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正道を征く  作者: 冬威
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第六話 人道 壱


「つまんない」



 千歳(ちとせ)は心底退屈そうにそう言った。口唇を尖らせて不貞腐れた様子は年相応、いや、少々子供っぽくて、刃物片手に笑顔で殺しにかかる女には到底見えない。



「もうちょっとさ、ビビったり躊躇ったりなんかないわけ?道徳の授業受けたことある?相手罪人といえど人殺しだよ?(あおい)君普通に殺るじゃん、もう!考えてた慰めの言葉全部パーだよ」


「いつまで文句垂れてんだ」



 帰りの車内、散々言われた文句にもう飽き飽きだ。外観のボロい本部の前に車がついても千歳は言う。ビルに入ってエレベーターに乗り込むと、蒼は呆れた顔をして溜息を吐いた。



「俺の元々の仕事なんだと思ってんだ」


「殺し屋」


「だからだよ」



 でーもー、と千歳はブーブー文句をたれる。


 つい先ほど、「殺してみようか」なんて「コンビニ買い出し行こっか」くらいの軽さで千歳に言われたものだから流石に一瞬戸惑った。けれど一応、不本意ではあるが組織に属することになったので先輩に言われた通りにした。


 なるべく周囲を汚さないように、とのことだったので悩んだが道具もないし手っ取り早く絞殺を選んだ。泉水が体を押さえていてくれたので術を使うまでもなかった。



「はーつまんない、蒼君ってつまんない。若葉(わかば)ちゃんなんてしばらく自分の部屋から出てこなかったよ?」


「若葉ちゃんが誰か知らねえけど同情する」


「あとで紹介する。あーもー可愛くなーい」



 二人と共にいる事務員は「千歳さんが新入りの時も同じだったような」と思ったが何も言わずに運転手に徹した。戦闘員の感覚は一般の人のそれとは違うのだ、下手に関わるなというのが事務員の標語である。


 エレベーターが上がって、エントランスへ続く廊下に出る。千歳は一番にエレベーターを降りると、腕を上げて頭の後ろで組んだ。



「だってさ、殺し屋って言っても蒼君キャリアあっさいじゃん」



 千歳はつまらなそうにそう言うと、サクサク蒼と事務員の前を行く。蒼は「は?」と慌てて千歳の後を追いかける。

 


「高校生の時はアルバイトと術を使った万引き程度。高校中退後に殺しの仕事をスタート、けどそれも数えるほど。コネがないから良い仕事は回ってこない、相場より安い金額しかもらえないことも多い。結局チンケな窃盗メイン、派手に盗む勇気もないからコンビニバイトとのダブルワーク」



 つらつら並べられる心当たりしかない経歴に蒼の顔が青くなる。千歳はそんな蒼の顔も見ずに言葉を続ける。



「しかもお金はほとんどお母さんの治療費に注ぎ込んでたんだって?」


「っ!何で知って!」


「言ったでしょ、調査は済んでる」



 ばっさり言い切った千歳は、蒼の方を振り返りもしない。蒼は困惑しつつも、落ち着こうと深く息を吐いて、千歳に尋ねた。



「……お前ら、俺についてどこまで調べた」


「経歴はだいたい、君みたいな()()()()()の外道院を組織に入れるのは色々危険だからね。くわーしく調べるの」



 罪人上がり、蒼はその言葉に眉を顰める。千歳は組織に属する外道院半分は罪人上がりで、もう半分は二世組だと言った。つまりこんな仕事を、外道院の術士を殺す仕事を親子代々継いでいるというわけだ。


 千歳は正道狩りを忌み嫌っているようだが、組織だって外道院を狩っている。


(外道院狩りの外道院……代々正道の犬やってるとか頭おかしいだろ)


 蒼は慣れない首輪を引っ掻いて溜息を吐いた。そのうち慣れると千歳は言ったが、こんなものき慣れてたまるかと蒼は思う。千歳は「あ、忘れてた」と不意に思い出したように言った。



「なるべく早めに泉水(いずみ)君から首輪貰おうね。それ、仮のやつだから威力強すぎてちょっとの刺激で吹っ飛んで危ないんだ」



 バッと蒼はすぐさま首輪から手を離した。



「そういうことは先に言え!!」



 爆散する首を想像して、蒼の心臓が今まで聞いたことのないくらいにばっくんばっくん強く跳ねる。けれども千歳は知らんぷりだ。蒼はなるべく首輪に触れぬよう慎重に歩いた。



「つかなんで俺が泉水から首輪なんて……」


「そりゃ泉水君が君のペアになるからだよ」



 千歳は「言ってなかったっけ」と話を続けた。



「組織では原則正道と外道院でペアを組んで仕事にあたるの」



 千歳のペアは木槿(むくげ)だ。泉水はちょうどいい外道院が組織に居らず、組織に属してからずっとペアがいなかった。



「歳が同じで男同士、蒼君は泉水君のペアとしてちょうどいいんだよ。だから金剛(こんごう)さんも君が組織に入ることをあっさりOKだしたんだろうね」



 はあ、と蒼は生返事を返す。正直言って気乗りしない。


 ペアとは言うが、首輪の存在からしてもその関係は対等ではなく、上下関係が見える。その蒼の嫌そうな顔を見て、千歳は付け加えた。



「ペアっていうのは命を預ける大切な存在だよ、親友、家族、恋人、そんなものよりずっと強い信頼を———」



 自動ドアが開く。外観からは想像できない綺麗なエントランスが見えた。



「もうお前とはやってられない!!いい加減にしろ————天土(あまど)!」


「ごめんなさいくるみ!悪いところは言ってくれたら治すから!」



 くるんと巻いたツインテールを揺らして激昂する術士、くるみと、それに謝る優しそうな雰囲気の女性、天土。何故か、ツインテールの方の小脇に抱えられているのはうんざりした顔の泉水である。巻き込まれたのだろう、蒼と千歳に気づくと「助けてくれ」と目で訴えてきた。



「もうペア解消だ!!僕は泉水と組む!!」


「そんなこと言わないで!」



 くるみは泉水を掴んで離さない。対して天土はなんとかくるみを説得しようとしている。蒼はその様子を半目で眺めながら言った。



「……信頼が、なんだって?」


「……まあ、例外もある」






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