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第24話 隠せていない、その名前

 おかしい。私はまだ何も返事をしていないはず。

 なのにどうして、ヨメだの妻だの連呼されなくちゃならないんだろう。


 辺境伯領から王都に向かう前にもレシェートはそんなようなことを言っていた。

 だけど私はそこでも明確な返事をしなかった。


 なのにあの時よりも格段に周囲に人がいるこの状況で、またそれを叫んでいる。

 えっと……それって決定事項なんでしょうか。


 どうやら呆然としているうちに、口から出ていたらしい。


「いやいや、今、そこじゃないから」


 ヴロス隊長の冷静すぎるツッコミに、私はハッと我に返った。

 多分、この部屋にいる多くの人が同じだったように思う。


「何が『我が愛しき妻』だ、この阿呆! そんなことは本人と教会の許可を貰ってから言え! というか、その話は後だ!」


 そして、息をひとつ吸ってから響き渡るヴロス隊長の大喝に、いよいよこの場の全員が今の状況を思い出した。


「後⁉ 大事な話だ!」


 真顔で叫ぶレシェートに皆が引いているけれど、さすがヴロス隊長。間髪入れずに叫び返していた。


妖鳥(シムルグ)より大事な話があるか! 俺に『どこぞの子息より阿呆になったのか』と言わせるつもりか⁉」


(……もう言ってますけど)


 そう思ったのは私だけなのだろうか。

 いや、魔法省長官の表情(かお)が思い切り痙攣(ひきつ)っているのだから、少なくとも長官はそう思ったに違いない。


 これは、反応する方が多分不敬だ。

 たとえどこぞの子息=王弟殿下の子息。阿呆呼ばわりか……と思っても、だ。

 名指しをしていないだけに、声を上げると自分もそこに巻き込まれる。


「…………それは不本意だ」


 まるで大型犬が耳と尻尾を垂れさせたように勢いを無くしたレシェートも、きっと「どこぞの子息」が誰のことなのかを一発で理解した。

 比較されたくない者と比較されそうになっては、さすがに勢いも削がれる。経験則に伴うヴロス隊長の手腕の賜物だろう。


 これ以上ない場の収め方と言えど、それでいいのかとの思いもせめぎ合うけれど。


(…………うん。ここは深く追求しないことにしよう)


 妖鳥(シムルグ)より大事な話はない。

 それでいいじゃないか。

 ツマもヨメも、後でいい。うん、それでいい。


 ちょっと達観した表情になってしまった私を、何とも言えない表情で見やる魔法省長官のことも、見ないフリだ。

 ここはヴロス隊長に丸投げ……んんっ、お任せしておくのが最適解だ。


「なら先に、表の騒ぎを確かめに行け!」


 そんな部屋の中の空気を、察しているのかいないのか。

 ヴロス隊長はレシェートにビシリと指示を出していた。


「どうせそのためにここに来たんだろうが!」


 発言内容はともかく、そもそもこの部屋に飛び込んで来たのは(エリツィナ)に用があったからだろう――そう言ったヴロス隊長に、レシェートも本来の用件を思い出したらしかった。


「ああ、そうそう! でもまあ、確かめに行くも行かないも、アレは妖鳥(シムルグ)がちょっかいかけられてキレる寸前ってだけですけどね」

「だけ、っておまえ……」

「ただ、様子を見に行くのは賛成。場合によっては()()()()も必要だろうし」

「誰にだ?」

「――――」


 返事の代わりに、レシェートは口の端を器用に持ち上げた。

 何か言いかけたヴロス隊長を「まあまあ」と宥めている。


「俺だけが様子を見に行くよりは、彼女も一緒の方がいいって隊長も思ったんでしょう?」

「幼鳥を連れて親鳥(おや)を宥めに行くなら、令嬢の方が適任だろうと思ったことは否定しない。それに魔法学院の結界にも何か関与していると聞けば、余計にだ」


 勝手なことを、とか魔法省内にいるべきだ、とかの言葉をレシェートも隊長もキレイに無視している。

 ただ、魔法省長官がどちらを咎めることもしないので、もしかしたらこれが通常仕様なのかも知れなかった。


「あ」


 そこへ、部屋にいた誰かが不意に声をあげた。

 視線は天井を向いており、私もそれに倣って見上げてみたところ――紙の鳥が、くるくると部屋の中を飛んで回っていた。


「あれは……魔法学院からの連絡鳥だな」


 目を細めて、そう呟いたのは長官だ。


 連絡鳥は、鳥とは呼ばれているもののあくまで見た目だけ。

 生きている鳥に手紙の配達を仕込むのは、鳥の魔力や個性、寿命に大きく左右されてしまうとのことで、実際は鳥の形をした特殊な紙に魔力を通して飛ばすのだ。


 その方法は王都の魔法学院で習うと言うから、それなりに魔力も技術も必要な連絡手段だった。


 私はもちろん使い方を知らない。時折、魔法省の辺境伯領分室から辺境伯家に飛んで来ていたのを見たことがあるだけだ。

 珍しい物を見る目になった私とは違い、他は誰もその存在に驚いてはいなかった。


「学院長がここへ飛ばしたのか」


 そう言って、長官が静かに片手を上げる。

 ふわりと周囲の空気が動いたかと思うと、くるくると動いていた紙の鳥が、その場でするりと解けてただの紙になった。

 そしてすぐに、片眼鏡(モノクル)をかけた、見覚えのある男性の姿へと変貌を遂げる。


『レシェート・グルーシェン!!』

「⁉」


 先ほどのヴロス隊長以上の声が部屋に響き渡り、私どころか複数の人間が思わず耳に手をやっていた。


『いつまで学院でアレを叫ばせておくつもりだ! おまえが放置した妖鳥(シムルグ)だろう! おまえが何とかしろ!!』


 しかもそれだけ叫ぶと、見えていた学院長の姿さえも消えてしまった。


「チッ……自分だってやろうと思えば何とか出来るだろうに……」


 宙を見上げたまま、レシェートが舌打ちしている。


「たとえそうであっても、おまえが持ち込んだのなら、おまえが最後まで関わらないと。あの方が手出しをしてしまえば、管轄が王家に移る。下手をすれば令嬢ごとだ。それでいいのか?」


「!」


 レシェートが目を瞠って振り返った先には、魔法省長官の姿が。

 どうやら学院長、かなりの高位貴族――しかも管轄が王家に移ると言うからには、王位継承権もお持ちなのかも知れない。

 知らないのは、辺境伯領から出てきたばかりの私くらいかも知れないけれど、長官の発言からその程度の想像はついた。


「口は悪いが可愛い教え子のおまえを気遣っているのだということくらいは分かるだろう?」


 それまでのやりとりから、何らかの付き合いはあるのだろうと思っていたら、どうやらレシェートが学院生だった頃、教壇に立っていたのが現・学院長のようだ。


「まあ……半分は王弟殿下一家と関わるのが面倒だということもあるだろうが」


 長官、さすがにそれは……と、誰かが呟いているのが耳に届く。

 レシェートやヴロス隊長と違い、長官がそれを言ってしまえば、この部屋にいる誰も文句は言えないのかも知れない。


 どうなっているんだ、王弟殿下一家。面倒なのは息子だけじゃないのか。


「ああ、すまないな。辺境伯領にいては分からぬことも多かろうな」


 居丈高な権威主義者なのかと思えば、どうやら魔法省の長官自身はそうでもないようだ。


「ヴロス、采配はおまえに任せる。ちょっかいかけられてキレる寸前だというなら、宥めてこい。これは魔法省長官として、魔法師団先遣討伐隊への命令だ」


「は……では、少なくともレシェートとサルミン辺境伯令嬢には行ってもらうことになりますが……」


「私は『任せる』と言ったぞ、ヴロス」


 居並ぶ面々を見ながら、やや不安げに確認したヴロス隊長に、魔法省長官は再度断言した。


「その間に、陛下への謁見申請は出しておくとしよう」


 長官! と、どこからか不満げにあがった声を、視線だけで一瞥して切り捨てる。

 きっと、レシェートに悪感情を抱いている中の誰かに対してだろう。


 それ以上の声が出る前に「ああ」と、思い出したかのように言葉を続ける。


「言っておくが婚姻だの教会との中継ぎだのと、そのあたりは知らん。地位と権力で押し切るようなら『どこぞのご子息』と立ち位置は変わらんことになるだろうからな。欲しければ、まずは自分で動け。――話はそれからだ」


 一方的なレシェートの味方はしないという口調でありながらも、完全な拒絶でもない。

 きっとそれが、魔法省長官としての立ち位置で言えるギリギリなのかも知れない。


「もちろん。上から権力を振りかざされようと、負けるつもりはない。彼女の隣に立つのは俺で、俺の隣に立つのも彼女だけ――どこぞの甘ったれた子息(ガキ)に、その場所は渡しませんよ」


「⁉」


(こんな衆人環視の中で何言ってるんですか!)


 ヨメとかツマとか言われるよりも更に恥ずかしいことを、レシェートは言い切っている。


(そんな、ちょっと人より魔力量が多いくらいで……)


「さあ、行こうか! 暴れる馬鹿と鳥におしおきだ!」


 清々しい笑顔で手を差し出すレシェートに、私は呆然とそれを見返したのだった。

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