第17話 可愛い、とは?
「……ええっ⁉」
王都に行く。それは分かった。拒否権がないことも分かった。
だけど妖鳥の親子(?)はどうするのかと思っていたら、まさかの空中浮遊。
……そう、魔法省の先遣討伐隊副隊長であるレシェート・グルーシェンが、己の魔力で親鳥の方を浮かせたのである。
狼のような頭、獅子のような脚、孔雀を思わせる羽まわり。
大抵の人間は恐らく見たこともない姿形であるはずだ。
キングベヒモスと同じ、あるいはそれ以上の大きさを持っていることは分かっても……だ。
「あの……っ、こんなのを連れて王都入りしたら大騒ぎになるんじゃ……」
「まあ、なるだろうな」
何を当然、とばかりにこちらを向くレシェートに、私も「何をしれっと!」と、思わず声を上げていた。
「それに途中で目が覚めたりしたら大変じゃないですか! 間違ってこちらが攻撃される危険だって――」
「ああ、ないない。俺と籠に入った幼鳥が一緒なら、暴れたくとも暴れられない。強者は誰か。人間より魔物の方が理解が早い」
どうやら一撃で気絶させられたことで、妖鳥と言えどレシェートを警戒する――ということらしい。
まして幼鳥の生殺与奪の権利を握られていると見せつけられれば、暴れたくとも暴れられないというのだ。
「……そう、ですか」
辺境伯領でただひたすら魔獣を狩っていた私には、魔獣に対する細かい知識が不足している。
先遣討伐隊という最前線に立つレシェートがそうだと言えば、反論する術がない。
見た目にはただの小鳥だが、間違いなく妖鳥の幼鳥だと断言されれば頷くしかないのだ。
「殺処分して運ばないのかと思っていそうだが、相手は妖鳥だ。ベヒモスと違って、隣国との話し合いが不可避な魔獣だ。勝手に解体は出来ないし、かと言って話し合いの間辺境伯領に置いておこうにも、監視出来る程の力のある人間がいない」
「……ああ……」
今のサルミン辺境伯家において、もっとも魔法を行使する力のある人間は私だ。
その私ですら、妖鳥が本気になればただでは済まないだろうと思っている。
王都まで運ぶのが最適解だと言われてしまえば、そこはもう頷くしかなかった。
「そうだな……ああ、じゃあ新しい寮監の挨拶代わりに、魔法学院の敷地内に放り込んでやるとしよう」
「……はい⁉︎」
ただし続けてレシェートの口から洩れた言葉には、とても頷くことが出来なかった。
「猿山の大将に宣戦布告しておくには、ちょうどいい素材だしな」
とてつもなく物騒な言葉が聞こえてくるのを、気のせいだと思いたい!
「ああああの、副隊長――」
「レシェート」
「えっと、その、レシェート……様? いったい、何の話を……」
魔法省ではなく、魔法学院となれば、まだ一人前と見做されていない学生の集まりということになる。
そんなところにいきなり妖鳥を放り込んで許されるのか。
副隊長様、と言いかけたところを思い切り遮られてしまったけど、今は思い浮かんだ疑問を尋ねることを優先しておく。
レシェートはと言えば、名前を呼ばれたことの方に満足したのか、ニコニコと笑っていた。
……目の前に妖鳥が浮いているというのに。
「こんな図体のデカい魔獣、生きたまま置いておけるところなんて流石に限られている。まあ、普通に考えれば王宮内、魔法省管轄の敷地なんだろうが、魔法学院にだって場所も理由もあるからな」
将来の魔法省職員のための、生きた教材。
もともと、さほど力の強くない魔獣の討伐や解体を学院内で学んだりもしているとかで、そういう意味では「場所も理由もある」ということらしかった。
「が、学生さんには危険なんじゃ……」
「だからだ。優秀だと持ち上げられて、魔法学院に入ってきたヤツらの鼻っ柱を折るのにはちょうどいい。己の力が及ばぬ魔獣もいると思い知ればいい」
「ええ……?」
どうしよう。レシェートの発言が、とても正当性のあるように聞こえてしまう。
思わず眉根を寄せて唸ってしまった私に、レシェートが低く笑った。
「ついでに妖鳥を俺たち二人には逆らえないよう調教しておけば、言うことなしだ。問答無用で学生連中の反発は抑え込めるからな」
「……え、二人? 私もですか?」
調教という単語に驚いてうっかり聞き逃してしまいそうになったが、今、確かにレシェートは「二人」と言った。
この副隊長サマ、さっきからとんでもない発言を連発している。
「俺が妖鳥を抑えこんだところで、なるほどとしか思わん連中の方が多い。だが、それが二人だったら? 俺が魔力の再鑑定を求めて王都に連れて来たことにだって、大半が納得するだろうよ」
「…………」
何だろう。この、外堀の埋まりようは。
どう考えても無茶振りのゴリ押しなのに、思わず納得をしてしまうのだ。
というか、私に妖鳥を抑えこめと真顔で言われても。
そんな私の表情を呼んだのか、レシェートは「ソレ」――と、私が抱える妖鳥の幼鳥入りの籠を指さした。
「いくら特殊な籠入りだと言っても、本気で暴れたら親に伝わる。親が本気で怒れば、今頃は森なり辺境伯家の屋敷なり灰燼に帰していてもおかしくなかった」
「親……なんですかね?」
「会話が出来るわけじゃないから断定はしないが、取り返しに来るくらいだから……まあ親なんじゃないか?」
ものすごく今さらなことを口にした私に呆れることなく、レシェートはそう言って肩を竦めている。
群れの子は皆の子、などという考え方をする魔獣はかなり限られているらしい。
「なるほど……」
もっともなことなので、私もそれ以上は反論しなかった。
「この程度の騒ぎで済んでいるのは、この幼鳥が大人しくしているからだろう」
幼鳥が、少なくとも私から傷を付けられることはないと思っていて、様子見をしているのに親も倣ったのだろう――というのがレシェートの見解だった。
「じゃあ、私がいじめたりとかすれば、妖鳥も暴れる……と」
「試してみるか?」
「なんてこと言うんですか」
元よりいじめる気なんて欠片も持ち合わせていないが、あまりこの妖鳥たちを煽るようなことを言わないで欲しい。
思わずレシェートを睨みかけてしまったが、相手は泣く子も黙る先遣討伐隊副隊長。
慌てて視線を泳がせたところまでが織り込み済みだったのか、レシェートは可笑しそうに笑みを浮かべただけだった。
(なんか今、可愛い――って言わなかった?)
「さて、行くか」
「え⁉」
父と兄が今後のことを話し合っている中で抜けてきたはずなのに、今すぐ王都へ向けて出発するかのようなこの口ぶり。
驚きのあまり声が裏返ってしまった。
「身の回りの物なら王都で買えばいいし、それも事情聴取の名目があるから経費で落ちる。今から手ぶらで行ったとて問題ない。泊まるところは……俺は王宮の職員用の寮にいるが、関係者用の宿泊部屋が備わっているから、それも問題ないだろう」
ホントは一緒がいいんだが……などと、怖いセリフが聞こえたので、そこは聞かなかったことにしておく。
「……問題しかない気がします」
色々な意味をこめて、そうレシェートを睨んでみたが――
「可愛いなぁ、オレのヨメは!」
「まだヨメじゃないです!!」
ただ、ナナメ上の方向に笑われただけだった。




