ザマァをご所望でしたので
書かれてない部分は想像(妄想)で補って下さい!
そしてやっぱりゆるふわ世界観。
「という訳で、殿下。完璧な『ザマァ』をする為、私と婚約して下さい!!」
「あー……何が『という訳』なのか分からないので、どのようにその結論に至ったのか説明して貰えるか?一切省略抜きで」
「はい!」
事の始まりは、婚約者の浮気だった。
伯爵令嬢のレミーラには婿入り予定の婚約者がいる。同じ伯爵家の次男、ジョセフ・マクライヤ。優しく穏和な性格だが少し抜けた感じの青年で、足りない面もあるが婿になる分には問題無いだろうと、学園を卒業する二年後には式を挙げる予定でいた。しかし。
「……すまない、レミーラ。婚約を解消して欲しい。僕は真に愛する人に出逢ってしまったんだ」
突然の呼び出しと、婚約解消の申し出。
カフェでする話だろうかと思いつつ、レミーラは茶を一口飲んで心を落ち着かせる。ああ、美味しい。こんな場面でなければケーキも一緒に楽しめただろうに残念だ。
「……ジョセフ様のお気持ちは分かりました。諸々の手続きに関しては両親に任せますので。それでは短い期間でしたが今まで有難う御座いました」
そう言って立ち上がって軽く会釈し、去ろうとするレミーラをジョセフは慌てて引き止める。
「いやっ、ちょっと待ってレミーラ!それだけかい?僕に対して言いたい事とか、怒るとか泣くとか…」
「うーん、正直、婚約解消ではなく、ジョセフ様の浮気による有責ですので破棄となりますが、そこは言葉の問題ですし、慰謝料諸々を払って頂ければ私個人としては問題ありません。あとはまぁ、貴族の婚約ですし家と家との問題ですから、当主間で話し合えば良いかと。良かった事は、お互いに愛情が無かった事ですね。どちらかが相手を愛していれば辛い結果になったでしょうから」
ジョセフの言葉に、指を顎に当てて考える様な仕草をするレミーラ。小首を傾げて可愛らしい表情であるが、その発言は辛辣だった。
「き、君は僕の事が好きじゃ無かったのか…?」
「ええ、全く」
至って平然とレミーラは答えた。
質問したジョセフの方がたじろぐ。
「そんな…だって、いつもニコニコ笑ってくれて、刺繍入りのハンカチも……」
「笑顔も刺繍も、婚約者を尊重してのものです。恋愛的な意味での好意はありませんよ?あ!もしかして心配なさっているのですか?私がお相手に何かしないかと?ですが、ジョセフ様のお相手はパッティ侯爵家のフォニア様ですよね?伯爵家の私がどうこう出来る方ではありませんよ」
家同士の都合で決められた婚約。
お互いに気持などなかったし、交流を深めようともしなかった。ただ、最低限のマナーとして刺繍入のハンカチをプレゼントはしたが、それに対してのお返しも無ければ手紙すら無い。それが婚約者への慣習とはいえ、どうしたものかと逡巡しているうちに、ジョセフが侯爵令嬢と良い仲になっているという噂が届くようになった。そろそろ動き出すだろうと予測していたので、驚きもない。既に父には連絡済みである。
「…っ、強がったって騙されないぞ!どうせ僕らに『ザマァ』しようと企んでいるのだろう?!そんな真似はさせない、大切なフォニアを傷付けたりさせない!!」
「ざまぁ?」
「そうだ。僕らが幸せになるのを妬んだ君は、高位貴族の息子を誑し、僕の実家に圧をかけ、フォニアが君から僕を寝取ったのだと彼女の悪評を広め、侯爵家から追放されるよう仕向けるんだ。居場所を無くした僕らは二人手を取り合って市井の中で生きていくが、慣れない生活に身体を壊したフォニアは僕に肌身離さずもっていたペンダントを託して言うんだ。『これを、本当の持ち主に…』と。それには王家の紋章と、中に王弟殿下の御姿が…」
「えっ?!王弟殿下の!!?」
「いやこれは例え話で……」
妄想癖かよ。
あまりにスラスラ喋るのでレミーラは真実かと焦った。
現在王弟は三十六歳独身の男盛り。年齢的に全く有り得ない話ではなく、まさかとは思いつつ少しドキドキしたレミーラであった。
それにしてもジョセフは一体何を言いたいのか。
まだ話し続けている彼をぼーっと眺めながら考える。
まるでレミーラに婚約破棄を拒否して欲しいような、何か問題を起こして欲しそうな言いっぷりだ。残念ながらレミーラに愛は無いので、泣いて縋る事も憤慨してお茶を頭からかける事も無い。求められても困る。だが、彼の言いたい事は何となく分かった。
「あー!私、ジョセフ様の言いたい事が分かりました」
「!本当か!!」
「はい!恋のスパイスが欲しいんですよね?」
「は?スパイス?」
「上手く出来るか分かりませんが、婚約破棄の迷惑料も頂く事ですし、最後のプレゼントとしてお務めさせていただきますね!では!!」
レミーラはそう告げると、ジョセフの返事も聞かず早速実家に今後の予定を送りつけた。善は急げ早い者勝ち。
ジョセフにとって不運だったのは、レミーラに意外な行動力があった事と、彼女の思考回路が一般人とはやや異なる面がある、という事だった。まぁ、婚約者がいながら浮気をしていた男の思考も大概なのでお互い様であるが。
「―――それで、〝ざまぁ〟をする為には相手より身分が上の……王子である私を新たな婚約者にしよう、と?」
「はい!という訳なのです!」
「なるほど……」
エヴァン・ラル・ワーグナー第二王子は頭を抱えた。
確かに伯爵令嬢が侯爵令嬢に『断罪』するにはそれ以上の身分が必要だ。しかしだからといって、恋のスパイスの為に王族と結婚しようなど、発想が斜め上すぎる。………いや、政略的に有りというのがまた憎らしいというか何というか。考え無しのようで深く考察した結果なのかと疑ってしまうが、目の前の一つ年下の少女は断られるはずが無い、とばかりの笑顔を向けてくる。可愛らしい、と、絆されそうになって、エヴァンは慌てて頭を振った。
「いや、成る程じゃない。何故私なんだ?他にも対象者はいるだろう?」
チラリ、と横に座る男を見る。
エヴァンの側近であり、父が宰相を務めるギラン公爵家の次男、エリックは表情を変えずにコホン、と一つ咳払いをした。
「殿下、ギラン様は無理です。私、親友の恋人に手を出す様な倫理観は持ち合わせていません」
「ちょっと、人の恋人勝手におすすめしないでくれます?」
ねー?とレミーラに同意を求めるのは、マウリ・ケンデリック公爵令嬢。爵位の差をものともせず、レミーラを大親友と呼んで憚らない、貴族女性にしては豪気な性格の彼女はエリック・ギランの恋人であり婚約者だ。
今日の席が設けられたのも、この関係があってこそ。単なる伯爵令嬢のレミーラが王族と同席するなど普通に有り得ない。マウリに今回の件を報告すると、彼女は直ぐにエリックにエヴァンを誘い出すよう依頼したのだ。
「独身でお相手もいらっしゃらないのは殿下だけでしたので」
「……相手がいないのは私のせいじゃない。隣国の王女のせいだ」
まるで不人気であるかの様な言い様に、エヴァンは少し苛立った口調でそう言った。
事実、十七にもなって王族に婚約者がいないのは、隣国の王女がこちらに嫁ぐ嫁がない等、政治的な問題もあって二転三転しているせいだ。あまり長くなると、この国で釣り合う相手がいなくなってしまうので早く決着をつけてほしいのが本音である。
「それに、独身で地位が高くて自由恋愛なら、アルヴァン様もいらっしゃる」
「あ、王弟殿下はダメです。隣国の王女がかつて愛した方の生まれ変わりだそうで、王女が嫁ぐそうです」
「はあああぁぁ?!なんだそれ初耳だぞ!!!」
王弟殿下の悲恋は有名で、かつて彼の魔法の師であった女性が幼い彼を庇って命を落とし、彼女を愛していた彼はそれから誰も愛す事が出来ず、ずっと独身で通していた。のに。
「私、王女と文通友達なんですよ。彼女、生前は伯母と仲が良かったもので。王女は……王弟殿下の状況に心を痛めておりまして…ですが、殿下との婚約話も持ち上がり、大変悩んでおられました。エヴァン様をお待たせしているし、申し訳ない、と。ですので、私が殿下を幸せにするので、心配しなくて大丈夫だとアドバイスしました!」
手紙を受け取った翌日には王に黙って出国し、押し掛け女房の如く、アルヴァンの元に住み着いたそうだ。
「聞いてないぞあのクソ女…っ!」
「殿下、本音が漏れてます」
エヴァンにしてみれば、あやふやな態度で散々気を持たせ待たされた挙げ句、他の男の元に嫁ぐのだから悪態も吐きたくなる。一瞬、王子である事を忘れてしまったが、レミーラのツッコミで慌てて気を落ち着かせた。
「お気持ちは分かります、私も似たようなものですから」
互いに相手を愛していた訳では無いが、大切にしようと尊重していた。そこに愛は無かったが。
「レミーラ嬢……」
淋しげに微笑む様子だけ見れば、レミーラは鈴蘭の花のように可憐に見える。だが、彼女はしっかり逞しく生きる雑草のようで、鈴蘭は鈴蘭でも、毒を持つ根っ子の部分に近かった。
「さ、殿下!手始めに、我々を侮辱した彼等にお仕置きをしましょう!恋のスパイスです!」
「いきなり前向き過ぎる。何だスパイスって。それに、元婚約者はともかく王女は君の友人なのだろう?」
「友人だからこそです。彼女がはっきりしないから王弟殿下は無駄に長く苦しんだし、殿下はしなくてもいい苦労をしたでしょう?」
困惑するエヴァンを余所に、エリックもマウリも乗り気だ。楽しげに悪巧みするレミーラを見ていると、エヴァンも何だかどうでも良くなってきた。
そう、王子然としている彼もまだ十七歳。王族の義務を忘れた訳ではないが、多少の意趣返しも止むを得ない、と、エヴァンは適当な理由を付けて考える事を放棄した。
余談ではあるが、レミーラの元婚約者ジョセフとそのお相手のフォニアは本人達の希望通り(?)、学園祭のパーティーでレミーラとエヴァンにけちょんけちょんにザマァされた。しかしレミーラ達が式の余興だったと種明かしした為、二人は社交界からは遠ざかったものの、除籍される事も王都から追放される事もなく、仲睦まじく慎ましく暮らしたそうだ。
そして、隣国の王女と王弟アルヴァンだが、やっと想いを交わせていちゃいちゃラブラブが始まる予定だった所に、これでもかというほど、遠征だったり偵察だったり長期に渡って家を空ける仕事を入れられ、遠距離恋愛を送らざるをえなくなった。己がやらかした手前強く出られない二人は辛抱強く耐えたが、一年を過ぎる頃、全面降伏し、非公式の場ではあったがエヴァンに謝罪した。土下座で。共にその様子を見ていたレミーラは満足気に微笑むと、
「〝恋は盲目〟と言いますが、他人様に迷惑をかけたり、傷付けても仕方ない、という免罪符にはなりません。まぁ、お二人共、充分反省したようですので、寛大なエヴァン様はお許し下さいますわ」
と、国一番の権力者かシスターか分からない発言で締めくくった。王妃が力強く頷いており、それを見た国王は沈黙する事で肯定とした。権力者も私生活では奥さんに弱いのだ。
「君の交友関係は一体どうなっているんだろうね…」
この時レミーラとエヴァンはまだ結婚に至っていなかったが、この人はなるべくして王子妃になるのだろうな、と神の采配を感じたエヴァンである。
婚約・婚姻関係は家ではなく個人に対し、誠実に行う事。無知は免罪符に非ず。
―――後に、この国のノブレス・オブリージュに追加されたその言葉が、庶民の間で『色恋沙汰には誠意を持て。反すれば女神が制裁を加える』と、男女関係の不誠実さへの戒めとして広がるだなんて、今のレミーラには知る由もなかった。
エヴァンは兄が即位してその子供達がある程度育ったら、レミーラのお家に入る予定です。その時、おうちは侯爵位に上がります。