第四話 廃神社
「さて、今日はどうするか⋯」
事務で頭を搔くと綾人は事件内容を書いたホワイトボードを鋭く見つめる。
「⋯噂の廃神社に行ってみるか」
綾人は、呟くとコートを手に探偵事務所をあとにする。
廃神社に着くとそこには見上げるほどの階段が上に永遠とのびていた。
「うっわぁ·····何段あるんだこれ···」
綾人は絶望したくなるほど長く続く階段に顔を顰める。
「おい」
その声に不承顔を振り向くと笑みに変え。
「どうも」
ニコニコと言う綾人に志鷹は不機嫌そうな顔をした。
「どうもじゃない。ホントどこにでも湧くな」
「そんな人をハエみたいに言わないでくださいよ。志鷹さんはなぜここに?」
志鷹は長く続く階段を見上げた。
「話に出たからな。⋯行くぞ」
それ以上は何も問い詰めることもなく、志鷹は階段へ歩いて行った。
その背中を綾人は、頭を掻き追いか
2人はぜーはぁひーぜぇ言いながら階段を上がっていった。
階段をのぼりきった先には、苔が生えた鳥居、2人の腰あたりまで雑草が生えのびている、荒れ果てた神社が現れた。
「荒れてるなぁ」
綾人は辺りに視線を走らせる。
「まぁ誰も手入れをしていなかったみたいだからな」
志鷹はタバコに火をつけ白い煙を吐いた。
綾人が本殿を見ると、床には穴が開き蜘蛛の巣が張っていた。
(こっちもひどいな)
「おい」
志鷹の声に綾人は現実へと引き戻され振り返る。
首でクイッと示す志鷹の視線の先を綾人が見るとそこには、神社の奥に繋がる道が続いていた。
「行くぞ」
タバコの火を消しケースに吸い殻を入れると志鷹はスタスタと歩いて行った。そのあとを綾人は続いた。
細く続く道の先には、大きなしめ縄が巻かれた大きな樹が紙垂を揺らしながら立っていた。 そしてその樹の下には⋯男女の死体とその遺体をむさぼり食う高校生ぐらいの少年がいた。
その少年の横に白いローブの男が不気味な笑みを浮かべ立っていた。
「下がってろ」
綾人を腕で制すると、志鷹は一歩前に出た。
「警察だ!何をしている!」
威圧感のある志鷹の声にピリっと場の空気に緊張感が増した。
その声に気づいたのか、ロープの男はゆっくり振り返り2人を見ると、ニタリと笑い何か青年に囁いた。
すると、今まではこちらに見向きもしていなかった青年は体をこちらに向けた。
青年はまるで鬼のようで、目つきは鋭く頭から角が生え、牙が生えた口から唸り声をあげていた。
「吾妻⋯光輝」
「えっ?」
呟くようにこぼした志鷹の言葉に綾人が横を見る。そこには驚いた表情を浮かべた志鷹が鬼を凝視していた。
その時、野獣のような声をあげた。勢いよく詰め寄ると、長い爪がついた手を志鷹にむけ振り上げた。
「っ!」
間一髪、身を捩り一撃をかわすが、かわしきれずに爪は志鷹の肩を赤く染めた。
「志鷹さん!」
「大丈夫だ。来るぞ!」
肩を抑えながら志鷹が声を上げた時、吾妻光輝が二人に向かってまるで獣のように手足を地面につきながら迫りくる。
転がる綾人の横を吾妻光輝が走り抜けていった。
(こんな丸腰じゃ勝てないぞ。何か武器になりそうな物は⋯)
綾人は考えながらジッとこちらを吾妻光輝は唸りながら綾人を見ていた。
辺りを見渡すと、近くに朽ちた境内の一部であろう太い木材を見つけ綾人はニヤリと笑う
「志鷹さん!」
「なんだ!」
噛み付くように志鷹が聞き返してきた。
「俺が光輝くんをひきつけます。その間に右に避けてあの木の棒を取ってきてください」
綾人は見つけ指さした。
「何をする気だ?」
眉間に皺を寄せる志鷹に綾人はニヤリと笑った時、吾妻光輝が志鷹に噛みつこうと鋭い牙がのぞかせ駆け寄り口を開けた。
綾人は屈み砂を掴むと吾妻光輝にむかって投げつける。
「グワァ」
吾妻光輝は吠えると顔を背け数歩下がると何度も顔をぬぐった。
「今です!」
キッと睨むと綾人との距離を勢いよく詰めと行く。
「っ!」
綾人の顔が恐怖で引き攣り動きが止まる。
「探偵!」
志鷹の叫び声にハッと我に返った綾人の手に志鷹が投げた木の棒がおさまった。棒を両手で握りニヤリと綾人は笑うと、吾妻光輝に鋭い一撃を鬼の腹に喰らわせる。
その強靭そうな体でも喰らわせた一撃が効いたのか、鬼はその場にうずくまった。
「ほぉ。やるな」
スタスタと歩いてくる志鷹に綾人は得意気に笑みを浮かべる。
「一応、剣道で元副将してたんでね」
志鷹はふっと笑みを浮かべると、綾人から御神木の方に視線を向けた。しかし、そこにいたはずのロープの男の姿はすでになかった。
「逃げられたか」
志鷹は「ちっ」と舌打ちをした。
「⋯志鷹さん。こっちは逃がしてもらえないみたいですよ」
片頬を痙攣らせ視線の先には泥でできたような人形がゆらゆらと体を揺らしながら立っていた。
「どーやら奴さんは何が何でも俺たちを殺したいらしいな」
ニヒルな笑みを浮かべ志鷹は綾人と背中合わせになった。
「どうします?」
綾人が尋ねた時、泥人形の1匹が二人を威嚇するようにカチカチと歯を鳴らし、綾人に向かって襲いかかった。
しかし、綾人は真正面から攻撃に向かいたち、そのまま棒で体の真ん中を体を棒でついた。
大きな風穴が空いた泥人形はサラサラサラと砂になりサーッと風に飛ばされていった。
「グワァァァ」
咆哮を聞いた綾人が振り返ると、志鷹はスッと避ける、吾妻光輝の腕を掴むとぐるりと光輝の腕を後ろに回した。
その流れるような動作に綾人は目を丸くした。
(すごい)
「うしろだ!」
ハッと我に返り綾人はすぐに振り、口からよだれを垂らしながら走る泥人形の首に棒を叩きつけた。
頭がゴロリと転がり落ちた泥人形はみるみる砂に変わっていった。
「っは!」
綾人の心臓が驚きでドクンと高鳴る。
腕の関節を外した吾妻光輝の左手が向き合うようにして志鷹の下腹をつら抜いた。
「志鷹さん!このっ!離せ!」
綾人は棒を振り上げ太くなった吾妻光輝の腕に叩きつけるが、脆くも棒は真っ二つに割れてしまった。
唖然とする綾人の腹に衝撃と激痛が走りそのまま体は宙を舞い、そのまま壁に叩きつけられた。痛みで息が詰まる⋯綾人は意識が暗転した。
綾人は暗闇の中にいた。
「⋯な⋯ん!⋯し⋯!⋯か⋯ま⋯か?」
まるで水の中のようなにグワングワンと反響し、うまく聞き取れない。
(⋯誰⋯だ?)
まとまらない考えを抱えたまま綾人はまるで底なし沼にズブズブと落ちて行くように綾人は眠りに落ちた。
綾人は目を開けた。
「よかった。気がついたんだね」
横に視線をむける。そこには、スーツ姿のあどけなさが残る青年が綾人を見下ろしていた。
(俺は⋯一体)
まだ頭がボーっとしていたが、記憶が怒涛のように蘇った綾人は飛び起きた。
「志鷹さん!」
横を見ると、タバコを咥え笑みを浮かべた志鷹が片手を上げた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。そこにいる甘美瑛さんが治療してくれたからな」
タバコをシガーケースの中で消した志鷹はチラリとニコニコと笑う甘美瑛と呼ばれた青年を見た。
「治療してもらったのはありがたいが、傷自体がなくなっているのはなぜだ?」
よく志鷹を見ると、貫かれたはずの場所は服は破れて素肌が見えているが、傷口は綺麗になくなっていた。
2人に視線を向けられ甘美瑛は、困惑したように笑った。
「んー。それは僕の口から話していいのかな」
甘美瑛はチラッと御神木の側で誰かと電話している男性の方に視線を向けた。
「そうですか。では、鬼⋯吾妻光輝は?」
「彼なら鴉飛さんが倒しましたので安心してください。」
そう言い電話をしている青年を見た。
「そうか」
志鷹は短く言った。
綾人は後味の悪さに顔をしかめる。
「よかった。お二人とも気がついたんですね」
その声で綾人は顔を上げる。
電話を終えた鴉飛がこちらに歩いてきた。
「はい。おかげさまで」
綾人が微笑を浮かべ返すと、鴉飛もニコリと笑みを浮かべた。
「よかったです。改めて自己紹介します。。私は早瀬警察署 第四課の鴉飛です。こちらは、同じく第四課の⋯」
「甘美瑛だよ。よろしく」
甘美瑛は屈託のない笑みを浮かべた。
「えっと、俺は月見里探偵事務所をしている月見里 綾人です」
「探偵!すごいね!」
目を輝かせ甘美瑛はグイグイと綾人に近づいてきた。
「今までに殺人事件とか解決したとか?」
(ち⋯近い)
綾人は手を小さく前にして苦笑いを浮かべる。
「甘美瑛さん」
嗜めるように鴉飛は名前を呼んだ。
「そちらの方は?」
鴉飛は志鷹を見た。
志鷹は手慣れた様子で警察手帳を出した。
「警視庁捜査一課の志鷹です」
「同じ警察官でしたか。でしたら話が早いのですが」
鴉飛は一度話を区切ると交互に二人に視線を向けた。
「私たちの班長が早瀬警警察署でお二人と話をしたと仰っているので、お手数ですが来ていただけないでしょうか。もちろん、今からとは言わません」
「そうしてもらえるとありがたいな。さすがにくたびれた」
志鷹は首を左右に動かした。
「わかりました。では、明日に来ていただけますか?」
「俺はかまわない。聞きたいこともあるしな」
甘美瑛に志鷹はチラッと視線を流した。当の本にはニコニコしながらその視線を受け止めていた。
「俺もかまいません」
綾人はそんな2人から鴉飛に目を向ける
「ありがとうございます。では明日
こちらにお願いします」
頭を下げた鴉飛は警察手帳にスラスラと何かを書くと紙を破り2人にわたした。そこには、早瀬警察署の住所と電話番号が書かれていた。
「それでは明日。お待ちしています」
ぺこりと頭を下げると御神木の前まで歩いて行った。
甘美瑛もぺこりと頭を下げ鴉飛の元へ足を向けた。
綾人は何やら話している鴉飛と甘美瑛を見た。
「行くぞ」
一言言うと志鷹は階段の方へ歩いて行った。
ジッと二人を見つめるが、綾人は振り返り志鷹の後を追った。