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干乾び聖女は蛮族の王に寵愛される〜前世の知識でもって飢餓から国を救済してみます〜

掲載日:2026/06/19

 この国の舞踏会は贅を尽くしていた。

 ふくよかな貴婦人、丸みを帯びたお腹の貴族達。

 満腹だといいながらも、笑いながら常に何かを食べ続けている光景は歪にしか見えなかった。


 噴水は水ではなく白ワインが流れ、テーブルには食べきれないほどの高級食材を使った絶品料理が所狭しと並んでいた。


 わたしは平民出身という理由でそれらに一切手をつけることは許されなかった。


「聖女シェリル、今日この場で貴様との婚約を破棄する!!」

 パシャリと赤ワインを頭から浴びせられ、聖服は赤ワインで滴っていた。


 わたしは反発するのも萎えた。

 何もかもどうでもいいとさえ思っていた。

 ただ立っているのも億劫だった。

 


「なぜか分かるか?」


 ジョゼフ王子の声が頭にこだます。

 ただ唯唯諾諾と頷くだけで精いっぱいだった。


「このおれに進言するなど言語道断。頭に乗るなよ。他国に食糧を寄付するなど、我が国に何の利がある?」

 はちきれんばかりのお腹を揺らしながら叫ぶジョゼフ王子を眺める。


「⋯⋯⋯⋯」


「今までの功績を鑑み、力を失った干乾び聖女でも生活は保証してやろうと思っていたが、それもここまで」


「⋯⋯⋯⋯」


「今日からこのミティアスがこの国の筆頭聖女であり我が婚約者だ」

 ジョゼフ王子の隣には艷やかな金髪に碧眼にしてボンキュッボンと出る所はしっかり出た侯爵出身の聖女がいた。


「⋯⋯⋯⋯」


「お前には厳罰を科してやる。そんなに他国の食糧難に心が傷むなら、蛮族のラウドロス国への追放を命じる。奴らは聖女の力を求めていたからな」


「まあ、家畜の餌を食らう国にシェリル様を送りだすなんて、お可哀想。当代一と持て囃された聖女だと言うのに、とんだ末路ですわね」 

 聖女ミティアスはジョゼフ王子に寄り添いわたしを憐れみの目でみる。


「⋯⋯⋯⋯」

 わたしを省みる人間はいなかった。

 ぱさついた髪、荒れた肌、指は節くれだってげっそりした体躯。誰も魅力的だとは思わなかった。


「奴らは食べ物がないからと家畜の餌を食べ中毒になるような蛮族だ。いずれ衰退するしかない。だがそんなお前でも蛮族共には重宝されるだろう」


「⋯⋯⋯⋯」


「おれは約束を守る男。こんな力も身体も干乾びた聖女は役にも立たんだろうが聖女は聖女。貴様が望む食糧の困窮対策とやらにに携われるよう尽力してやったのだ。お互いの利害が一致したこのベストな取り合わせ。お前も感謝するんだな」


「⋯⋯⋯⋯ありがとうございます⋯⋯」

 もはや反抗する気すら失せる。


「せいぜい野垂れ死ぬなよ」

 

 一斉に出席者からの拍手喝采と嘲笑で会場が沸き上がる。

 わたしは会場に背を向け静かに立ち去る。


 悔しいという感情はないと言えば嘘になる。

 でも、そんなことすら考えるのも億劫なくらい疲れたのだ。


 お払い箱ができて良かったと言わんばかりの処遇ね。

 粗野で野蛮と悪名高い大陸最強の騎士団を抱える蛮族のラウドロス国への追放か。


 この国で地獄はみた。

 

 この国ですら、人を人と思わない野蛮で礼節もない人間なのだ。

 大丈夫、今よりひどいことにはならないでしょう。

 蛮族のラウドロス国で骨を埋めても変わらないわね、きっと。


***


 ラウドロス国へは馬車で移動し、荒野が広がる一面の畑をぼんやり眺めていた。

 噂以上に悲惨な大地からどうやって助けられるというのか。途方に暮れるしかなかった。


 ラウドロス国の城内は殺気だっていた。

 左をみれば甲冑姿の騎士達、右をみれば目が血走った文官が居並んでいた。

 皆痩せていて血色が悪かった。

 

 わたしの一挙手一投足が注目の的だった。



 わたしはこの国の王、ライモンド陛下の玉座の前に座り拝礼する。

 

「わたくし、元筆頭聖女のシェリルと申します。まず最初に⋯⋯言っておかなければならない事があります⋯⋯」


 聖女の力をあてにしていたライモンド陛下に聖女の力が使えないと告白するのは勇気のいるものだった。


 飢えを救うどころか食客が増えるなど、この国では穀潰しでしかない。


「心配するな。我々もお前には何も期待していない」


 そうか、期待されていないのか。

 わたしは心臓を抉られるような痛みが走った。

 ここにもわたしの居場所はないのだと宣言されたのだ。

 期待されていないのであれば、逆に気が楽だ。


「わたしは今機嫌が悪い。正直に話せば懺悔くらいは聞いてやる」


 怒りの籠もった声にわたしは身体を震わせた。

 死を覚悟したのだ。


「わたしは数カ月前から聖女の力が使えません。土地の恵みを与えられるような力は今のわたしにはないのです」


 過労で倒れ、それをきっかけに前世の記憶が蘇った。それ以降わたしは聖女の力を使えなくなった。


 ライモンド陛下は玉座から歩み寄りわたしの前に立った。

 その瞬間、一閃の光と鋭い風が来たと思ったら、ライモンド陛下の剣の刃がわたしの首に当たっていた。


「それだけか?」


 凍てつくような漆黒の瞳は怒気をはらんでいた。

 わたしはただ役に立てない不甲斐なさを恥じた。


「はい。申し訳ありません」


 項垂れるしかなかった。

 何もできないのだから、仕方がない。

 困窮した国の一助の光になれたらよかったのだが、今のわたしにそれは不可能だ。


「そうか⋯⋯」


 ライモンド陛下は剣を納め、玉座に座り直し足を組む。すると不意に笑い出した。

 周りの臣下達も安堵の表情をした。


「いや。すまない。まさかあの、公国が筆頭聖女を差し出すなどないと思っていたのでな。何か良からぬ企てがあるのやもと警戒していたのだ」


「蛮族、蛮族と下にみる国から来られたので、罪人が聖女の代わりにと仕立てられたのかと」

 この国の宰相フォレオ様が優しく声をかける。


「その、なんだ。非礼を詫びよう。遠路はるばる来てくれたのだ。大したもてなしはできないが食事にしよう」


「あっありがとうございます」

 いつまでも座りこむわたしにライモンド陛下は訝しんだ。


「どうした?案内しよう」

「それが⋯⋯」


「立てるか?」

 どうやらわたしの異変に気づいたようだ。


「すみません。立てません⋯⋯」


 わたしが腰を抜かして動けないと分かると、気づけば笑いの渦の中心にいた。

 ライモンド陛下が脅すからだと野次られたのは言うまでもなかった。


***


 晩餐に出されたのはふかし芋だった。

 添えられたのはバターと豚肉のソテー。


「美味しそうですね」


「気を遣ってくれなくていい。ここで収穫できるものといえば君達の国でいう家畜の餌ばかりだ」


 家畜の餌と差し出されたものは手のひらサイズのじゃがいもだった。

 

 家畜の餌?

 むしろ立派なじゃがいもに惚れ惚れする位だ。

 ジョゼフ王子が家畜の餌としか言わなかったので、てっきり牧草をイメージしていた。

 でもそれがじゃがいものことだったとは!!


「こちらはふかし芋にする以外、普段どうやって召し上がっているんですか?」


「調理方法は知らんが、大体焼くか蒸すかくらいだな。みな中毒を恐れてよほど食べる物がない限り食べない代物だ。すまない、冬が明けてすぐなものでな。客人にもこのようなじゃがいもを出さないといけない位、困窮しているのだ」


 食事事情が大体分かった。

 うまく栽培されていないから中毒になって皆敬遠して食べられていないだけなんだと。


 確かに緑色のじゃがいもはソラニンという毒がある。

 じゃがいもが直接日に当たることで緑色になり、それが原因で食べて中毒を起こしてしまう。これは耕作する時、じゃがいもに土を被せてあげれば問題は解決する。


 この国ではじゃがいもの栽培、選別、調理方法がまだ確立されていないのね。


 じゃがいもはビタミンCと食物繊維が豊富で料理のバリエーションも煮てよし焼いてよし揚げてよし。

 老若男女問わず食べれてアレルギーもない。



「フフフッ!!」


 わたしは笑いを堪えずにはいられなかった。

 不敵に笑うわたしを怪訝そうにライモンド陛下は見ていた。


「どうした?大丈夫か?」


 前世は栄養士と調理師のダブルライセンスをもっていた。

 

 学校給食で培った栄養バランスと偏食問題にアレルギー、残飯破棄の減量を目標に考えぬいた献立、毎日千人単位で作ってきた調理スペック。

 知識はある。経験もある。炊き出し上等。

 あとはわたしのやる気次第なんだわ。

 

 わたしが、この家畜の餌だと虐げられてきたじゃがいも達のポテンシャルを底上げして昇華してみせる。


 目指せ餓死者ゼロ!!

 有事の際の備蓄食糧の確保よ!!


「ライモンド陛下、お気遣いありがとうございます」


 フフフッ⋯⋯前世の血が騒ぐ。

 心なしか楽しいという感情が芽生えてきた。

 なぜだろう。

 今までは何をしても楽しいと感じられたことはなかったのに。  

 不思議と今まで鬱屈していた感情が晴れたようだった。


「ライモンド陛下、お願いがあります」


「どうした?」


「聖女としての働きはできませんが、わたしがこれから提案する二つの政策をお任せ頂けないでしょうか?」


 聖女の力がなくても、この国の役に立ってみせる!


***


 気づけばこの国へ来て一年が経っていた。

 季節は初夏。

 今が新じゃがの美味しい時期なのだ。


「このじゃがいも、めちゃくちゃ美味い!!」

「味は塩にバター、青のりなんかも美味しいからかけてみて」


 わたしは収穫祭と称してじゃがいもを使った炊き出しを行なっていた。

 じゃがいもが如何に美味しく栄養があるかを知って貰うにはまず食べて貰わないと始まらない。


「芋を油で揚げるなんて、斬新だな」

 ライモンド陛下はモリモリと口に頬ばっていた。


「あっ陛下!このお皿の山盛りポテト、全部食べちゃったんですか!?」


「美味いからな」


 ポテトサラダにビシソワーズ、ポテトグラタン、おやつにポテトチップスを作っていた。

 貴族や乳幼児、高齢の方にはピューレやスープとして提供する。

 前世の世界では前菜にも主菜にも主食にもなり、おやつとしても親しまれている。


「この量だけで一食分食べたことになるんですからね!?せっかくコロッケを試食してもらおうと思ったのに。仕方ない。フォレオ宰相閣下にお譲りしますね」


「それはダメだ。わたしが政策を受理したのだ。全責任はわたしにある。全て実食する義務がある!!」



「だからって食べ過ぎは困ります。成人男性の一日の摂取カロリーを軽くオーバーしてたら病気になりますよ。陛下には毒味して頂いた後の物を用意してあるので、まずそちらから」


「シェリルが作るものなら毒でも食べてみせる」

 

「やめて下さい」


「大体、毒味した後なんて冷めて衣がしんなりしている。食事は味、食感、温度までも楽しんでこそ。つまり、揚げたてサクサクを楽しむためには出来立てをすぐに食べるものと相場は決まっている!!」


 揚げたての美味しさに魅了される人はどこの世界でも同じよね。

 わたしはくすりと笑う。


「陛下、盛況ですな。シェリル様もお疲れ様です」


 モルトロス騎士団長が炊き出し場所に顔を出した。


「モルトロス騎士団長様、お疲れ様です。畑の守衛業務をお任せしてすみません。良かったら差し入れ、食べていって下さい!こちら揚げたてコロッケです。騎士様は身体が資本なんで、たくさん作っていますので。もちろん、おかわりもあるんで」


 山盛りコロッケの大皿を騎士団長にお渡しする。他の騎士の皆さんも興味津々だ。


「お気遣い痛み入ります」

「シェリル様!!何てお優しい!!ありがとうございます!!」

「騎士団の女神です!!」


「おい、お前たちの女神ではない!!わたしの⋯⋯いや、この国の女神だ!!」


 ライモンド陛下はむきになって騎士達に反論する。


「飢えた生活が当たり前だったのに、この政策は革命です!!うちの子達なんかお腹いっぱい食べれるなんて幸せだねって、シェリル様のおかげだねって」


 モルトロス騎士団長は涙ぐむ。


「お役に立てて良かった」


「国民一同、シェリル様には感謝しかありません」

「シェリル様を害する者は駆除しますんで、いつでも言って下さい!!」


 駆除って⋯⋯。


 時々、物騒なワードが出てくるのよねこの騎士団。

 だからジョゼフ王子に蛮族とか言われるのだろうけど。


「あ〜、気持ちだけ⋯⋯。駆除は害虫だけでいいです」


「分かりました!」


「シェリル、ちゃんと食べているか?華奢なんだからもっとちゃんと食べるんだぞ。立ち仕事も疲れただろう。手伝うか?」


 ライモンド陛下は優しい。

 誰からも労って貰えなかった頃を思えば、涙が出るくらいここは居心地が良かった。


「大丈夫ですよ。祖国にいた頃を思えば、随分元気になりましたし、肌艶もよくなりました。ちゃんと味見しながら頂いています」


 どうしてだろう。胸が急に温かくなった。


「そっちのポテトチップスはわたしのか?」


「違います。孤児院のおやつです。大体陛下は食べすぎです。健康の基本は腹八分目。そういえばもう一つの政策の進捗状況はいかがですか?」


 食事を終えたライモンド陛下はご満悦だった。


「君の奇策はなかなか順調だ。この作戦、失敗するやもと心配していたが杞憂だった」


 同時並行で行なった政策はじゃがいもの大量生産だ。

 名付けて『ヴェルサイユ作戦』。

 かのマリー・アントワネットの夫、フランスルイ十六世の政策を参考にしたのだ。


 当時のフランスと同様、この国でも中毒を引き起こすじゃがいもの栽培は敬遠されていた。

 

 それを食糧不足の対策にじゃがいも栽培を提案しても、民衆はじゃがいもに興味はなかった。

 ならばと奇策でもって普及活動を行なったのだ。


 王家直轄の畑にじゃがいもを植え、「国家機密の超貴重な作物を聖女秘伝の手法で栽培している」と触れ込み昼間は守衛に畑で警護させ、夜は見張りをつけなかった。


 すると何が起こるか。


 国家機密レベルの作物を売れば大儲け間違いなし!

 王宮のトレンド野菜ならば身体にいいはず!

 噂の元聖女が作る作物なら何らかのご利益が!?

 王族達が独り占めしたくて、騎士団を守衛につかせる位だから相当いいものに違いない!!



 流行に敏感な貴族、困窮にあえぐ国民からしたら生活がかかっているのだ。

 情報はまたたく間に広がった。


 中には興味だけでなく野望を抱く人間が出てくる。


 そんな人間が次にでる行動、それは⋯⋯。

 その作物、是が非でも欲しい!!である。


 貴族はご寄附でじゃがいもを買い取り、領地で育て増やす。


 平民でじゃがいもを手に入れられない人達はどうするか。


 国の運営は市民の税金で賄っている。

 強いては国家のものは市民のもの。

 市民のものはみんなのもの。

 守衛のいない夜なら盗んでもいいだろう、なんて考える人が出てくる。


 盗ませて普及させるのが目的なので盗まれても処罰はしない。


 なんなら守衛には盗んでいても見て見ぬふりをするよう伝えてあった。


 たまに子どもが盗んでいるのを見て、守衛の騎士が一緒に掘り起こして手渡していたくらいだ。


 うん、作戦だから問題ない。

 人の好奇心を逆手にとった普及活動と量産作戦は大いに成功した。  


 炊き出しに提供しているじゃがいもも王家直轄の畑から賄っている。


「まさか二耕作で作るとは、考えたな」


「はい!おかげで収穫は倍量です。それにじゃがいものポテンシャルはすごいんですよ!じゃがいもを二つに割って植えたら苗が二つ出来るし、痩せた土地でも水が少なくても放ったらかしで育つ上、保存もできるまさに優れものなんですよ」


 収穫量を上げることを優先したら、畑はフル稼働となり、収穫も倍量になった。


「礼をしてもしたりない。何か欲しいものはないか?」


「あります!揚げ油!もう少なくて」


「揚げ油は炊き出しで使うからだろう?他には?例えば、領地とか」


「陛下はわたしに居場所を作って下さいました。わたしはそれで十分です」


「⋯⋯。最近、いきいきしているな」


「はい、やり甲斐があって楽しいので」


「この地に来てすぐ会った時は死んだ人間の目をしていたのに。よほどこの地に来るのが嫌だったのかと」


「あの頃は性も根もつきていましたので。でもわたしにも出来ることがあると、居場所を作って下さった陛下に感謝致します」


 ここへ来る前は働いても働いても、まだ足りないまだ不足だと言われ続けた。  

 祈りを捧げ土地を豊かに、川に潤いをもたらせ、作物の成長を促進させた。

 飽食とまで言われる位、他国からみたら食の宝庫となっていたというのに。


「なぁ、シェリルさえよければだが」


「はい?」


「その⋯⋯」


「陛下!!大変にございます!至急謁見の取次と現筆頭聖女が倒れたのでシェリル様には帰って来て欲しいと書状が届きました。しかもロストロイ公国王太子直々に参上されています」


「なんだと!?」


***


「まずは突然の訪問の非礼を詫びる。だが、こちらも国家存亡の危機なのだ」


「ほう⋯⋯今のわたしは相当機嫌が悪いぞ」


 ライモンド陛下は玉座に座りあからさまに怒りの表情を見せていた。

 蛮族の王と軽んじられるけどさすが王族、美形血統のロイヤルフェイス。

 怒ったらいつになく風格というか迫力があった。


「いい雰囲気だった所をぶち壊しおって」

 ライモンド陛下の横に立っていたわたしにも聞こえるかどうかという小声でボソリと呟いた。


「しかし、驚いた!シェリルは聖女の力が戻ったんだな!困窮するこんな野蛮な国が餓死者ゼロで越冬できるとは!さすが当代一の聖女。皆、お前の帰還を待ち望んでいるのだ。このような蛮族共に一年間尽くして大変だっただろう?さぁ、我々の元に帰って来い!」



「悪いがシェリルに聖女の力は戻っていないぞ」


「隠し立てしても無駄だ。シェリルがこの国へ来てから食糧が充実するようになった事は知っているんだぞ」


「これは不躾な。彼女は聖女の力も戻らず、力になれないと心を痛めていたんだ。我々と政策を打ち出し、荒れた土地を一緒に耕し、毒持ちと敬遠された作物の育て方や選別のポイントを周知させ、民に調理の工夫を広め試食と称して料理を振る舞って率先して炊き出しをしていた成果がこれだ!」


「そうなのか?」

「ジョゼフ王子⋯⋯わたしは」


「シェリル⋯⋯、わたしはこの場での発言を許可していない。わたしが良いというまでこんなクズと話すな。調子に乗らせるだけだ」


「⋯⋯⋯はい」

 わたしは会釈する。

 ライモンド陛下の目は優しく、ジョゼフ王子から守ってくれているのだとわかった。


「シェリル、おれが悪かった。君が去ってから、この国は凶作の連続だ。川は枯れ、山は茶色く変色し畑は雑草が生えれば御の字だ。現筆頭聖女ミティアスはミイラのような骨と皮になり生きていることすら奇跡だ。他の聖女に祈らせたら一ヶ月ももたずに倒れていった。今や土を食べる程に食糧危機に瀕している。貴族だけじゃない。民衆からもクーデターが起こり、全責任はシェリルを追放したおれにあるとまで糾弾されたんだ!シェリルを連れ帰らずに帰ったら、殺される。革命も起こりかねん!!じゃがいもを家畜の餌などと言ってすまなかった。心から詫びる。このままでは国が滅ぶ。だからどうか食糧を分けてくれ。そして戻って来てくれ!!元婚約者だろ!いや、今からでもまたおれの婚約者に!!」


 恵みの恩恵をもたらそうと思えば、必然的に聖女の力と生命力がもっていかれる。

 

 ミティアス様はお可哀想に。わたしと同じ効力を要求されたのね。

 真面目で向上心も高く、筆頭聖女として婚約者として実績を残したかったはず。

 でも、あの国で作物を作り出すのは本当に過酷なのよ。

 当代一と評されたわたしですら心身共に疲れきってしまう位に。

 

「シェリルの元婚約者など反吐がでる。非礼も非礼だ。調子がよすぎる。そもそも、我々と似たような土地であるにもかかわらず、どうして公国だけが豊かな生産資源があるのかと疑問に思わなかったんだ?」


 ライモンド陛下はあからさまにゴミでも見るかのような目で見る。


「それは⋯⋯」


「聖女の力の無駄遣いも甚だしい。国の統治者なら察してあまりある。せっかくだがシェリルは渡せん」


「このままではおれの命が!国が!!危ないんだ!!助けてくれ!!なぁ、シェリル。困窮している我々を見捨てたりしないよな?優しいシェリルは放っておけないよな?」


 甘く猫なで声で話しかけられ、わたしは思わず身震いした。


「控えろ!!シェリルはわたしの婚約者だ。わたしが否と言えば否だ」


 束の間の静寂があった。


 わたしも何を言われているのかわからず、ゆっくり何度も言葉の意味を反芻してようやく理解した。


 気づけばこの場にいた全員がライモンド陛下に視線を集めていた。

 当の本人は何か特別なことを言ったか?と言わんばかりの堂々っぷりである。


 婚約?してない、してない!!


 ボランティアの炊き出し要員ですよね!?


 どうしよう!!

 全力で「ちょっと待った」って叫びたい!!


 でも発言は許可されていない。

 

 誰かわたしのかわりにツッコんで!!


 当惑と混乱、隠しきれない動揺とどよめきが会場に広がった。


 現状を把握するため側近中の側近、フォレオ宰相閣下の反応に注目が集まる。

 この場にいる常識人にして頭のキレる御仁。


「バカも休み休み言え。シェリルは平民だぞ!?ありえん」


 ジョゼフ王子はハハッとから笑いする。


 婚約を申込んでおいて、結局わたしに対しても身分で見下しているじゃない。

 ジョゼフ王子との婚約なんて絶対ないわ。


 そう思えば、ライモンド陛下は頼りになるし労わってくれる。

 好きという感情は確かにある。

 でもライモンド陛下に恋心を抱くのは身分上、分不相応でしょう。

 わたしは聖女でもなんでもない、ただの平民シェリルなのだから。


 わたしはまばたきして、フォレオ宰相閣下に合図を送る。

 フォレオ宰相閣下とは一年と短い間だったが、苦楽を共にし議論を重ね、時にはお叱りもうけながらも親身になってわたしを支えてくれた理解者だ。


 このわたしの心の声を理解し代弁してくれるのは彼しかいない!!



「元婚約者殿はシェリルの魅力がわからないと見える。身分など些末な要素。わたしの一存で公表を控えていたのだ。なぁ、フォレオ宰相」


 わたしは口をパクパクさせる。

 届け、この想い!!

 

「はい。シェリル様とのご婚約は既に正式に決まっております」


 至極冷静!!しかも誤情報!!

 ちょっと待って。

 とんだ伏兵がここにいましたよ!?

 敵は身内にありですか!?


 こうなればモルトロス騎士団長!!

 ライモンド陛下とフォレオ宰相閣下に物申せるのは騎士団長だけ!!

 モルトロス騎士団長はわたしの味方よね?

 汗と土と泥にまみれ、時には鍛錬と称して開墾し、またある時はじゃがいもを盗む子達を一緒に見届けて笑った日々。

 同じ釜の飯を食べた仲ですもんね!?

 わたしの心中をお察し下さ⋯⋯。


「我々騎士団、全員周知しておる事実。動揺というより、ようやく表立って公表されたのかと安堵の声をあげたまで」


 モルトロス騎士団長に目配せするが、わたしから目を反らした。


 まずい。

 この場にわたし達の婚約に異を唱えてくれる人がいない。


 わたしの味方はいないの?

 確信犯なの?

 なんなら外堀埋められてます?


 わたしが否と言っても「何を照れているんだ」で終わらせようとしているこの雰囲気。


 フォレオ宰相閣下は更に続けた。


「陛下は食糧危機、飢饉の備えがちゃんとできるまで結婚はしないと仰せでした。シェリル様はこの国に居場所を求めておられ、骨を埋める覚悟で政策にあたってこられました。それが今回の件でお二人とも意気投合され、この食糧問題を解決するまでは公表を差し控えていただけでございます。お聞きになった通りトップシークレットの内容でしたので、我が国でも初耳の者は存在致します。いや良い伴侶をお迎えできることになり我が国も安泰。それもこれもロストロイ公国のご英断。ひいては先見の明をもったジョゼフ王子の功績でございます」


 そうね、冷静になろう。

 婚約のことは嘘だけど、ジョゼフ王子を讃えつつ、やんわり、穏便にわたしの身柄引き渡しを断ってくれているのよ。 

 


「そっそうか⋯⋯」

 ジョゼフ王子も讃えられて、まんざらではない様子だ。

 

「そういうわけだ。さすがに夫婦の仲を引き裂くほど、野暮ではないだろう?」


「だが!!我が国はどうなる」


「お前とて、再三の救援要請を断っていたではないか。もはやシェリルはうちの財産。婚約者を他国へ送りだすことはできん。生憎、食糧の支援もお前の言う家畜の餌しか我が国にはない。力になれず申し訳ない。お引き取りを」


「それとこれとは」


「お引き取りを」

 ライモンド陛下の言葉に呼応し、参列していた数人の騎士が剣を床にガンッと一斉に打ち付ける音が鳴り響く。


「駆除!」

 騎士達の中から物騒な声がこだました。


「おれは!?我が国はどうなる!!」

 ジョゼフ王子は一歩もひかない。


「お引き取りを」

 威圧をこめてライモンド陛下は言葉を重ねる。


 文官は足をダンッと音を鳴らせ、騎士達は全員が剣を床に突き立てる音が鳴り響いた。


「駆除!!」

 今度は騎士団と文官から声があがった。


「まだ話は⋯⋯」


「お引き取りを。あまりくどいと挑発行為とみなし宣戦布告と判断し捕らえますぞ」

 フォレオ宰相閣下も諭しつつ、でも明らかに脅迫めいている。


「駆除!駆除!!駆除!!!!」


 謁見の間にいた臣下がダンッダンッと音を出し、一触即発である。


「それほどシェリルを望むのなら、力づくで奪ってみろ!!」


「「「オ――ッ!!」」」


 

 ライモンド陛下の迎合に呼応して、騎士団は戦闘態勢になってしまった。

 この一言で今にも開戦する勢いだ。


 怖い!怖すぎる。

 大陸最強の騎士団相手に、ジョゼフ王子なんかかなうわけないじゃない!

 味方勢のわたしですら怖いと感じるのだ。

 ジョゼフ王子は恐怖しかないだろう。


「⋯⋯クソッ⋯⋯⋯⋯これだから粗野で野蛮な蛮族は!!」


「おや、こんな所に害虫が湧き出てしまったようだ――」


 ライモンド陛下は手のひらを上げ床に振り下ろそうとした時だ。

 わたしもジョゼフ王子とその護衛も身震いした。


「失礼します」


 使者の一人が頭を下げた。

 ジョゼフ王子は一緒に来ていた使者に両腕を掴まれ抱えられるようにして早々に城を去っていった。

 

 姿が見えなくなるのを見届け、城内は歓喜に沸いた。

 わたしが心からは笑えなかったことを除いて。


***


 事後処理をした頃には夜になっていた。


「浮かない顔をしているな」


 夕涼みに庭園を散歩していると、ライモンド陛下と鉢合わせした。


「陛下、先程ははったりをかまして下さったおかげでこの国にいられます。ありがとうございます。ただ⋯⋯」


「帰りたいのか?」


 帰りたいとは思わない。でも⋯⋯。


「祖国の国民のみなさんの食糧事情が心配で」


「この国は元々聖女がいなかったから、聖女がいなくなってもやっていけるだろう」


「そうですね⋯⋯」

 またズキリと胸がいたんだ。

 

「ただ⋯⋯。シェリルがいなくなったら、この国もわたしも生きていけない」


 はっと見上げる。


「じゃがいもレシピは無料配布したので、食べたかったらいつでも料理長に頼んだらいいんですよ」


 ライモンド陛下はガクリと盛大にずっこけた。

 先程の恐怖の大王から一転して青年の顔をしてはにかむ。


「確かに。確かにな!胃袋はガッチリ掴まれた。だがそうじゃない!そうじゃないんだ!!!!」

 ライモンド陛下は顔を真っ赤にしている。


「わたしはシェリルにずっと傍にいて貰いたい。どこにも行かないでほしいんだ」


「ここがわたしの居場所で生き甲斐です」


「シェリル、わたしとの婚約を受けてくれるか?」


「臣下の前で盛大に宣言して、今言います?」


「だめか?」


「いえ、婚約破棄なんて経験は人生一回で十分です」

 お互いの手を握る。

 わたしの乾燥した手を撫でるように見つめる。


「手のあかぎれがひどいな。すまないな。手をこんなになるまで酷使してくれて」


「それがですね」


 右手に左手をかざすと淡い光が手を覆い、右手のあかぎれはすっかりキレイになった。

 左右でビフォーアフターの施術結果を見ているようだった。


「最近、聖女の力が微弱ですが戻ってきていて。この程度治すのに次、力を使えるのは一週間後なんですけど。多分働きすぎて枯渇した力がゆっくり戻ってきたのではないかと。でも祖国には秘密で」


 アハハッとライモンド陛下は笑う。


「もちろんだ。我が国の最重要国家機密だ。じゃがいもと違い情報を持ち出した人間は極刑だが」


「これはわたし達二人だけの秘密にして下さいね」


「二人だけのか⋯⋯。これは優越感だな。分かった。今のわたしは機嫌がいい。シェリルを帰せないかわりに難民受け入れを提案しよう」


「ありがとうございます」


「我が国はこれから忙しくなる。手伝ってくれるだろう?」


「喜んで」


〜完〜

スーパーで買った新じゃがが美味しくて勢いで書き上げました。

今がじゃがいも買い時です!

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減量中にポテチ食べたくなる飯テロ。
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