第18話 空の上で愛を乞う⁉︎
「サルミン辺境伯!」
しかも妖鳥を宙に浮かせたままの状態で、突然レシェートが父の名を叫んだ。
「魔物を相手とする辺境伯領において、決断の遅さは命に関わる! 先遣討伐隊もヒマじゃないからな! 十秒以内に出て来なければ勝手にさせて貰うぞ!」
「はい⁉」
辺りに響いたのは私の声だけだ。けれどこの場に居合わせている皆が等しく同じように思っていただろう。
そのくらい、レシェートの発言は唐突だった。
「十、九――ゼロだ、遅い!」
「な……っ」
どこの暴君ですか⁉
そんな抗議をする間もなく、私の鳥籠を持たない方の手はレシェートによってふわりと持ち上げられていた。
「王宮と魔法省の裁定を大人しく待つんだな!」
言うが早いか、私の身体もそのまま宙に浮いてしまった。
「さあ、行こうか我が妻よ!」
嫁の次は妻――いや、そうじゃなくて!
私はまだうんとも何とも言ってないんですけど⁉
「きゃぁぁ――っっ‼」
きゃあ、などと少女らしい叫び声をあげたのは、後にも先にもこの時だけじゃないだろうか。
危うくとんでもない体勢で引っ張って行かれそうになったものの、レシェートが軽く手を上げて、その勢いを削いでくれた。
「ああ、大丈夫だ! 意識をその幼鳥にだけ向けて、後は俺に委ねていればいい!」
無茶苦茶である。
俺に委ねろ、で「言ってやった」みたいなドヤ顔になっているのが、更に解せない。
父や兄が慌てたように庭に飛び出して来るのを視界の角に捉えたのは、本当にその姿が小さくなってからのことだ。
「これ、誘拐じゃないですか――っ⁉」
思わず叫んでしまった私は、多分きっと間違ってない。
風を切る轟音の中で叫んではみたものの、怯むどころか楽しそうな笑い声が返されてきた。
「何を言う! 魔法省と王宮で事情聴取があるのは本当だし、のんびり馬車旅している余裕がないのも本当だ! 言っただろう、妖鳥の存在は外交問題だと!」
「そ、それにしたって……っ」
「それに、妹をなんとか責任逃れさせようとか、ロクでもない結論を出される前に魔法省と王宮が動いた方がいいんだよ! 状況を説明して、検討の時間を与えたって建前がありゃいいんだ。その時間が長いか短いかは重要じゃない!」
むしろ短い方がいい! と、断言するレシェートに思わず「えぇぇ……」と、情けない声を上げてしまう。
それは、最初から検討の余地なんて与えるつもりがなかったということだ。
時間を与える。ただその一言があれば、それで成立するのだと。
「も、もしかして記録の水晶玉もあったりとか……」
恐る恐る尋ねてみると、とてもいい笑顔でレシェートがこちらを振り返った。
「魔法省の職員は皆、大なり小なり記録用の水晶玉を持っているぞ? 魔法師団とて例外じゃない。いつ、どんなことに巻き込まれるか分からないからな!」
つまりは返答の時間は与えた。解答がなかったために、当事者は王都に連れていく。
レシェートのその宣言は、ばっちりと記録されているということだ。
「そんな短時間でどうやって検討を、なんて抗議が来たりしたら……」
「姉の魔力測定値を偽って申告したことと、妹が妖鳥を引き込んだこととがあって、そんなことが言えると思うか? まあ、実際に幼鳥を持ち込んで妖鳥を呼び込むきっかけになったのは取り巻きの一人かも知れんが、俺がその取り巻きなら自分だけが裁かれるなんてことは許容しないだろうしなぁ……はははっ」
レシェートの高笑いに開いた口が塞がらない。本気で楽しそうだ。
「王都には魔物とは別の魑魅魍魎もいるかも知れんが、似たようなものだ! 俺の威を借りれば大抵は退く! 俺が見込んだ、俺の妻だ。いずれ一人で退治出来るようになるだろうが、それまでは俺を使えばいい!」
王宮に巣食う魑魅魍魎。
それは人の形をしているんじゃないだろうか?
「退治……」
「ケンカふっかけられても遠慮はいらんってコトだよ! 俺にかかる迷惑は何っにもないって断言しておいてやる! だから――」
――安心してヨメに来い!
妖鳥と飛行しながらの求婚。真剣さを疑われてもおかしくはない。
けれど満面の笑みを浮かべるレシェートを見ていると、揶揄われているとも思えないので微妙な心境になる。
普通に考えれば、安心出来る要素はどこにもない。
けれど辺境伯家にいたところで、そもそも心穏やかに過ごしていたとは言えないうえ、辺境伯領に残っていても、魔力測定の不正と妖鳥の問題は避けて通れず、辺境伯家そのものが現在存続の危機真っ只中。
辺境伯領に戻せと叫ぶ理由がないのもまた確かだった。
「……っ、お返事待って下さるって話ですよね⁉︎」
「ああ、王都に着くまで?」
「そうじゃなくて……っ」
こんなペースで飛行していたら、冗談抜きで王都なんてすぐだ。
馬車だと一週間以上かかるはずなのに。
レシェートによって気絶させられた妖鳥は目を覚まさないし、私の手の内にあると言っていい幼鳥の方は鳥籠の中で微動だにしていない。
元から飛行に慣れているせいだろうか。たまにチラリと私の顔色を窺っているように見えるけれど、暴れるそぶりを見せないのだ。
どうやらこちらに敵意がないのが、この場では仇となっている。
どうあっても、このまま王都に行くしかないのか。
そう思う私をよそに、レシェートが「うーん……?」と、少し考える仕種を見せた。
「俺としては、大事な大事なかわいいヨメが連座で追放とか避けたいんだよなぁ……婚約だけでもしてしまえば、辺境伯家からも王宮側からも余計なコト出来なくなる――というか、させないからさ」
レシェートの声色は、存外真面目だ。
本気で結婚するつもりなんだろうか。この後の話し合いに有利になる、とかではなく。
「どうして……そこまで……」
「ん? そりゃあ……同じだから、だろうな」
「同じ?」
「どうやっても周囲と馴染まない程の魔力を持つとさ、最初はただ羨ましがられるだけで済むが、それが段々妬み嫉みになって、極めつけは仕事の押し付けになる」
「!」
心当たりあるだろう?
そう言って片目を閉じて見せるレシェートに、私は次の言葉が発せられない。
「俺もさ、今の先遣討伐隊はだいぶ居心地のいいところだが、それ以前は色々あったからな。だからさ、同情でもなんでもなく、置かれた環境は理解出来るつもりだ。多分――この世の誰よりも」
「この世……」
王都どころか国も通り越している。
一瞬そう思ったものの、それをつっこむ言葉が出なかった。
「それでいて、妹みたいな貴族令嬢特有のお花畑思考にも染まっていないし、何より一人で魔獣が狩れる。これが惚れずにいられるか?」
魔獣。そこなのか。
どうにもレシェートの思考が常識と一線を画しているように思うのは、私だけなんだろうか。
着いたら誰か教えてくれるだろうか。
「――大丈夫だ。俺は何も押しつけない。何故なら魔獣狩りを押しつけなくても、俺が狩れるからだ」
先遣討伐隊副隊長。
その肩書きを持つレシェートの発言は、決して誇張には聞こえない。それだけの実績を、彼は積み上げてきている。
「まぁ、押しつけはしないが……たまに魔獣狩りデートとか付き合ってくれたら、俺が喜ぶ」
「…………」
魔獣狩りデートって、何。
それはデートじゃないだろう。
そう思ったのが表情に出たのか「一緒に出かけられたら、どこでも嬉しいってことさ」と、レシェートが高らかに笑った。
そんな比喩アリか……と思ったものの、同時にレシェートならアリなのかもと思ってしまうあたり、既に影響を受けているのだろうか。
そして思ったほど不愉快に感じない自分がいることに、心の中とは言え驚きを隠せない。
「とりあえずは、この親鳥を魔法学院の庭に放り込んで、それから魔法省先遣討伐隊本部に行くぞ! ホントは誰にも紹介したかないが、上司に骨折って貰うためには仕方がない!」
「ええっ、やっぱり放り込むんですか⁉︎」
「先手必勝! 舐められないようにしておかないとな!」
元よりレシェートの魔力は私よりも上だ。
結局そのまま、王都へ向かうしかなかったのだ。