第17逃 帰宅RTA
この世界には人族の外敵として
魔獣
魔物
魔族
の三種が存在している。
そのため、
魔獣には武器を
魔物には魔法を
魔族には対話を
という常識がこの世界の人族に浸透している。
魔獣は種類によっては一般の武器・殴打により比較的倒しやすく、冒険者の多くが魔獣退治で生計を立てている。
魔王を主とする魔族は敵意を出さなければ襲ってくることは基本ない。
これに対し魔物は、専用の撃退機関が設けられているほどに倒しずらい。一般人であればまず倒すことは出来ない。
しかし、好都合なことに魔物の多くはダンジョンに身を潜めている。
瘴気で構成されたその体は、一般の武具では体をすり抜けるために傷一つ付けることができず、広範囲の魔法を使用してくるため魔法を使えなければ倒せない。
しかも、特攻である魔法を駆使してでも倒すことは容易ではない。
そのため、万が一魔物と出会ってしまった場合は、死を覚悟して逃げなければならない。
が、行方不明者が多すぎることから助かる確率は限りなく0に近い。
そういう理不尽な暴力の塊が魔物である。
神聖魔法『チュートリアル』より一部抜粋
「それを、まさか魔法をロクに使えない僕が相手することになるとはね...」
そう言って、ジャックスは口元だけ小さく笑いながら覚悟を決め、剣を構える。
「コーガさんが魔法を使えることを願って、せめて戻って来るまで持ち堪える...!」
怪我をして気絶しているメシアを置いて逃げるという選択肢を、ジャックスは持ち合わせていない。
「ハァァ!!!!!!」
剣が魔物の頭部を捉える。
しかしその斬撃もあっけなく魔物の体をすり抜ける。
「ヴォ!!!」
今度はこっちの番とでも言いたげな表情で、素早く細い後ろ足を放つ。
見かけは細くとも威力は強大。
「ン゛!!!!!!」
それをジャックスは剣で受ける。
無防備でモロにくらったメシアもさることながら、上手く剣で受けたジャックスでさえも、後方へと蹴り飛ばされる。
しかし、機転を効かせるジャックスは、剣を地面へ突き刺し、その勢いを止める。
違和感...というかやっぱりおかしい。
メシア君のも僕の剣もすり抜けたのに、あっちの攻撃だけは僕の体にも武器にも当たる...
考える時間を与えない、魔物の飛び蹴りが飛んでくる。
「グッッ!!」
ジャックスは、それを剣で受けることしか出来ない。
上から魔物の蹴り圧がかかっているが、剣の正面から来ているならば受け流すことは容易い。
生身の体が瘴気に包まれてる?
いや、それは無い。
もしそうなら斬撃が体をすり抜けるわけがない。必ず生身のどこかに当たる。
飛んで距離をとって森に入り、魔物から視線を外さないままジャックスは頭をフル回転する。
「ぁれ!!???」
瞬間。確実に捉えていたはずの魔物が瞬きの間に消える。
次のまだたき時にはジャックスの正面で大口を開けて飛んできていた。
ジャックスは剣に噛み付かせる形で噛みつきを防ぐと、そのまま木へと剣を、正確には魔物をぶつける。
「ヴグゴァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
剣では斬れなかったが、衝突によるダメージは入った。
魔物が剣を離した隙に、木を一気に駆け上り、開けた場所へと飛び戻る。
ジャックスは着地した反動で体が痺れ、動けなくなる。
ブンッと大振りで剣を振ることで痺れを律し、一度ジャンプして体勢を整える。
...いや、多分もっと根本的に何かが違う。
ジャックスの頭にこれまでの魔物との戦闘シーンが流れ込んでくる。
「...あれ? そもそも...何に当たっているんだ...?」
「ヴヴヴオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!」
「...はっ」
疑問に満ちたジャックスの頭を、森から颯爽と出てきた魔物の遠吠えが掻き乱す。
遠吠えは...他の魔獣だと仲間を集める時とかに使ってるけど ...だとしたら、いよいよだな。
さて、魔物の場合はどうか...
背後のメシアを一瞥し、死を連想したジャックスの予想に反して、周囲に他の魔物の気配は今のところない。
ただ目の前の魔物がゆっくりと前足を上げるだけ。
ジャックスは集中を周囲から目の前へ移し、剣を盾のように構える。
ジャックスから攻撃してもすり抜けて反撃喰らって終わるだけなので迂闊に手を出せない。剣として正しい使い方はもう出来ない。
今はただ魔物の動向を観察するだけに神経を集中させる。
ただゆっくりと地面へ向かう前足に視線をーーーー
____________________魔法『振動』
それは跳躍や蹴りの予備動作ではなく、正真正銘の魔法だった。
ただただ地面を振動させるという意味の『振動』ではなく、まるで空気中の細かいすべての物質が震えているような芯に響いてくる『振動』
もはやそれは『振動』よりも『衝撃波』の方が似つかわしい。
一瞬の理不尽で繊細な暴力。
土埃が舞い、颯爽と生い茂っていた木々は細切れに折れ、破片がそこらじゅうに散る。血が飛び散っていたはずの地面は綺麗に掃除され、興される。
丁寧に震えた土は程よく柔らかくなり、すぐに畑にでも出来そうな具合だった。
深く広い森に突如としてぽっかり綺麗な穴が開き、漆黒の点が一つ。
不自然に緑が無いその光景は一瞬美しいとすら錯覚してしまう。
「ヴヴォ...!」
魔物が勝利を確信し、小さく吠える。
それは目の前で戦った戦士に「こんなものか...」と嘆いているようでもあった。
ダンジョンに帰ろうと魔物が旋回すると、眼前に剣の切っ先が飛び込んでくる。
「ヴォォォゥ!!!」
驚いて呻き声を上げてしまうが、当然その太刀筋は空を切り、地面にあたり、土埃が広がる。
「ヴゥゥゥ!!!」
視界を取られたが、どうせ当たらないのだから焦る必要はないという結論に至り、敵の出方に神経を集中させる。
「ヴ!!!!!!??」
と、後方より気配を感じ、振り返ると、眼前に炎の魔法を纏った拳があった。魔物を目掛けて一直線に向かってくる。
「グヴヴォガガガァァァァァァァァグ!!!!!!!!!!!!???????」
容赦のない、恨みのこもった一撃。
魔法VS魔物。であれば当然、当たる。
土埃で視界を遮られては、圧倒的に魔物の分が悪い。加えて当たる攻撃を持ったのなら尚更脅威ーーーー
「ジャックス!来るぞっっ!!!!」
____________________魔法『竜巻』
その場に存在しているすべての風が巻き上げられ、勢いよく旋回する。
『振動』ほどの強度はないものの、迂闊に近づけば簡単に巻き上げられ、落下で死んでしまうという確信はあった。
砂埃が一掃される。
「ギリギリ避けれた... しかし...ふっ...やっぱそっちは当たらないか...」
「しょうがないよ」
見晴らしが良くなり、魔物は目の前の脅威を視認する。
一方は先ほどの剣の少年。
そしてもう一方は、一番最初に切りかかってきたーー
「まぁ、いい。見ろアイツの顔! すまし顔が崩れて、威嚇してやがるぜ!」
土に汚れた顔と、身体中についた傷が様になっている。勇者 メシア その人であった。
〜『振動』魔法発動のちょっと前〜
「ヴヴヴオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!」
「んぁ...うるさ...」
戦闘中は気づかないものだが、遠吠えとはなかなかにうるさいものである。
まずったな...
ありゃ魔物じゃねぇか。
気絶からは目覚めたが、それでも動けるような怪我の状態ではない。
魔物に蹴られた腹と、木に衝突したときに体の芯に響いてきた背中の痛み、間違いなく骨は折れているだろう。
...いいじゃん。中ボスにしては上々。
次は...どうやったら『魔法』なしで殺せる?
だが、心は折れていなかった。
全快まで回復魔法使ったらそれだけで魔力終わるな...
配分を考えないと......
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勇者メシアは、生まれた時から魔力値が低かった。正しくは、低かったわけではなく、他の数値が異常に高いだけで数値自体は年相応レベルだった。
外れ値を除いて、魔力平均は歳が一つ上に上がれば100上がると言われている。
ギルド規定、最低登録年齢8歳。その年の平均魔力総量800
しかし、メシアの魔力総量は、約300
つまり、メシアはジャックスと同い年ではなく、御年3歳。
シエロと同い年である。
魔力300は、局所に回復魔法を使えば全て無くなる、一般的な攻撃魔法の『火球』を数発打てば無くなる。その程度である。
対してジャックスは、魔力5000と平均よりも圧倒的に高いにも関わらず、アレスが指導を断念したほど当人の魔法の素質が絶望的に無い。
つまり、この二人はほとんど魔法が使えないのである。
そして魔物は、魔法を使わないと“絶対”倒せない
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...全快とまで行かなくていい、動ける最低限ラインの回復を...............!!??
また、魔物が現れた時と同じような 嫌悪感・殺気 がメシアに襲いかかる。
魔物を見るとゆっくりと 魔力 を集めながら足を上げている、ジャックスはそれに夢中で、一歩も動いていない様子だった。
なんで動かない!? まさか動けない... いや、気づいてないのか!?
ゆっくり考えてらんねぇ...!
「回復魔法......!」
メシアの腹と背中が淡く光る。
からの!
ダッッシュ!!
メシアが目線を起こしたその時にはもう魔物の足は降り始め、魔力は十分に溜まっている状態だった。
間に合わな...!
ーーーーーーーー「...友達になってくれない?」
判断に迷いが許されない。その一瞬に、走馬灯のように思い浮かんだのはジャックスのあの言葉だった。
「あの返事ロクにしてないまま死なせれっかよ...!」
その時にメシアが選んだ手段は、とっておきにして、門外不出。ジャックスの前では絶対に見せる気がなかったもの。
「 『ギフト “伸縮”』!!」
メシアの右腕がジャックス目掛けて直線的に伸び、ジャックスの服を掴んで、一気に引き寄せる。
と同時に左腕を伸ばしてなるべく遠くの木の上部の枝を掴む。
運よくメシアの腕はジャックスに隠れて魔物には見つからなかった。
____________________魔法『振動』
おそらくだが、ギフトを使用する判断があと少しでも遅れようものならジャックスは助からなかっただろう。
引き寄せたジャックスを抱いて、木と木とを飛び移るメシア。当然、着地と跳躍の瞬間に背中と腹部に激痛が走っている。
「メシア...君...? ......良かっった生きてた... ごめんまた助けられちゃったね」
一度目はギルド内で、二度目はゴブリン退治で。
「クハッ 案ずるな... お前にはまだ、やって貰わねばならぬことがある」
「...?」
「折角だ... 奴に一泡吹かせてやろうではないか! 方法は...ちょっと顔近づけろ」
「てか止まらない?」
「...そうだな」
ジャックスもなかなかに重症だが、メシアはそれ以上に重症である。
負傷状態を考えてジャックス動き続けることは得策ではないと判断した。
「よっとっと...」
敵の視界から見えず、こちら側からは常に敵を観測できる絶妙な位置で停止し、メシアはジャックスを抱っこから降ろす。
「それで、楽しいことって何?」
ジャックスの脳みそは “一泡吹かせる” を “楽しいこと” として認識した
「まずそもそもジャックス... お前、魔法使えないのか?」
「う〜ん...使えないこともないらしいんだけど、素質があまりないって言われてて...」
「誰に?」
「僕の師匠... 言っていいか、アレス=エジェリーからだよ」
「...! そっか...そうだよな、英雄一家だもんな...」
その時、メシアの白い眼に、一筋の希望の光のようなものが宿る。
「ジャックス。悪いが、帰宅してもらうぞ」
「逃げるの?」
「一泡...いや、“お楽しみ”をした後にな」
メシアが八重歯をギラギラに光らせて邪悪に笑う。
「まず、魔物が巣へ帰ろうと振り向いた瞬間、お前が剣で襲いかかれ。すり抜けていい。本命は土埃を起こさせて魔物の視界を悪くすることだからな... そしたら魔物はお前に注意がいくはず... そして」
「大本命のメシア君がデカい一発を魔物にぶつけるって事?」
「ザッツライト、大当たりだ」
「でも、振り向くかな...」
「そこは運だな...最悪の場合、強引に切りに行ってもいい。そんでこっからが大事」
「手札が無くなった後、“逃げ”だね」
「本当に話が早くて助かる」
「こっからエジェリー家までは... 目測大体50キロってところかな。メシア君走れる?」
「もちろん。ジャックスは?」
「余裕だよ。それに、追いかけっこなら慣れてるんだ
「......あぁそんで、なんとか助けてもらおう。鬼 魔物の、超鬼ごっこ帰宅RTAだな。久々に腕が鳴る...... ふっふぁはははぁ」
「どうしたの?」
「...こんな楽しいこと、友達とじゃないとできねぇな ......だろ?」
シエロが満面の笑みを浮かべる。その語気はいつからか素のものになっていた。
「............いいねそれ」
その賛辞はきっと、作戦だけに向けられたものじゃない。
〜そして現在〜
「よし!一次作戦成功!」
「ヴヴォォォォォォォォ......!!!!!!」
二人はハイタッチで喜びを分かち合い、魔物は舐めた態度を完全に消し、メシアとジャックスを明確に敵と位置付けた様子で、歯を立てて唸り、威嚇をしている。
「ジャックス、まだ体力は残ってるか?」
「もちろん」
「よしじゃあ、作戦通り...」
二人は森のより深い方、エジェリー家へと踵を返しーーー
「逃げるぞ!! 帰宅RTA開始だ!」
二人同時に地面を蹴り、木に飛び移り、走り出す。




