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正道を征く  作者: 冬威
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第五話 荒道


 千歳(ちとせ)(あおい)が共有スペースとなっているロビーに着くと、多くの人が集まっていた。組織の人間なのだろう、戦闘員は他にもいると千歳は言ったが、スーツを着た普通の会社員のような人がほとんどだ。



「千歳さん!」



 千歳にスーツの男が駆け寄って来た。メガネをかけたどこにでもいそうなサラリーマン風の男は、焦った様子で言う。



泉水(いずみ)君と木槿(むくげ)君には連絡して迎えが行きました。他二組がもう向かったので、千歳さんもすぐに向かってください!」


「分かりました」


「下に車を回してあります、早く!」



 千歳は急かされて外へと向かう。随分と慌ただしいな、と唯一呑気な蒼だったが千歳にがっしり腕を掴まれてその考えは消える。



「蒼君も来て!」



 蒼はあれよあれよと引っ張られて、またエレベーターに乗り、降りてすぐ車に乗せられた。運転席にはまた別のスーツの男が座っており、蒼と千歳が乗るやいなやアクセルを踏んだ。



「保護対象は何人ですか?あと先に向かった二組って誰ですか?」


「それはー……」



 千歳は前の運転手と話しを始めるが、蒼にはさっぱりだ。ただ”正道狩り”が起きたこと、今から向かうところに組織の戦闘員が他にも数名向かっていること、それだけ分かった。



「……蒼君」


「えっ?」



 ぼんやり窓の外を見ていた蒼は、不意に声をかけられてびくりと肩を揺らした。千歳と運転手の話は終わったらしく、千歳は眉を寄せて険しい表情をしていた。



「正道狩りは知ってるよね?」


「え?あぁ、なんとなく聞いたことはあるけど……」



 正道の人間だけを狙った殺し———いわゆる”正道(せいどう)()り”。


 蒼が聞いた話では、ある日外道院(げどういん)の術士のもとへ、突然どこからか依頼がくるのだとか。報酬は相場の数十倍という目が眩むような大金。だが目的も依頼者も不明で、いくら金払いが良かろうと不気味であやしい話だ。



「つっても、実際泉水が襲われるところに出くわすまで都市伝説だと思ってたわ。実際に正道狩りやったってやつ聞いたことなかったし……」


「都市伝説なんかじゃないよ。史実として文献に残ってる」


「史実?」


「大昔の、正道院と外道院が分けられたばかりの頃に、外道院からヘイト集めまくった正道院が皆殺しにされたのがスタート……それを数十年前から復活させて盛り上げてるクソ野郎がいる」



 始まりは江戸時代初期。


 正道院が国から認められた術士一族となった際、当然反発した外道院らが正道院を皆殺しにしたらことが正道狩りの起源だ。だから今残っている正道と呼ばれる術士らは分家や正道院の下につくことを選んだ家系の子孫である。正道院姓は潰え、今は存在しない。


 にしても千歳は随分と厳しい言い方をする、と蒼は思った。千歳は外道院なのだから、別に脅威を感じる必要もないだろうに。まあ対正道狩りの組織の一員として働いているのなら、憎くもなるのかと勝手に納得した。



「組織ではね、正道狩りにあった際に被害者が救援要請を出せるシステムがあるの。それがさっきのアラート」



 赤いサイレンとけたたましい音、それと組織の職員の鬼気迫った表情。火事でもあったのかと蒼が勘違いするほどの緊迫感だった。あれは被害者のSOSを告げる知らせだったのだ。



「正道狩りはたいてい本命1人と、その身内が狙われる。私たちの仕事は被害者の保護、及び実行者の捕縛、場合によってはその場で処刑。着いたら忙しいよ。取り敢えず私に着いて来て——……」



 そう言いかけたときだ。千歳のスマホが音を鳴らした。千歳は顔を顰めて、電話をとる。



「……はい、分かりました」



 1分と経たずに、話は終わり、千歳はスマホをしまった。深く長いため息を吐いて、背中を背もたれに預ける。運転手が気まずそうにバックミラー越しに千歳を見やった。



「……千歳さん」


「ダメでした。実行者がまだ逃げているそうです、急いで向かってください」



 はい、と返事して運転手は変わらずそのまま車を進める。千歳は天を仰いだ姿勢で、両手で顔を覆った。また深く溜息を吐くと、不思議そうな顔をする蒼に説明する。



「アラートが鳴って、私たちが向かうまでに大体殺されちゃうの。着いた頃には手遅れパターンがほとんど……今回もダメだった」



 今の電話は、先についた組織の人間からの電話だった。


 本命と思われる1人と、その家族。全員の遺体を発見したということだった。警察だって110番に通報してから到着するまで時間がかかる。工夫を凝らしてもこればっかりはどうしようもない。



「泉水君のときもね、アラートが鳴ってすぐに動ける戦闘員数名が向かったんだ……もちろん、私と木槿も」



 アラートを鳴らしたのは、きっと泉水の兄だろうと蒼は推測する。泉水は明らかに何も知らない様子だったし、あの泉水の結界からしても、兄の方は知識のある術士なのだろう。



「私と木槿は高校生のときから組織に所属して、何回も正道狩りのアラートを聞いた。……保護できたのは、泉水君だけ」



 千歳がぐっと伸びをすると手が車の天井にぶつかった。ゴツンと音がして、力が抜けたように千歳の腕はシートに落ちる。



「その唯一の生存者も組織に入れて戦闘員にしちゃうんだから、保護できたって言っていいのかわかんないけどね」



 遠い目をした姿が妙に印象的だった。車内は無言のまま、車は目的地に着いた。


 着いたのは畑や山の見える郊外だった。途中見た案内板からして埼玉県らしい。


 車が停まったのはある一軒の家の前だった。畑の隣で、何の変哲もないよくある家。車を降りた千歳について、家の裏に回ると見知った顔がいた。



「泉水君」


「千歳!……あ、外道院も一緒か」


「オマケみたいに言うな」 



 学校で会ったくらいの軽さで泉水はそう言ったが、その手の下には暴れる男がいた。後ろ手に回されて、泉水に無理やり抑え込まれている。ジタバタ暴れている男はずっと罵詈雑言を泉水に浴びせている。



「あれ、1人だけ?木槿は?他の人たちも」


「木槿は共犯探しに辺りを飛んでる。他の皆も、生存者探しに行った」


「そっか」



 生存者、その言葉に千歳は眉を寄せる。蒼らは家の裏に回る途中で見てしまった。血痕と、激しく争った痕跡。そして裏庭に通じる部屋には、組織の職員らによって並べられた三つの遺体袋があった。


 千歳はいまだに足掻いている男を、汚物を見るような目で見下ろした。男はその目に怯んだように口を閉じた。



「それで?コレはどうするの」


「もう1人、本命の方は捕らえたから、もういいって。こっちは身内狙いの下っ端らしい」


「っ誰が下っ端だ!」



 男がそう叫んだ。こんな状況でも一丁前にプライドだけはあるらしい。



「本命より楽な()()()()()()()()狙った方がコスパ良いだろ!!そっちの方が楽だし確実で——……」



 強い足音が、庭中に響いた。



 周りで作業をしていた組織の職員らも驚いて千歳らの方を見やる。それは千歳が男の頭を踏みつけた音だった。土に顔をめり込ませた男は何も言えず、苦しそうにもがくが千歳は足を退ける気はないらしい。



「千歳、もういい」


「よくない、私がムカつく」



 泉水の言葉を千歳はぴしゃりと一蹴する。蒼はふと思い出した。確か2年前、泉水を襲った奴らもボーナスポイントと言っていた。泉水も、本命ではなくボーナスポイントだったのだ。蒼の視線に気づいてか、泉水は気まずそうな顔をして言った。



「知ってると思うけど、正道狩りでは本命一人と、本命を殺した上で身内も殺せばボーナスポイントとして報酬が上乗せされるんだって。……俺もボーナスポイントだったってわけ」


「でも泉水君は無事生き延びた。それに泉水君襲った奴らはとっくに処刑済み、報酬なんて手に入れてない」



 千歳は泉水の言葉に被せるようにして言った。踏みつける足の力は増すが、反対に男は息ができないのかだんだん暴れる力が弱くなる。



「蒼君、覚えておいて。正道狩りに加担した外道院はどれだけ有用な術が使えようと、どれだけ優秀な術士だろうと、絶対必ず確実に———処刑。例外はない」



 ぐったりと力をなくしたように男の手が落ちる。死んではないだろう。おそらく窒息して意識を失っただけだ。

 


「じゃあ蒼君、早速だけど」



 先ほどまでの威圧感のある様から打って変わって、千歳は振り返ると、蒼にとびっきりの笑顔を見せた。



「罪人の処刑は()()()()()()()()だから、研修ってことで、———コイツ殺してみようか」





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