第十話 地下
四人は暗い空間をカツンカツンと靴音を反響させながら階段を降りていった。
「かなり深いな」
志鷹は眉を顰めた。
「どこまで続いているんでしょう」
鴉飛が疑問に思うほどの長い階段を降りるとそこには、分厚そうな白いドアが現れた。
三人は顔を見合わせた。
「志鷹さん」
「あぁ?」
志鷹は綾人に視線を向けた。
「念の為、これ持っててください」
綾人は四課で借りた刀を前に突き出した。
「お前は?」
「俺はこれがあるんで」
綾人は見つけた刀を志鷹に見せる。
すると志鷹はフッと笑った。
「そうか」
短く答え志鷹は刀を受け取り腰にさした。
「開けますよ?」
鴉飛の言葉に志鷹と綾人は頷いて見せた。
鴉飛がギギギと音を立てて扉を開けた。
「警察だ!」
志鷹は銃をかまえ叫んた。
ただ箱のような白い壁がぐるりと囲むその部屋の中央に、神社で会ったあの白いローブの男が立っていた。 男は、ドアが開く音に気がついたのか、ゆっくりとこちらを振り返り片頬を上げた。
「おや。まさかここまで来るとは」
そこで言葉を区切ると、志鷹を品定めするように上から下まで視線を流した。
「しかも呪いまで解くとは」
「残念だったな」
ひどく残念そうな男に志鷹はニヤリと笑った。
「本当に残念さ。やっと適合する人間?いや魂を見つけたというのに」
「魂?」
綾人の問いに男はねっとりとした笑みを浮かべた。
「どうゆうことだ?」
ローブの男は固い面持ちの志鷹に誇らしげに両手を天に掲げて見せた。
「ここ九泉。死んだ奴らが閻魔に判決をしてもらうまでの仮の場所だ」
綾人は驚きで顔がこわばった。
「私はその魂を再利用してやったんだ。」
「再利用だ?」
あまりにも身勝手な言い分に綾人はフツフツと激しい怒りが込み上げる。
「そうだ!」
水蛭子は両手を上げたまま、天を見上げた。
「私は⋯私のように何の罪もないのに怒鳴られバカにされ笑われ不当な扱いをする奴らが蔓延る人間世界を呪鬼でまっさらにし新しい世界を創るのだ!それに使ってやったんだ!ありがたく思うんだな!」
「ふん」と志鷹は鼻で笑った。
「はっ。何様だよお前は」
「我は水蛭子!「日る子」太陽の子!尊い「日の御子」だ!」
すると、志鷹はあざ笑うような笑みを浮かべた。
「水蛭神。水蛭神ねぇ。自分で忌みの神を名のるか」
志鷹の言葉に水蛭神の顔から笑みが消えた。
「我は今の腐り切った人間界に新しい日を差す神の子だぞ!天罰なのだよ!」
水蛭子はまるで癇癪を起こした子供のように地団駄を踏み、声を荒らげた。
「これは私に不当な扱いをした奴らや、我の邪魔をするお前たちへの天罰だ!」
そう言うと体や両腕両足はブクブクと膨れ筋肉質になりその頭からは角が生えた。
「これだから駄々っ子は嫌いなんだ」
「今回ばかりは同感です」
片頬だけ上げた志鷹の言葉に苦笑いを浮かべ綾人は同意をした。
水蛭子はほくそ笑み、ドン!と強く足を踏み鳴らした。
グラっと地面が揺れ二人の体を揺らした。片膝をつき顔を上げると、地面を殴った水蛭神の前に六体の泥人形がゆらゆらと体を揺らしていた。
「まずは小手調べってか?」
うっすら笑みを浮かべた綾人は刀を構える。
クワァと口を開け襲いかかる泥人形を綾人はバサリと切り捨てる。
その横からもう一体が綾人に襲いかかってきた。
反応が遅れた綾人の前に鴉飛が立ち塞がり、刀で泥人形の頭をスパリと切り落とした。
その時、背後からパンと一発の鋭いピストルの音が響いた。
綾人が振り返ると、焦りを混ぜた笑みを浮かべ、近づく水蛭子に志鷹が拳銃をむけて、立っていた。
しかし、水蛭子は弾が当たってもなおも余裕そうにほくそ笑んだ。
「効カヌナ」
水蛭子は志鷹の首をガシッと掴み上げるとニンマリと笑みを浮かべた。
「サァマタ·····鬼トナレ」
「志鷹さん!この野郎!」
綾人は、刀を振り下ろし水蛭子の腕を切り落とす。
「ギャァァァ!」
悲鳴を上げた水蛭子は数步、下がり驚いた表情で綾人を見た。
「オ前ソノ刀」
綾人は志鷹の前に立ち、水蛭子を睨みつける。
「志鷹さん!大丈夫ですか?」
「あぁ。助かった」
志鷹は激しく咳込むと、フラフラと立ち上がった。
そこへ甘美瑛が駆け寄った。
「大丈夫?!」
すると、甘美瑛を見た水蛭子はニヤリと笑みを浮かべると、腹が二つに割れ中から幾重に白い手がのび甘美瑛に絡みつくと、そのまま水蛭子の腹に戻って行った。
「甘美瑛さん!」
「この!」
綾人が伸ばした腕は届くこともなく
甘美瑛の腕を掴んだ志鷹と共に飲み込まれた。
「甘美瑛さん!」
「志鷹さん!」
相方の名前を叫ぶが返事が戻ることはなかった。
甘美瑛を体内に入れた水蛭子は、みるみる腕が治っていった。
「ほぉ。さすがアマビエの力だ。まだ吸収もしていないのにこの回復力とは」
「このっ!」
綾人は水蛭子に切りかかった。
しかし、水蛭子はスッと横に避けると穴をあけるような握力で綾人の背中を殴った。
「ぐはっ!」
痛みが綾人の全身を蝕む。
意識が飛びそうになり、動けない綾人に、水蛭子は爪のついた腕を振りかぶった。
しかし、その攻撃は綾人に届かなかった。
「逃げて!」
水蛭子の腕に刀を突き立てた鴉飛が叫んだ。
綾人は痛い体を引きずってその場から離れようとしたその時、
水蛭子の顔が歪むとガバっと腹が再び開いた。
綾人は中に甘美瑛と志鷹を見つけ手を伸ばす。
「志鷹さん!甘美瑛さん!」
志鷹は甘美瑛を腕を掴み綾人に掴ませた。綾人は掴んだ甘美瑛の腕を引っ張り腹から引きずり出した。
と同時に水蛭子が腹が再び閉じた。
「開けろ!」
綾人は叫ぶと水蛭子の腹に刀を突き立てた。
「ギャァァァ」
水蛭子は身を捩りい開いた腹から志鷹がぺっと吐き出されゴロゴロと地面に転がった。
「いててて·····」
立ち上がる志鷹の服は穴が空き、所々に火傷のように皮膚が爛れていた。
綾人は痛む体を押さえながらヨロヨロと志鷹と甘美瑛に近づいた。
「二人とも大丈夫ですか?!」
「あぁ、なんとかな」
「うん。大丈夫」
安堂した綾人の背後で水蛭子は悲痛な叫び声を上げた。
「オノレェェェ!」
爪を振り上げる水蛭子の目に向かって志鷹は拳銃で鉛の弾を放った。
「ギャァァァ」
水蛭子は目を抑えながら悲鳴を上げ数歩下がった。
「月見里さん、これを飲んで」
甘美瑛は透明な液体が入った小瓶を綾人にわたした。
「僕の涙だよ。飲んだら傷が治るよ」
受け取った綾人は躊躇なく一気に飲み干す。すると、体からスーっと今まであった痛みが消えていった。
「すごい·····」
「で、あんなバカ体力があるやつどうやって倒す?」
驚く綾人の横で志鷹は甘美瑛から同じ小瓶を受け取りながら言った。
「異人と同じなら頭を落とせば倒せるはずだよ」
甘美瑛の言葉に志鷹は困ったような笑みを浮かべた。
「なかなか難しい注文をする」
皮肉のように言うと、志鷹は小瓶の中身をクッと飲み干した。
「そのためには動きを止めるぞ」
くっと志鷹は真面目な表情を浮かべた。
「了解です」
綾人は頷いた。
二人は立ち上がり、水蛭子を見た。
「オノレェェェ」
叫ぶ水蛭子に綾人はニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
「こいよ!」
挑発にのるように水蛭子は「クワァァァァ」と叫び声をあげ綾人に拳を向けた。しかし、綾人は余裕な表情を浮かべサッと横に避けた。しかし、そこへ水蛭子の反対の腕が振り下ろされた。
「っ!」
志鷹は持っていた刀でその手に突き刺し鴉飛は同じタイミングで水蛭子の足を切りつけた。
その痛みに水蛭子は鴉飛を蹴り飛ばした。しかし、鴉飛は宙で翼を広げふっと体制を戻した。
水蛭子はキッと鴉飛を睨むと地面のかけらを掴んだ。
「パーン」とつかさず乾いた発砲音と共に水蛭子の肩に志鷹が放った弾が命中する。
その衝撃に肩が動き、鬱陶しそうに水蛭子は志鷹をキッと睨みつけた。
「そう睨みなさんな」
志鷹はニヤリと笑い銃をリロードしまた構え放った。
しかし、弾はあっけなく水蛭子の手で叩き落とされ、苦い顔をする志鷹を腕でなぎ払った。
軽々と志鷹の体は吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「がはっ!」
ズカズカと志鷹に近づいた水蛭子は志鷹を踏み潰そうと足を上げた。
そこに鴉飛は天空から落下しながら水蛭子の背中に刀を突き刺した。
「グワァー!」
「今です!月見里さん!」
鴉飛の声に綾人は水蛭子の首に刀を食い込ませ、骨を断ちやがて、首がゴロリと転げ落ちた。
水蛭神の体はその場にバタりと倒れ、やがて砂のようにサラサラと崩れ落ちていった。
「ははははは。お前ら!いつか後悔する!後悔するぞ!はははははははは」
高笑いはやがてサラサラとした砂に変わっていった。
「やっ⋯た」
肩で息をする綾人に志鷹は鴉飛、甘美瑛と一緒に綾人に近づいた。
「お疲れさん」
志鷹が綾人に労いの言葉を言ったとした時だ。
ドドンと音と共に天井からパラパラと細かい破片が落ちてきた。見上げると天井が崩落しはじめていた。
「脱出しましょう!」
鴉飛の言葉に全員が部屋から駆け出し、施設の割れた窓から飛び出した。
振り返ると、今までいた施設は瓦礫の山になっていた。
「⋯終わりました⋯ね」
綾人は茫然と瓦礫を見つめ言葉を吐いた。
「だな」
短く言い志鷹は煙草に赤い火を灯すと、ふぅと白いの煙を吐いた。
その瞬間、ジジジっと二人の視界にノイズが走り綾人と志鷹は顔をおさえた。
「おい、お前·····」
志鷹の口から煙草が滑り落ちた。
「えっ?」
綾人が志鷹が指差す自分の手を見た。手はガラスのように透け、登る朝日にキラキラと輝いていた。
ガバっと視線を志鷹にむけると驚いた表情で志鷹も透き通り消えていく自分の手を見つめていた。
「まさか神殺しの罰?」
綾人が呟き鴉飛と甘美瑛を見るが、二人は何も起きていない自分の手を見たあとに驚いた顔で綾人と志鷹を見ていた。
「どうやら違うみたいだな」
「なんでそんな冷静なんです」
志諦めたような笑みを浮かべる志鷹に綾人は苦笑いを浮かべた。
「こうなりゃ、なるようにしかならんからな。まっ。色々世話になったな」
そう言い綾人に手を差し出した。
「こちらこそありがとうございました。志鷹さんと仕事できてよかったです」
綾人は笑みを浮かべその手を取った。
手を離した志鷹は鴉飛と甘美瑛に視線を向けた。
「あとの報告は頼んでもいいか?」
「はい。班長には伝えておきます」
「頼む」
頷く鴉飛に志鷹はニヤっと笑い片手を上げた。
「鴉飛さん、甘美瑛さん。ありがとうございました。色々と助かりました」
「いえ。こちらこそ捜査を手伝っていただき助かりました。」
鴉飛は綾人に首を振った。
「甘美瑛さん、涙ありがとうございます。本当に助かりました」
甘美瑛も首を振り
「僕はこれしかできないから」
といつものように屈託ない笑みを浮かべた。
「月見里」
志鷹は何やら照れくさそうにすると言葉を続けた。
「色々迷惑かけて悪かった。⋯ありがとうな」
「いえ、こちらこそ」
綾人も笑みを浮かべるがもうすでに顔の半分が透けていた。
朝日が昇る。
新しい日がはじまる中、二人の体は朝日の中でキラキラと輝きながら透けていき、やがて二人の意識も暗転していった。