十四逃 すたぁおねぇちゃん
巨大国営事業、冒険者。それを生業としている数は国民のおよそ三分の一とまで言われる。
仕事内容は魔獣の討伐という大きいものから、街の荷物運びや店のお手伝いなど小さいものまで幅広く存在している。
冒険者登録をしているものは、学園卒業者全員。つまりはこの国の人間全員。その数の多さはむしろ冒険者登録を行なっていないものを見つける方が困難になるほどだろう。
ギルドは国中に支部を有しており、都市は勿論、なぜそこにと思わず言いたくなるような辺境の地にも存在している。
当然、蟲の集落の周辺にもある。
「ここが...ギルド...!」
王都。揃いたつ密集した建物の中でも一際大きく目立つ巨大な建物、そのジャックス身長の三回りは大きな扉の前で、ジャックスが呟く。
その瞳には未知へのワクワクが宿っている。
「そ...そういえば...ジャックスさんはギルド初めてでしたね...あの、も...う、入りますか?」
コーガはよそ行き用の性格になっている。
「...いつまでそんなにオドオドしているんです?朝はあんなにシャキシャキしていたのに」
「...ふ、二人きりになったら戻しますよ...」
「そうですか...では入りますか」
「は...はい...」
二人が最寄りの支部ではなく、わざわざ遠い王都のギルドに来た理由は今朝に遡るーーーーー
「ぁ。朝か...」
窓から差し込む光を見て、夜中に意識を交代してそこからずっと寝ていないイシスは呟く。
「おはよう、シエロ。よく眠れたか?」
勿論、シエロが眠ったのだからイシスと意識を交代している。その結果肉体は良くどころかそもそも眠れてすらいない。
「あぁ、ジャックスはどうだ?」
「元気いっぱいだよ」
「そっか...」
それでもイシスはジャックスに心配をかけたくない一心で誤魔化す。
というより、ここで下手に「眠れていない」とか言ってしまうと、過保護なジャックスはなかなか面倒な状態になるのだ。
「おはようシエロ!ジャックス! よく眠れたか?」
シルクが勢いよく部屋のドアを開ける。
「お前のせいで最高の目覚めが最悪に成り下がった」
「おお...おお!そうかそっか!」
察する。とまではいかないが、シルクもバカではない。最高の目覚めと言ってはいるが実際は一睡もできていないことはわかっている。
わかってはいるが、ジャックスはいる手前、そこを突っ込むようなことはしない。
「しっかし、昨日は大変だったなぁ」
それをジャックスに悟らせないように、あるいは気持ちを楽しい方へと切り替えるように、シルクは話を逸らす。
「まさかジャックスが私と一緒に寝たいとか言うとは思わなかったな」
昨晩、シエロが日中に寂しいとか言ったせいでジャックスが「シエロと一緒に寝る」と言って聞かなかったのだ。
「わたし...? あ、いや、ごめん...」
「いやいい。どうせジャックスが一緒に寝ると言わなければシルクと寝ることになっていたんだろうからな」
元々はシルクがシエロを部屋に連れて行こうとしたところから話は始まったのだ。
つまり、どのみちシエロは一人で一晩を過ごすということはなかった。
だが、シルクはイシスの件でシエロと相談しようと思って声をかけたので、ジャックスがいるならとあっさり身を引いた。
「よしよし。とりあえず、リビング行こう。寿とコーガが待ってる」
右手でジャックスの、左手でシエロの頭を撫でながら言う。
当然イシスはそれを払う。
「おはようございます。お二方」
「! おはよう」
キッチンに立つ寿と、床に座っているコーガ。ジャックスとバトったコーガはジャックスに、ついでにシエロにも、素を出している。
その光景を見て、シルクが微笑む。
「ところで、コーガはわかるがなんで寿がここにいるんだ?」
ジャックスが床に座り、シエロは寝っ転がる。
「あぁ、寿はなこう見えても回復系統の魔法のスペシャリストだから呼んだんだ」
「...そうだったのか」
シエロの記憶から見た寿のあの魔法はすごいようには見えなかったが、シルクがそういうならそうなのだろうと納得する。
「さて...と今日の予定の確認。シエロは魔法の授業なんだが...」
「案ずるな。私だ」
少なくとも、知識としてだけならばシエロの方にも有る。
「あぁ、そうか。ならば心強い」
「「「??」」」
勿論シエロとシルクのみしかわかっていないが、だからこそ意味がある。
「まぁこっちはこっちで後で詰めるとして...」
チラッと横目にジャックスを見る。ジャックスもまた、シルクのことを見ている。
「ジャックスとコーガは...」
「ギルドですよね?」
コーガが反応する。
「ちゃんと、最寄りのギルドまでの道は覚えてますよ」
「いや、それなんだが...」
「「?」」
「二人には、王都のギルドに行ってほしい」
「!!??」
コーガが憤りを強く表した顔を見せる。
「しょ...正気ですか!! 王都なんてましてや今!この時でなんて...!!!」
...あぁなるほど。
蚊帳の外のシエロが納得する。寿は元から話に加わる気はなく、ずっとキッチンに避難している。
「エジェリーだからですか?」
口を開いたのは意外にもジャックスの方だった。
「コーガさんがそんなに怒っているのは、僕たちがエジェリーだからってことですか?」
「...あぁ、うん...あれから多少時が過ぎてほとぼりは少し冷めたけど、それでもバレたときの被害は無視できるものじゃない」
「まさに、飛んで火に入る夏の蟲、だな」
深刻な話題で張り詰めていた空気がイシスのダジャレで一瞬にして冷める。
「.........けどまぁ良いんじゃないか?いつまでもこうやって縮こまっているよりか、ちゃんと周りを見て、現実と向き合った方が」
今回は他人事だからか、さっきのギャグが滑ったせいなのか、シエロは冷たく言い放つ。
「その通りだ。どんだけエジェリーが世間から嫌われているのか、ばっちりその目で見てこい。それに王都を選んだのにはもう一つ理由がある」
そう言ってシルクは三人に憂いを含んだ笑顔を向ける。
ぁぁ。そうだったな。
その瞬間、コーガの脳内に出会ってから今までのシルクの言動が浮かんでくる。
この方は、辛い時こそ笑顔を向けてくる...
コーガがグッと拳に力を入れる。
それを信じず、何が小間だ!!!
どんな理由があるのかは知り得ないが、この蟲だけは嘘をつかないという確証がコーガにはあった。
「わかりました。ジャックスくん! 大丈夫、いざというときは僕が守るから!!」
さっきの数倍ハイテンションでジャックスに手を出して笑顔を向けるコーガ。
「...はい!行きましょう!」
コーガの身の代わりように若干の困惑を見せながらも、手を取る。
「...この場合、効率考えたらジャックスのギフトで守るのが最適じゃないか?」
「あっ...!」
こうして、ジャックスとコーガ。二人の王都行きが決定した。
「失礼しまーす...」
ドアを開けると、木造建築のシンプルな内装に、活気に満ちている空間が出てきた。ケンカの後に出来た傷なのか、ところどころ木に傷がついている。
その一角のドでかい掲示板にはびっしりと紙が隙間なく不規則に並べられており、また別の一角には酒場が整えられていて、すでに酔いが回っているものやテーブルに突っ伏して寝ているものまで様々だ。
しかし、それでも屈強な肉体で、酔っていても弱者の片鱗など微塵も感じさせない風体である。
正面をまっすぐ進んだところにはカウンターがあり、そこでは老若男女問わずまっすぐ綺麗に並んでいる。喧嘩は愛嬌だが、最低限の秩序くらいはあるようだ。
「おぉ...!! おっきい...!」
ドアからまっすぐ進んで周りをキョロキョロと見渡すジャックスは、これまでに見てきた建物とは比べ物にならない広さに、興奮と驚きを隠せないでいる。
「こ...れが当たり前で、はありま...せんよ?こ、ここが王都だからっ...この大きさなんです...」
対してコーガはまだ素を出していない。
「おう!おう! にぃちゃんたちよお!もしかしてギルドは初めてか?」
各々そんな反応を示していると、筋肉だるまの屈強な男が話しかけて来た。酔っ払い、頬が赤く染まっているからか威圧感などはなく、和やかな印象を受ける。
「あ...はい。田舎の出なのでこのような大きな建物は初めてで...!」
返したのはジャックスだった。コーガはどさくさに紛れてオドオドしたまま、まっすぐカウンターへと向かっていった。
「おうそうかそうか!懐かしいな...俺も若い頃はこんなひょうろくてなぁ。なかなか苦労したもんだよ。あれは俺がにぃちゃんぐれぇの時ーー」
「あの!すみません僕...連れの方が先に行っちゃって...」
そう言ってジャックスはコーガに向かって指をさす。
人の話を遮るのはジャックス的にとても心苦しいものだが、今はおっさんの長話なんかよりも、自分の方が大事だ。
「おぉそうか悪い...って連れってもしかしてあの金?髪のか?」
「そうですけど...?」
「あのにぃちゃんの列、あそこだけはやめといた方がいいぞ」
おっさんが明らかに嫌そうな顔をする。
よく見ると、他の列は割と賑わっているのに対して、その列はコーガ以外誰一人として並んでいない。
「なんでですか?あっすみませんもう僕行きますね!いろいろありがとうございました!」
「あ、おい!」
コーガに手を振られたジャックスがおっさんとの話にふたをして、コーガの元へと走る。
「行っちまった...」
「コーガさんすみません。遅くなりました」
「いや、ちょっと気になったから呼び寄せただけ、ジャックス君が気にする必要はないよ」
素に戻っているコーガが笑いながら言う。
「あれ、コーガさん。素に戻っていますね」
「横見てみ」
「? ぁぁ。そういうことですか」
ジャックスが横を見ると、並ばれた列にスペースが空いている。後ろには誰も並んでおらず、横もいない。開放するには条件は整っている。...変な注目は集めているが。
「ところでコーガさんなんでこの列だけこんな人が少ないんですか?」
「ん? じきに...というかすぐわかるよ」
コーガがそう言っていると、何かの紙を小さいトレイに載せた受付嬢がやって来る。
「...! もしかして...ジャックスちゃん?」
「え?」
柔らかい声がした。
「あぁ! やっぱりジャックスちゃんだぁ ほらぁ覚えてない?すたぁおねぇちゃんだよぅ」
「.........?」
「ほらほらぁオムツ変えたりしたんだよぅ?」
コーガが「それは覚えてるわけないでしょ」と思うが、あえて口には出さない。
「.........?」
全力で思い出そうとしているのかジャックスはポカンと大きく口を開けてジッと受付嬢の顔を見る。
ライトブラウンの長めのボブにはところどころくせっ毛が存在しており、頭のてっぺんにはなぜかハートになっているアホ毛が生えている。前髪はまばらだが規律のある整え方をされており、その右前髪には小さい流星の髪飾りが、左耳には三日月のピアスをしていた。
少し横に長いアイスシルバー色のたれ目に、薄く細い眉毛。透き通るような肌に彫刻のようにくっきりとした鼻で、彼女の顔は異様なまでに整っており、「シルクさんと同じくらい綺麗だな」とジャックスは思った。
ギルド職員の茶色の制服とも、相性が良く、他の受付嬢と比べてみても一際目立った美しさをしていた。
だが、その凛々しさの中にどこかステアと同じような幼さがあった。
「ん〜... 覚えてないかぁ。しょうがないねぇ、たまに帰ってたのジャックスちゃんが一歳とかの時だもんねぇ」
「それは覚えてないですよ」
コーガが呆れたようにため息を吐く。
「はぁ。いい?ジャックスくん。この人はね...ホシスタ=ブラッディフォールそして...」
「エジェリー」
今このご時世で、例えば人の多い広場で「自分はエジェリー家と関わりがあるなんて言ったらどうなるか。
答えは『間違いなく、袋叩きに合う』。
これが現実である。
つまり、この王都ギルドという人ばかりの建物内でその名を発するということは、ほとんど死を意味する。
しかし、このホシスタにはそれを許さない、戦士としての力があった。
その結果エジェリーであることと力に対する畏怖で、ホシスタの受付列には誰一人として寄り付かなくなってしまった。
元々はその類まれなる美貌からギルド史過去最高クラスで行列ができていたのだが。
「...エジェリー........!」
それまで名前当てで曇っていたジャックスの顔に明かりが差す。
「シルク様が言っていた“理由”はこの人だよ。僕でも面識があるくらいだし」
「あれ?でも、孤児院にいる人以外は学園に行っているんじゃなかったでしたっけ?」
「あぁ...おねぇちゃんたちね、学園を卒業したら、身バレ防止のために、基本連絡しなくなっちゃうのよ。それでアレスは私たちが現状どうなっているのかわからないの。...おねぇちゃんは普通に言ってるけどね」
ホシスタが手を頬に当て、憂いを持った顔をする。
「学園の卒業制度上、まだ学園にいるのかもう卒業したのかわからないしぃ...」
国民の義務である学園への入学は、エジェリーだろうと後々ジャックスもすることになるのだが、この学園の卒業制度は特殊で、10歳で入学後、三年間刻みで卒業かそのまま進級かの選択ができ、30歳まで通うことができる。
「あぁ。なるほど...」
このシステムを理解しているジャックスは少し不満そうにしながらも納得はする。また、エジェリーを嫌って連絡を断つようになった訳ではない事に安心する。
「それで、これがコーガの冒険者復帰届けで...こっちがジャックスちゃんの冒険者登録用紙ね」
そう言って、ホシスタは二人にそれぞれ一枚の紙を渡す。
優秀なコーガはジャックスがおっさんと絡まれている間に自身の冒険者復帰の手続き用の書類とジャックス用の冒険者登録届けを頼んでおいたようだ。
ちなみにコーガがホシスタの列に並んだのはただただ他の列よりも空いていたからである。
「...コーガさんって冒険者だったんですか...?」
「うん。シルク様に仕えるために少しでも強くなっておこうと思ってね」
「コーガはすごいのよぉ たったの一年でA級まで登り詰めたんだから!それでね...」
「その話はやめてください本当に。あれはなんというか...若気の至りというやつでして...あんまり掘り返さないでください...!」
本来なら誇ってもいいどころではないのだが、なぜかコーガは恥ずかしそうに手を顔に当て、頬を真っ赤に染める。
赤面するほど、よっぽどの黒歴史を作ったのか、詳細はわからないが。
「そんなにあの異名を思い出すのが嫌?」
「そんなにあれを思い出すのが嫌です...」
「異名...?」
どうやらその黒歴史というのはコーガに昔つけられていた異名のことらしい。
こういう事になるならば、己は絶対に黒歴史を作らないぞと決心するジャックスだった。




