。どうします?行きますか?」
綾人は志鷹に視線を向ける。
「そうだな」
志鷹は相槌をうった。
「わかりました。私はこのことを鬼瓦部長に伝えておきます」
「気をつけて」
鴉飛は頷き、甘美瑛はヒラヒラと手を振ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
「行くぞ」
二人は木綿和紙工房にむかった。
都内にある下町。そこにポツンとある和風な建物にその和紙工房はあった。
「すみませーん」
綾人が声をかけると、店の奥から男藍色の前掛けをした20代後半ぐらいの男が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。和紙作り体験の方でしょうか?」
「いえ。私たちは早瀬警察署者です」
二人は警察手帳を見せると、男は明らかに驚いた表情を浮かべた。
「警察の方がどうして?⋯まさか、私の正体がバレてしまって逮捕しに来たんですか?」
「正体?」
怯えた表情を浮かべる男に綾人は問い返しハッとした。
「⋯もしかして異人ですか?」
「はい。私は一反木綿でして」
そう言うと見る見る姿が白い布に変わるが、すぐにまた男性の姿に戻った。
「それで⋯私は逮捕されるんでしょうか?」
思わず二人は顔を見合せた。
「いえ、私たちは別の理由で今日は来たんです」
すると男は男はホッとした表情を浮かべた。
「で⋯ご用件は」
「実は今追っている事件に和紙が使われていまして、調べたらこちらで和紙を販売していると聞きまして。ここ5、6ヶ月ぐらい前からお取引がはじまった取り引き先を教えていただけないでしょうか」
「なるほど。少々待ってください」
男は奥へ引っ込み、やがて台帳のような分厚い物を手に戻ってきた。
「そうですね。それぐらい前からですと⋯伊邪那岐製薬研究所さんぐらいでしょうか」
「⋯ちなみににどんな用途とかって聞いてますか?」
志鷹に男は首を振った。
「いえ、プライバシーになりますのでそうゆうのは聞かないようにしているんです」
「なるほど。ありがとうございます。参考になりました。では、私たちはこれで」
志鷹はパタリとメモをとっていた警察手帳を閉じた。
2人が木綿和紙工房を出た。夕日が傾きはじめ、警察署に戻る頃には当たりはすっかり暗くなっていた。
「おかえり。いやぁ成果は聞いてるよ。頑張ってくれているみたいだね」
鬼瓦が四課に戻った2人をニコニコと迎えてくれた。
「ありがとうございます。またちょっと面白い情報がありまして」
綾人は木綿和紙工房で聞いた話を鬼瓦に話して聞かせた。
「なるほど。わかった。その製薬会社のことは調べておくから今日はもうあがったいいよ。お疲れさん」
「ありがとうございます。では失礼します」
綾人は頭を下げた。
「お疲れ様です」
志鷹も短く言うと2人は警察署をあとをした。
「それじゃぁ志鷹さんまたあし⋯志鷹さん?」
警察署の前で綾人が振り返ると、志鷹はなぜか驚いた表情を浮かべたまま綾人を凝視したまま固まっていた。
「志鷹さん?」
「あ⋯あぁ、すまん。また明日」
早口で言うと志鷹は師走の街に消えて行った。
(どうしたんだ?)
じわじわと不安が心を蝕んでいきながら綾人は帰路についた。
綾人は気がつくと、そこは見知らぬ部屋の窓際に立っていた。
(ここは⋯病院⋯か?)
当たりをみわたすと個室の窓は開けられカーテンが風で揺れ、その隙間から曇った空が見えるていた。
背後からシューシューと音がし振り返り綾人は息を呑んだ。
そこにはたくさんの機械につながれベッドに横たわる月見里 綾人⋯自分の姿があった。心臓の鼓動が早くなる。嫌な汗が背中を伝う
そこで綾人はそこで飛び起きた。