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正道を征く  作者: 冬威
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第三話 説道



———特殊な術を操る人間は古くからいた。



 巫女や陰陽師、呪術師、占い師、霊媒師、色んな名前があれどどれも使う力の源は同じだ。その多くは一族で術を受け継ぎ、家単位で術士として活動していた。


 武将や貴族に仕えていた術士の家がいくつもあったが、江戸幕府は他の大名やら何やらが術士を囲っているのを危険視した。天下統一を果たし、平和な世を作ろうというときに、各家が所有する術士の存在は邪魔だったのだ。



「そ、れ、で、幕府は日本中の術士を集めたバトルロワイヤルを開いた」



 勝った家を公的に幕府公認の術士一族とする、その後の術士人生のかかった大イベントだ。



「その結果、勝った家が”正道院(せいどういん)”、負けた家は全部まとめて”外道院(げどういん)”になった」



 千歳(ちとせ)は「乱暴だよねえ」と呟いて車のドアに肘を置いて頬杖をつく。随分と乱暴な話、けれども当時の大名たちも戦に負けた奴らは外様として遠ざけられたのだ。それと同じようなもの。



木槿(むくげ)泉水(いずみ)君は正道院の血を引く家系、だから術士であることが公的に認められている。でも私や君は外道院、つまり原則、術士として生きることは許されない」



 (あおい)はばつが悪そうな顔をした。その話は当然知っている。本来その時点で、術など捨てて農家にでも転身すれば良かったのだ。けれどほとんどの家が諦め悪く、術士であることにしがみついた。


 蒼と千歳はどちらも外道院姓である。けれど親戚でもなんでもない、ただ大昔に先祖が戦いに負け、正道になれなかったというのが同じなだけ。



「君はその禁を破ったわけ。外道院なのに、術士として金をもらって人を殺す仕事についた……うちの組織は正道を守る、かつ秩序を守る役割もある。だから君を殺さなきゃいけない」



 縛られて身動きの取れない蒼は黙って千歳の話を聞く。正道と外道院の成り立ちは蒼も知っている。だが泉水たちの属する組織なんてものの存在は今日初めて知った。



「生き延びたいなら金剛(こんごう)さんに死ぬ気で媚びて、組織の犬になるんだよ———外道院 蒼君」



 にこにこの笑顔と裏腹に、千歳の目は冷たかった。もはや逃げることは不可能だと悟った蒼は、ごくりと唾を飲み込んだ。




♦︎




 蒼が下された場所は、都内の寂れたシャッター街の一角、三階建てのビルの前だった。その建物は、窓は曇りすぎていて何も見えないし、コンクリートの壁には亀裂がある。廃ビルなのか、今も使っているのか微妙なくらいにボロいビルだ。


 三人に促されて蒼はビルに入る。多少入り口付近の砂は掃いてあったが、お世辞にも綺麗とは言い難い。そしてボロいエレベーターに乗り込んだ。四人でちょうど満杯、肩がぶつからない程度の余裕はあるという広さだ。


 エレベーターに乗ると、上に行くのかと思いきや千歳は扉を閉め、その後非常用ボタンを押した。通信の繋がった音がすると、千歳はボタンを押しながら機械に向かって言った。



「千歳です、外道院 蒼を連れてきましたー」


『はい、木槿くんと泉水くんも一緒ですね。今開けます』



 するとスピーカーから声が返ってきた。男性の声だった。すると階のボタンは押していないはずなのに、エレベーターは上昇する。



「は……?」



 外から見たとき建物は3階だった。屋上があったか、なかったか暗くてよく分からない。けれど明らかにもう10階以上は上っている。どんなに上ってもエレベーターは上昇を止めない。驚いた顔をする蒼に、「最初はびっくりするよなー」なんて泉水はヘラヘラ笑う。


 ぐんぐん上るエレベーターに蒼は恐怖すら感じた。震える手がバレぬよう、グッと拳を握りしめる。すると、やっとエレベーターはチンっと軽快な音がして止まった。



 扉が開いて、蒼は大きく目を見開いた。



 入り口や外観のあのボロさはどこへやら、最近建て直したのかというような綺麗な部屋がそこにはあった。エレベーターを降りるとまっすぐにもう一つの木目調の扉がある。壁には絵画がかけられて、よく分からないオブジェと花も飾ってあった。まるでホテルのエントランスだ。



「外観ボロいからびっくりするよなー。外も建て直せばいいのに」


「金がない」


「術士なんて言ったら昔は高級取りだったってのに、今はこんな貧乏組織、悲しいよねえ」



 泉水のボヤキを一蹴したのは木槿で、それに千歳が続く。金がないと言うけれど、この内装を見るにそう逼迫しているようにも蒼は思えなかった。


(金がないって……じゃあこの空間は、”()()()()()()?)


 蒼はあたりを観察しながらついて行く。三人は呑気に夕飯は何にするかと喋っていた。木目調の洒落た扉は自動ドアで、前に立つと扉が開いた。


 扉が開くとそこには、熊がいた。



「遅かったな、ちびっこども」



 熊が喋った。


 否、正確に言えば熊ではない。熊のような大男だ。


 スキンヘッドに吊り上がった眉、ギラリと獲物を狙うような切れ長の目。熊がいた。髭は生えていないし毛むくじゃらではないが確かに熊だった。木槿も長身ではあるがそれよりも高く、肩幅なんて千歳の倍はある。そして、何よりその威圧感。こちらが捕食される側であるというような圧だ。



「や、やだなぁー金剛さん、こんなところで待ち構えてるなんて思いませんでしたよ!千歳、びっくりー」



 金剛、先ほど電話越しでほとんど脅しのようなことを蒼に言った謎の男だ。泉水たちの口ぶりからしておそらくこの組織で上の立場にいる存在。



「あぁ、泉水がスカウトしたってのが気になってなあ……お前が蒼か」



 ぐわっと目の前に出てきた分厚くて大きい手が、蒼の頭を掴んだ。雑に前髪が避けられて、顔を上げさせられたせいで見上げた蒼の視界いっぱいに金剛が写る。



「術は幻術の類だったか……」



 金剛は蒼を見て悩むように顎に手を当てた。居心地の悪い視線に、蒼は気まずそうな顔をする。



「お前、死ぬのはごめんだって言ってたよな」



 電話越しの会話のことだ。ここで死ぬか、飼われるかを選べと男は問うた。金剛の威圧に押されて、蒼は目を見開いたまま固まる。そんな蒼に、金剛は続けた。



「死にたくねえか、生きたいか、蒼」



 蒼はそこで自分の口が開いたままなことに気づいた。乾いた口を閉じて、蒼は熊をまっすぐ見据えた。


 そして、黙って強く頷く。死ぬのはごめんだ、大昔の先祖が負けたというだけで、術士として認められないから死ぬなんて馬鹿らしい。金剛はその蒼の顔を見ると、手を離して言った。



「泉水、お前が面倒見てやれ」


「っ!はい!」



 金剛は背を向けて去っていく。背中も加工してるかのように大きい。ようやく熊が自分から離れていって、安心したように蒼は身体の力が抜けた。



「じゃ、泉水君、それ調査室に連れて行ってねー」



 千歳はそう言うと泉水に紐をパスして、「お腹空いたー」とさっさと行ってしまう。木槿も無言で千歳について行った。泉水はそんな二人に呆れた顔をしつつも、蒼の方を向いて言う。



「じゃ、調査が終わり次第、仕事とか色々案内するから取り敢えず行こっか」


「調査って?」



 蒼がそう問えば、泉水は一瞬眉を寄せて微妙な顔をした。泉水は「軽い経歴調査だよ」と濁して、部屋へと連れて行った。案内された部屋は椅子が二つあるだけで、何とも殺風景な部屋だった。



「今紐解くから、そこ座って」



 泉水にそう言われて、椅子に座ると蒼は急な睡魔に襲われた。泉水の「いいよ、寝てて」という声だけ聞いて、蒼は寝てしまった。



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