第22話 不敬の宝庫
部屋のざわつきが止まらない。
王家を無視していいのか、とか副隊長の魔力量を考えればそちらの子を生ませた方が、とか……なかなかに下世話な声も聞こえる。
「いや……あのレシェート・グルーシェンが縁談をことごとく突っぱねていたのは有名な話だが……しかし……」
この部屋で最も上席にいる男性が、眉根を寄せたままこちらを見ている。
あからさまに言わないだけで、彼もきっと同じことを思っている。そんな表情だ。
ただの辺境伯令嬢ならともかく、保有魔力の過少申告と妖鳥の違法輸入――国内外ともに処罰案件を抱えてしまった辺境伯家の令嬢だ。
相手が王家だろうとレシェートだろうと、今現在は扱いに困る家の令嬢でしかない。
政治面から言えば、王家の監督下に置く裁定こそが、反発の少ない決着の仕方だと、私でも分かる。
けれどレシェートという規格外の存在が、それを口にすることをためらわせているのだ。
「これから妖鳥の引き渡しについて隣国と話し合わねばならないところ、レシェートの機嫌を損ねるのは悪手だと思いますがね、長官」
ヴロス隊長の口調で、どうやら上席の男性は魔法省の長官らしいことが分かった。
長官自身は腕組みをして、悩む素振りを見せているが、周囲にはそうでない者もいた。
中間あたりにいる、先ほども高圧的な態度を見せていた男性だ。
「なぜ魔法省がそこまで下手に出ねばならんのだ!」
多分、もともとがレシェートにいい印象を持っていないのだろう。何人かも賛同するように頷いている。
「では彼が、捕らえた妖鳥を何の交渉もせず、独断で隣国に返してしまったらどうされます。結婚が認められないならと、辺境伯令嬢と共に亡命しない保証は?」
「ありえん!」
「ありえますよ」
叫んだ男性に対して、ヴロス隊長の返しは驚くほど早かった。
しかも長官の方が「あぁ……」と呟きながら天井を仰いだのだから、意見がどちらよりなのかは火を見るより明らかだった。
斜め上の方向に、変な信頼があるのだろう。きっと。
「それで妖鳥は今、どこだったか?」
こめかみを揉み解しながらの長官の問いかけに、隊長が淡々と「学園です」と答えている。
反発していた男性は、勢いを削がれたように口を閉ざしていた。
「学園長から連絡が届いていないな」
「事後承諾で庭だかどこだかに放り込んだようですから、そろそろ届くんじゃないでしょうか。もっとも、あの図体です。目撃者も多数でしょう。今頃王宮の大勢の者たちの口の端にのぼっていそうですがね」
「…………学園の結界で留め置けるものなのか?」
庭? とか、放り込む? とか、長官以外からも「何を言っているのか」という声が聞こえる。
とは言え、アレは他に言いようがので、私もダンマリだ。
「まぁ、そこはレシェートですから、自分の結界を被せたんじゃないでしょうか? あるいは……」
そう言った隊長の目が、不意にこちらを向く。
これは説明を求められている。そう解釈した私は、居心地の悪い空気を何とかしようと、居並ぶ面々をぐるりと見回した。
「えっと……その……レシェート様に頼まれて、妖鳥の周りに結界を張りました」
「……っ」
そして複数の人間が、その瞬間息を呑んだ。
「あー……サルミン辺境伯令嬢?」
動揺から立ち直ったのは、魔法省の長官がもっとも早かった。
「学園自体、結界で覆われていたかと思うのだが……」
どうやらそれは、ここでは常識のことらしく、長官以外の何人もが頷いている。
私は口元に手をやりながら、レシェートが学園で言っていたことを思い出した。
「壊さなければ、結界を張った方に影響はないとのことだったので……通り抜けさせてもらって、中で妖鳥を囲う結界を張りました。誰かがちょっかいをかけたりしないように、と」
「通り抜け……学園の結界を?」
「私の魔力量なら出来ると、レシェート様が仰いましたので……」
話の途中から、どうやらそれが非常識の部類に入る出来事らしいことが分かる。
「しかも結界の中で更に結界を……?」
「それも、レシェート様が……」
長官や周囲の人たちの表情の変化を見ながら、猛スピードで空中を移動した勢いに呑まれて、深く考えずに言われた通り魔法を展開させてしまったことを激しく後悔するも、今更だ。
「長官」
固まってしまった空気を解すように、ヴロス隊長がそこで咳払いを入れた。
「陛下案件でしょう、どう考えても」
「ううむ……やはり王弟殿下とそのご子息では荷が重いのか……?」
長官! と、声が上がっているのは、王族相手の不敬を心配しているのか、レシェートに事態を委ねるのは嫌なのか。あるいは、その両方か。
片手を上げて声を制した魔法省長官は、答えを促すようにヴロス隊長へと視線を投げた。
それは忖度のない回答を求めている表情であり、ヴロス隊長もそれを分かっているように見えた。
「不敬を承知で言えば、その通りかと」
「なっ⁉︎」
「静まれ。ヴロス、続きを。理由はあるのだろう?」
場を混乱させまいとする魔法省長官の落ち着きぶりは見事だ。
声をあげようとした者は渋々その矛を収めているし、ヴロス隊長もそのことで話しやすくなった感がある。
いや、話さざるを得ないと言った方が正しいのかも知れなかった。
辺境伯領ではついぞお目にかかることのない会議風景だと思いながら、私も隊長の言葉の続きを待った。
「辺境の一貴族が妖鳥を不法に持ち込んだ時点で、我が国は既に交渉にあたって不利な立場です。ここで魔力量の多い王族を前面に立てて、必要以上に不利な落としどころにすまいとの意図は分かるのですが」
(う……刺さる……)
言葉を待っていたら、それはなかなかに辛辣な言葉だった。
妖鳥を不法に持ち込んだ辺境の貴族とは、もちろんサルミン辺境伯家のことだ。
私はいたたまれなくなりながら、胸に手をあてる。
要は、王が頭を下げるわけにはいかない。かといって、辺境伯が頭を下げたとしても隣国は馬鹿にされたと怒るかも知れない。その間を取って「他の王族」であれば、隣国も謝罪として受け入れてくれるのではないか。そう考えているのだろう――と、隊長は問いかけたのだ。
それに対して、魔法省長官は「誰もそれは断言はしていないぞ」と答えつつも、その表情からは苦笑いが透けて見えていて、それが間違ではないのだということを窺わせていた。
「もちろん、可能性の話ですよ。ですが相手側が関係者の処罰を要求してきた場合のことを思えば、王弟殿下や、ましてやそのご子息を矢面に立たせるわけにもいかんでしょう。まあ、それ以前に彼のご子息が、レシェートに出来るなら自分だって! と、妖鳥にちょっかいかけて場を混乱させる未来しか見えないんですがね」
「…………」
誰か一人くらいはヴロス隊長に抗議するのかと思いきや、返ってきたのは真っ暗な沈黙。
そんな、誰も反論しないくらいにレシェートと王弟殿下の息子さんとの相性は悪いということなのだろうか。
そう思いながらも、私の中でもふと思い当たることはあった。
「あ……だからレシェート様、結界の中で更に妖鳥の周りにも結界を張るように言った……?」
私の呟きに、ヴロス隊長はただ微笑んで、それを肯定した――。