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正道を征く  作者: 冬威
3/7

第二話 誘導



「どーしろって言うんだよ!!」



 一人置いていかれた泉水(いずみ) (れん)(財布ナシ、携帯ナシ)は途方に暮れていた。



 まず帰る手段がない。ここから家までは数十キロある。金がないので電車には乗れないし、タクシーを呼ぼうにも携帯がない。そもそもこのまま呑気に家に帰っていいのかもわからない。交番に駆け込むことも考えたがどう説明したら良いかがわからない。


(不審者に襲われたって言うか?いや、来斗駅まで走って逃げたことにするのは無理がある……)


 泉水は頭を抱えてうなだれる。学校の最寄り駅からここまで二駅、走って来れる距離じゃない。電車に乗って逃げた、なんて嘘はちょっと調べたらすぐバレる。


 どうする、どうすればいい。これでもこの辺りで一番の進学校の生徒。必死に頭をめぐらせる。そこでふと、先ほどの会話を思い出した。



———『もう死んでるか、』



 泉水は今にも泣きそうな様子で眉を下げた。あの言葉が嫌なのに何度も頭に響く。じゃあ兄はどうなったのだ、そう叫ぶ泉水に(あおい)はなんてことない風に言ったのだ。



「……兄ちゃん」



 そう呟くと、泉水は口を引き結んで顔を上げた。悩んでいる場合じゃない。兄もあの危険な人間に襲われている可能性があるのだ。言い訳なんて後で考えればいい、今は誰かに助けを求めねばならない。


 そう考えて、泉水は交番を目指して走り出した。確か駅前にあったはず、とにかくテキトーな理由をつけて警察と共に家に向かう、そして兄を探す。それが最善の行動だ。泉水はそう信じて走った。



 そんな泉水の、真上に影がかかる。



「え……」



 泉水は不意に暗くなった視界に驚いて、顔を上に向けた。


 影は、二つ。人間の影だった。


 それに気づいた瞬間、身体中の血の気が失せた。追いつかれた、殺される、そう絶望した泉水と反対に、若い女の明るい声が響いた。



「いたーー!!」



 足を止めた泉水の前に、空から人が降りてきた。泉水は大きく目を見開く。


(さっきの、奴らじゃ、ない……?)


 風を纏って着地したその二人は、先ほどの男たちじゃなかった。声を上げた女と長身の男の二人組みだ。二人は学生服を着ており、泉水の知らない校章がついたブレザーを着ていた。どちらも泉水と歳は近そうだ、高校生だろう。


 困惑する泉水に、女は駆け寄った。セミロングの髪を揺らして、満面の笑みを浮かべた女は固まる泉水の手をとった。キラキラ輝かせた瞳が、妙に印象的だった。



「泉水、蓮くんですよね!?」



 あまりにも嬉しそうなその表情に、泉水は目を丸くする。すると長身の男が泉水の様子を見て言った。



千歳(ちとせ)、困ってる」


「え、あぁ、だよね!ごめんなさい!私、いや私たち怪しい者じゃなくって———あなたを保護しにきたんです!」


「は……?」



 女の手を振り解いて、泉水は大きく後ろに下がる。二人は空から降ってきた、先ほどの男たちと同じだ。怪しい者じゃないと名乗る奴ほど怪しく見える。疑いの目を向ける泉水に、女は焦ったようにブレザーのポケットから学生証を取り出した。



「いや本当に!あなたと同じ高校生!同い年!本当に怪しくないから!」



 女が学生証を見せると、男の方も倣って学生証を取り出した。高校三年生、どちらも泉水と同い年。二人とも同じ制服だから想像はついたが、やはり同じ高校のようだ。だが泉水が初めて聞く私立高校の名前を示されたとて、怪しくない証拠になり得ない。学校の住所は東京だ、泉水が知らなくて当然だった。


 決して近くはない都会の高校生がなぜ自分の目の前にいるのか、泉水は余計混乱する。



「私たちは泉水君の保護のために遣わされたの、あ、私は千歳です、でこっちが」


木槿(むくげ)



 男は端的にそう言った。千歳はコロコロ表情を変えるが、木槿は無表情だ。二人の名は確かに学生証にある名前と同じ、『外道院 千歳』と『木槿 聡太』とある。いずれも珍しい姓だが、気になるのは千歳の方。



外道院(げどういん)……?」


「はい、あ、泉水君を襲った外道院とはまっったく関係のない外道院だから!」


「俺を襲った外道院??」



 泉水は訳が分からず疑問符を浮かべる。先ほどまで一緒だった蒼と同じ姓だから気になっただけだ、襲った方の奴らの姓なんて知らない。泉水の何にも分かっていなさそうな顔に二人も気づいて、二人も不思議そうな顔をする。


 互いに首を傾げるという不思議な時間が発生した。すると、ニコニコ笑顔のまま固まった千歳が困った様子でこう尋ねた。



「ええっと———泉水君、正道とか外道院に関して知ってる?」


「いや、全く」


「そのパターンか〜〜……」



 千歳は「面倒くせー」と呟きながら、頭を抱えてしゃがみ込む。泉水はだんだん腹が立ってきた。蒼といいこいつらといい、どいつもこいつも説明不足だ。何も分からぬまま、危険な目にあって面倒くさいと言われて、腹が立つのも当然だ。



「さっき……俺を襲った奴らも正道がどうのって言ってた。俺を保護しにきたとか言うけど、まず説明しろ、知らない奴にホイホイ着いていくほど馬鹿じゃない」



 泉水はまた一歩下がる。木槿も千歳も同い年だろうとこの状況では怪しく見える。



「———なんなんだよ、正道って!それに兄ちゃんは、兄ちゃんはどうなったんだ!」



 泉水の顔が不安に染まる。蒼の言葉が何度も頭を流れる。ぐっと拳を握りしめた泉水に、千歳は立ち上がると言った。



「落ち着いて、一旦どこかに座って話しをしよう。今日泉水君にあったことと、泉水君の、家について私たちのできる限り説明する。それとお兄さんは……」



 千歳はちらりと後ろの木槿を見た。木槿は黙って首を横に振る。千歳は泉水の方に顔を戻すと、話を続けた。



「お兄さんは、…うちの組織の別の人が保護してます。私と木槿よりキャリアのある優秀なペアだから、大丈夫、安心して。とりあえず今は犯人捕まってないから、安全が確認でき次第泉水君の家に向かう、それまでは泉水君は私たちと一緒にいる、それで良い?」



 千歳のにこやかな笑顔も、優しい声も、今の泉水にはなんの慰めにもならなかった。手にじわりと滲む汗、ばくばく嫌な音を立てる心臓、生ぬるい風が不愉快で、泉水は眉を寄せた。




♦︎




「そんなこんなで木槿と千歳に保護されて、俺は組織に入ったってわけ」



 泉水はヘラヘラ笑いながらそう言った。蒼の前にあぐらを描いて座り、明るい笑顔で言う様は、まるで『昨日バイト寝坊してさー』なんて軽い調子で、見知らぬ人間に襲われた時の話をしているようには全く見えない。まああれからもう2年だ、泉水の中でうまく消化したということなのだろう。



「あっそ……で、俺はいつまでこうやって縛られてるわけ?」



 簀巻きにされた外道院(げどういん) (あおい)はひくひくと引き攣る顔を無理やり笑顔にしてそう言った。


 縄。縄でぐるぐる巻き。ホームセンターで売ってるような硬い縄でキツく縛られたものだから体は痛くて仕方ない。縄検定なるものがあればコイツらはきっと初級も受からないだろうというくらいに雑で汚い縛り方で縛られた。縄の端はピックを懐に忍ばせた物騒な女、千歳が持っている。


 電話越しのほとんど脅しのような問いに、取り敢えず死ぬのはごめんだと答えたらコレだ。自分は一体どこで選択を間違えたのだと蒼は考える。


 受けた依頼がまずかったのか、いや、依頼そのものは単純なものだった。


 蒼が今晩行おうとした依頼———それは、『恨みを持つ男をどうしても殺して欲しい』という依頼だ。


 依頼人は一般人、そうとう恨みが強かったのか、裏サイトを探し回って蒼に依頼を出してきた。金払いはよく、標的も一般人、楽な仕事だ。


(ちょ〜楽な仕事だったのに……)


 自殺に見せかけて殺すのが一番手っ取り早かった。背後から殴って気絶させ、靴を脱がせてビルから突き落とす。それだけ、その予定が———狂ったのは、この三人のせい。


 標的を気絶させたところまでは良かった。あとは突き落とすぞというときに、不自然な風が蒼を襲った。標的は風に攫われて蒼の手から離れ、蒼は剣を振り回す男に追っかけ回され、捕まって今。


 まさかこの令和の世で日本刀を振り回す狂った男が高校時代の同級生だとは思わなんだ。



「今日乗ってきた車が4乗でさ、俺らと運転手でちょうどなんだよ。今5乗の車呼んでるから」



 蒼が乗ったら一人オーバー。泉水が背中に背負ってる刀と千歳の持つ刃物の方が法的にアウトだろうに、変なことを気にするものだ。まあトランクに積み込まれるなんて雑な扱いもゴメンなので蒼ははあ、と返すしかない。



「お前ら軽自動車で人殺しに来てんのナメすぎだろ」


「そういう君はチャリでしょ、近くのコンビニに停めてある」



 そう言い返す千歳に、蒼はギクリと肩を強張らせる。ヘラヘラ笑う千歳は退屈そうにあおいのひもを弄ぶだけ、「なんで知ってんだ」と蒼は顔を歪めるが千歳は答える気なんてカケラもない。



「てかそういやなんで軽なんだろうな。他の車全部5乗なのに」



 泉水が不思議そうにそう言った。それにこたえをしってるらしい千歳が呆れた顔をして言う。



朝火(あさひ)さんが前に一台廃車にしたんだよ。で、経理が安いから軽でもいいだろって」


「あ〜……まあ基本ペアで任務だから良いのか」


「そうそう」



 泉水と千歳は呑気に蒼のわからない雑談を始めて、木槿は壁にもたれて半分寝ている。蒼は慎重にあたりを見回して考えた。


 武器を持つ泉水と千歳は今自分から意識が離れている。千歳は厄介だが、泉水の方は蒼を殺すことを止めたのだから本気で殺しには来ない、はず。


 厄介なのは木槿だ。


 木槿が起こすあの風、あの不可思議な風が標的を攫い、蒼を転ばせた。そのせいで蒼は足を捻って逃げ遅れたのだ。


 まず三人の視界を蒼の幻術で奪う。そして紐をどうにかして、逃げる。木槿も半分寝ているのならそのまま夢の中にでも落としてやればいい。蒼はそう決め、深く息を吐いた。目を閉じて、集中して術を練り上げ————。



「んがっ」



 蒼の瞼に指をが押し当てられ、目を開かされた。かっぴらいた視界いっぱいに千歳が写る。



「君さあ、術使うとき、目閉じるよね」



 千歳の大きく開かれた目が、蒼を見ていた。不思議な目だった。吸い込まれそうな千歳の目、その瞳孔の周りにはぐるりと同心円が三重浮かび上がっている。



「集中するためのルーティーン?分かるよ〜私もあるもん。人によっては印組んだり技名叫んだりするよね」



 千歳はどこから出したのか、ガムテープを取り出すと蒼の瞼に貼り付けた。目を開くように貼られたせいで、蒼の目から生理的な涙が出てくる。



「悪いけど、私の目の前で術を使うのなら、バレずには無理」



 にっこり微笑んだ千歳は、つい十数分前に刃物片手に蒼を殺そうとしていた姿と重なる。蒼は背筋がゾッとするのを感じた。目はカピカピに乾くのに、蒼の体は汗でびしょびしょだ。



「あ、車来た」



 泉水が近づいてくる車を見てそう呟いた。ほら起きろ、と木槿を小突いて起こさせると、蒼の背中を支えて立たせた。



「さあ行くぞ、これからお前の命がかかった面接だ。俺もできる限りサポートするけど、頑張れよ」



 泉水はどうにも他人事だ。命がかかっている蒼からしたら腹が立つなんてものじゃない。



「行くって、どこに」



 蒼はガムテープで目を開かされたまま、全身全霊で泉水を睨んだ。眉毛が吊り上がっているのみで、見開かれた涙目ではなんの迫力もないため泉水は苦笑いする。



「対正道狩りのための組織、()()()()()()()の術士集団」



 そう答えたのは木槿だ。淡々とした説明は、蒼の見知らぬ組織の話。


 

「正式な術士集団はこの世に一つだけ、だから私たちに———名前はない」



 他に似たものがない、唯一無二の組織であるから、区別する必要がないと名すら持たない組織。


 ずっとヘラヘラしていた千歳は、表情の抜けた顔で、そう言った。






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