十六逃 嫌悪嫌悪嫌悪嫌悪嫌悪
ジャックスが剣を振り下ろすと、ゴブリンの上半身は豆腐のように斬れる。
コーガが勢いよく足を振るうと、ゴブリンの腹部は吹き飛ぶことなく貫通する。
メシアが鋭い剣を振り上げると、ゴブリンは股下から紙切れのように斬れる。
二十はいたその数は、今や数える程しかいない。
地面にはゴブリン達が派手にこぼした血で埋め尽くされている。
ジャックス達がゴブリン退治の依頼を受け、向かったのはこの国で二番目に大きい森。
その最奥には、エジェリー家がある。
その入り口から5キロ付近の比較的開けた場所で、ゴブリンの群れに遭遇し、応戦した。
「懐かしいな...」
「大丈夫...?抵抗があるなら休んでも...」
ジャックスが小さくつぶやいた言葉をコーガは聞き逃さず、ジャックスに心配の言葉を投げかける。
「あっいえ...あの時は...まだここらへんまで来れてたなって思って懐かしんでただけので大丈夫です...」
「ぁ。本当にごめん」
ジャックスの喋り方は、昔を懐かしむようにも、過去を悲しむようにも感じ取れた。
それを察したコーガは、先ほどの軽率に慰めの言葉を発したことを後悔し、反省する。個人でしか解決出来ない問題に他人が下手に介入したことに対するものである
「ぁ!いやそんな謝らせる気は全然なくて...!」
「相変わらず、仲の良いことだ」
「あ!メシア君。おかえり!どうだった?」
メシアは、ジャックスとコーガが凄すぎて応戦の時にあまり役に立たなかったからと、ゴブリンの討伐証明を採取しに行っていた。
「きっちり30匹分ある。依頼達成だ」
「あれ...?増えてない...?」
「お前らが話している間にも出てきたのでな、殲滅した。話に夢中で見ていなかったな?」
「はは... ごめん... でも、頼もしい...」
「否。むしろ好都合だ」
幼い頃から草刈り感覚でゴブリンを狩っていたジャックスにとって、この依頼はなかなか手応えのあるものではなかったが、初依頼は初依頼。こんなにも大達成で嬉しくないわけがない。
メシアもこれが初依頼だったようで、随分楽しそうにゴブリンを斬っていた。
「ねぇ!ところでメシア君って今いくつなの?」
「あ?なんだ?急に」
「なんか言動が凄い大人っぽいなと思ってさ...」
「お前がそれを言うか? 全く...お前と同い年に決まっているであろう」
「じゃあ九歳?」
「そうだな」
「そっか... 」
「そも、ギルド規定の最低加入条件が『ギフト』を所有していることだぞ? そして『ギフト』授与は8歳。当たり前に8以上は確定であろう」
「......低く見積もってたって思ってる? 僕が言いたかったのは、メシア君が僕よりも年上なんじゃないかってことだよ?」
呆れ顔のメシアと、頭上にハテナマークを浮かべるジャックス。
墓穴ほったな...
呆れ顔の奥で、よく考えないで軽率に発言をしたことを、メシアは反省をした。
「...二人とも!初依頼達成おめでとう! お疲れ...てはいなさそうだね」
年功序列でこのパーティーのリーダーになっているコーガが若干強引に二人の会話を切り、二人に労いの言葉をかける。
「それでリーダー、ここからはどうするんだ?我は一応、しばらくはこのパーティーに在籍せよと言われいるのだが...」
「うん!僕もまだメシア君と話し足りないよ」
「...まだ話すことがあるのか...?」
勇者のこと、メシアと名乗っていること、厨二病な言い回し、珍妙な格好。
道中でありとあらゆることをジャックスに聞かれたメシアは、思い出してげんなりとする。
だが、ジャックスはまだメシアと一緒にいれることに目をキラキラと輝かせている。
メシアはその質問の嵐がまたくると思うと、ノイローゼになりそうだった。
「そっか... じゃあゴブリンの死体はぼくが責任持ってギルドに届けるよ。メシアくん、頂戴」
「ん」
「じゃあね!なるべく早く帰ってくるから」
コーガはメシアからゴブリンの死体を受け取ると、ジャックスにウインクを一つし、木へ跳び乗り、そのまま木から木へと跳び移りながらギルドへと向かった。
「...お前らは本当に、危機管理能力がなっていなすぎる。今や世界中がお前たちを目の敵にしているということを自覚しているのか? 仮に我が暗殺者で、エジェリーの人間を殺すために近づいたとしたらどう対処する気だ?」
「そうだなぁ... うん... 自覚...は出来てないかもだけど、大丈夫だよ! もし本当にメシア君が暗殺者で僕の家族を狙ってたら、その時は、僕がメシアを殺すから。ちゃんと」
手の振りと口元は笑っている。だが目の奥が笑っていない。
同時にそれだけで弱者を死に追いやってしまうようなドス黒い殺気が噴き出る。
「......クハッ 噂は真であったか。しかし、この余った時間はどうするんだ?我はここで待機しているから一度、家族の顔を見てきてもいいぞ」
「いや、まだいいかな。今はまだ、家族に会ったら決意が揺るぎそうだから」
俯き、表情に憂いを帯びたジャックスには、そうなると確信できる記憶記憶が有った。
痛い。辛い。なんでぼくがこんな目に... まだ............
愛が欲しい。温かさが欲しい。抱きしめて欲しい。人肌が、暖かい食事が欲しい。
「贅沢を言うなら、...友達が」
「ん?」
・・・ジャックスには、捨てられる前の貴族としてのの記憶が有った。
「物心がつく」という言葉は、ジャックスには存在しておらず、生まれてから間もない日から、その生の記憶はジャックスの体に刻まれ、今なお、トラウマの断末魔となって呼び起こされる。
それは、貴族として生まれ、嫡子として育った短い数年。
課せられたことできなければ罰せられ、人並み以上にこなそうとも親の関心がこちらに向くことはない。
使用人、侍女、先生、乳母も淡々と仕事を行い、ジャックスに話しかけるどころか触れるものすらいない。
まるでそれが“貴族の当たり前”であるかのような日常。
幼き日のジャックスはそんな環境が本当に嫌で、嫌で、嫌で、嫌で、嫌で、
嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌だ嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方なくて、遂にジャックスは実力行使に出て、謀反を起こした。
護身、訓練用で渡された短い子供用の木剣を用い、次々と大人の護衛騎士を薙ぎ倒していく姿はまさしく圧巻。
しかし、その刃が親の喉元へと届くことは無く、護衛騎士たちによって制圧され、親はジャックスを忌み子としてエジェリー家へと堕とした。
結果、ジャックスの人生は、明るい方へと未来を大きく変えた。
そんな忌み子を人族で初めて優しく抱きかかえたアレスを、ジャックスは心の底から愛し、アレスもまたジャックスを愛した。
だからこそ、満たされていた心を再び抉って戦う、今の環境に家族の温もりは毒になる。
下の子に「行かないで」と泣かれでもしたら一緒にいたくなって、二度と立ち直れなくなる。
どれだけちゃんとしようとしていても、中身はまだまだ幼い子供なのだ。
「...ねぇメシア君。もし良かったら、こんな僕で良かったらさ、
もし過去から立ち直れたら、もっと家族を愛せたら... 一人でも自分を愛せるようになれたら
いつか.........友達になってくれない?」
「嫌だね」
メシアはイタズラっぽく笑い、ぺろっと舌を出す。
「...そうだね、そうだよね... こんなのと友達になんてなりたくないよね.........!!!!!!!!!!????」
ジャックスがメシアの返答に衝撃を受け、俯いた瞬間、背後にジャックスが今まで感じたことのない量の殺気を察知する。
「メシア君!!!」
「分かってる!」
ジャックスがすぐに振り向き、剣を構える。ここで私情を挟むような木偶ではない。
とその時にはメシアはもうすでに戦闘体制へと入り、敵の懐へと飛び出し、剣を振るっていた。
「ッッッッラアアァァァァ!!!!!!」
しかしその斬撃も虚しく剣は敵の体をすり抜ける。
「ハァァ!!!!?????!!??!?!?!?!?」
すり抜け、驚く。それだけであれば良かったが、メシアは腹に敵からの重い一撃をもらう。
「ッッッテェェェエェェェ!!!」
矮小で軽い体躯は、繰り出されるままに蹴り飛ばされ、勢いを一切として失わずに木に激突する。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!
辺りに鈍い轟音が鳴り響き、生えていた木の葉が重力に従って舞う。
胴体を貫通こそしなかったものの、皮膚を大きく抉られたその体は、簡単には動かせないだろう。
この間 5秒。
視線をメシアから敵へと移し、ジャックスはようやくその敵を目測する。
四足で立ち、尖った口先、大きめでピンと立った耳、すらっと細い足。
“それ”は見事なまでに狐の特徴を映していた。
だが、違う。
“それ”はジャックスが齢4の頃、食料として自力で狩ってきた、あの時の狐とは遥かにかけ離れている。
だから、違う。具体的にはどこが違うのか。
......とてつもなく黒い。
ドス黒いという言葉すら跪く、まさに漆黒。
生まれて初めて対峙した ”それ” の姿を、ジャックスは本で知っていた。
「......魔物...!」
“それ”は災厄の知らせであった。




