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【閑話】魔法師団の中心で魔術師は叫ぶーレシェート視点ー

「レシェート・グルーシェン。サルミン辺境伯領から戻りました」

「おお、どうだった……とは、聞くまでもなさそうだな」


 魔法省内、魔法師団先遣討伐隊の隊長室に、俺はいた。


「はい。ベヒモスとキングベヒモスがいましたので、狩っておきました」

「……狩っておきました、ね。普通に言ったらキングベヒモスなんぞおおごとなんだがな」


 目の前で、隊長が鼻で笑っている。

 馬鹿にされているわけではない。皮肉屋なのは、隊長のもともとの性格だ。


「まあ、いい。詳細は戦闘記録官が出す記録を確認しておこう。魔獣の確認と素材交渉の担当者も手配しておく。他に何かあるか?」


 そう。普通ならば、俺の仕事はここまでだ。後始末は後始末として後方官吏がいる。

 だが今回に限っては、俺はここで引くわけにはいかなかった。


「はい。結婚しようと思うのですが」

「……………………は?」


 隊長は、俺の言葉を噛みしめるかのように、たっぷり十数秒使った後、格闘していた書類から顔を上げた。


「なんか、空耳が聞こえたんだが。もういっぺん言ってくれるか」

「ああ、はい。結婚します」


「「「はぁぁぁぁぁっっ⁉」」」


 なぜか響いた声は、一人分以上の声だった。

 そして呼んでもいないのに、隣の部屋から他の隊員たちがなだれこんでくる。


 どうやら前の来客時に使用されていた、記録用水晶がそのまま稼働してしまっていたらしい。その場にたまたまいた隊員たちにまで、俺の声が届いてしまっていたのだ。


 持ち場にもどれ! と隊長が叫んだところで、誰も聞く気はないようだった。


「…………ちょっと待て」


 諦めたように、右の拳でこめかみをもみほぐしながら隊長が口を開いた。


「サルミン辺境伯領にベヒモスの目撃談の確認に行って、実際にそれを狩って帰ってきた――その報告がどうして結婚になる?」


「それはもちろん、エリツィナ・サルミン辺境伯令嬢にひとめ惚れをしたもので」


「「「はぁぁぁぁぁっっ⁉」」」


 部屋の窓枠が振動するほどの叫び声が、再び部屋の中に響き渡った。

 俺は、聞かれた通りに答えただけだというのに。


「やかましぃっ! 静かに出来ないなら出て行け! レシェート、おまえも結論だけをぶちまけるな! 経緯を説明しろ、経緯をっ‼」


 マルク・ヴロス先遣討伐隊隊長は、俺と違ってもともとの体格に恵まれた魔術師だ。

 お腹に力を入れて叫べば、魔力で威圧をせずとも、下っ端魔術師も、官吏すらも黙らせてしまえるほどの迫力を持つ。


 魔力量は俺の方が上だと思っているのだが、年齢や経験、色々なところでまだ俺はこの人に及ばないと思っている。

 それは他の隊員たちも同じなので、ここは皆が亀のごとく首を縮めて、口を閉ざしていた。


 それでも誰も出ていく気配を見せないため、俺も諦めて、どうやらサルミン辺境伯家が6歳での魔力測定時に数値の詐称報告をしたらしいこと、魔法省の辺境伯領分室もそれを把握していたらしいことなどを説明した。


「……それは後天的に能力が開花した、というわけではないんだな」

「そこは間違いありません」

「辺境伯家の子、皆か? それとも一人だけ?」


「兄や妹の魔力はいたって平均値か、少し劣るくらいでした。ですが彼女――エリツィナ・サルミン辺境伯令嬢の持つ魔力量は桁違いもいいところでした。この隊で考えても、俺の次くらいに考えてもいいと思ったほどです」


 俺の発言に、部屋の中がややざわつく。


「どうして今まで露見せずに……と思ったが、分室が把握をしていて目を瞑っていたのであれば、さもありなんか」


「恐らく、今回の王都への魔術師派遣要請は、分室の上層部も意図していないものだったのではないかと。明らかに俺の訪問は、辺境伯家で歓迎されていませんでしたから」


「しかしそれでは、本当にベヒモスがいた場合に、困るのは辺境伯家だっただろうに」


「どうやら辺境伯家はこれまで、出没した魔獣の退治を全て長女(エリツィナ)に丸投げしていたようですね。なまじ、それが出来る魔力量と才能があったがために、今まで情報が外に洩れずにきたのではないかと」


「ふむ……」


 俺の推測に、隊長は口元に手をやりながら考える仕種を見せた。


「じゃあ、何か? 結婚とはあくまで口実で、本当の目的はその将来有望そうな魔術師の卵をこちらに引き抜きたい、とかか? それならそれで――」


 結婚という形をとらずとも……などと言いかける隊長を、俺は慌てて遮った。


「何言ってるんです、俺は本気ですよ! あれほどの魔術を展開出来る女性は、どこを探してもいやしません! しかも俺の魔力も地位もまったくあてにもしていない! 理想的だ! 彼女の隣は俺のものです。誰にも渡しません」


「…………マジか」


「マジです」


 時折魔法省や王宮から内々に打診される縁談を、金輪際持ち込まないよう念を押せば、隊長は乾いた笑いと共に天井を見上げた。


「……そんなに魔力量が多いのなら、王家が囲い込むかも知れんぞ。確か王弟殿下の息子がまだ学生で、婚約者もいないはずだ」


「……ああ」


 隊長の言葉を俺は鼻で笑い飛ばす。


「あんな、魔法学院でお山の大将を気取っている馬鹿にどうこうさせるつもりはありませんよ」

「お前、言い方」

「事実でしょう。だいたい、これまでの魔獣退治の褒賞、貸しがずいぶんとたまっているんですから。それをチャラにすると言えば王家だって俺を優先するのでは?」


 ダメなら出ていくだけのことだ。

 そういうと、隊長はやや慌てた。


 その調子で魔法省の上層部(おえらがた)を説き伏せてくれればと思う。


「ああ、そうだ。魔法学院と言えば、寮監から次を探すよう陳情が上がってきてたんですよね」

「うん? そうだな。お前のいう『お山の大将』を押さえるのが大変だとの相談が一再ではないようだからな」


 王弟の息子は、魔法学院に入学出来る程度には、魔力量が多いのだ。

 ただ、一度臨時の教師として行った時にも思ったが、クソ生意気な上に鼻っ柱が伸びに伸びている。

 一度は俺が叩き潰してやったが、ともすればまたそこから伸びようとしているのかも知れない。

 寮監が辞めたがる原因も、一つにはそれがあるだろう。


 ――それなら。


魔法省(うえ)に、エリツィナ・サルミン辺境伯令嬢を後任に推してきて下さい。もう魔法学院に入学出来る年齢ではありませんが、寮監としてなら中に入り込めるでしょうから」


「おいおいおい! ご令嬢はいくつだ? 無理があるだろう、さすがに」


「隊長もあの圧倒的な魔力量と練り上げられる〝結界〟の見事さを目の当たりにすれば、俺の言っていることが分かると思いますよ」


 どのみち魔力測定値の詐称が取り沙汰されている以上は、一度は王都に出て来なくてはならない。


 本当なら俺の手の中で囲い込みたいし、屋敷でも買って一日中ドロドロに甘やかしてみたい。

 お世辞にも辺境伯家で優遇されていたとは言えないようだったから、少なくとも辺境からは引き離してしまいたい。


 魔法学院の寮監は、本人にとっても、周りにとっても納得しやすい居場所になるはずなのだ。


「百歩譲って中途入学ですが、これは魔法省も王家も嫌うでしょう。王族も平等なはずの学院で何故、ともめる未来しか見えない」


 基本、家の事情による中途退学はあっても、中途入学は前例がない。同じ試験を受け、共に入学して腕を競い合って連帯意識を高める。その前提条件が崩れ去ってしまうからだ。


 そこは隊長も同感らしく、静かに頷いていた。

 給料仕事として奏上はするが、確かに中途入学は「ない」だろうな、と。


「だが結婚したいとまで言うんだったら、寮監どころか家で閉じ込めたいとか言いそうだが、いいのか? 魔法学院だろうと一般の学校だろうと、学生の大半は盛りの付いたサルだろうよ。そんなところに放り込んでも構わないと?」


 わざと意地を悪くした言い方をしているが、それも隊長なりの心配だ。

 それが分かるほどには、部下として年月を過ごしてきている。


 俺は少しだけ口の端を持ち上げた。


「盛りたければ、やってみるがいい――と、思いますよ。その方が鼻っ柱をへし折る、いい大義名分が出来る」


 たとえば王弟の息子とか、王弟の息子とか、王弟の息子とか。


「ああ、いっそ先にバキバキに心を折っておくのもいいかもしれない。手を出そうなどと思うな、と牽制になりそうだし」


 そうだ、そうしよう。


「ただ彼女を囲い込んだところで、納得しない有象無象が出て来るでしょうし……だったら魔法学院の寮監として認められれば、誰も俺と彼女の邪魔は出来ない」


「……心意気は立派だが」


 唖然としつつも、俺が王弟の息子の鼻っ柱を折るつもりだと言っても、隊長も止めない。

 皆、講師として魔法学院に行った際に、一度ならず手を焼かされているからだ。


 正当性があれば不敬罪に問われないことは分かっているのだから、心境としては「やってこい」となっているはずだ。


「そもそも、その令嬢はお前と結婚することをヨシとしているのか? あれだけ地位と顔目当てに寄って来る縁談をはねつけておいて、肝心の令嬢が『そう』だとなれば――おおっ⁉」


 その瞬間、机の上にあったコップが真っ二つになった。

 中身が入っていなかったから、そこはいいだろう。


「彼女は王宮で社交しかしていない厚化粧の令嬢どもとは違う」

「……そ、そうか」

「結婚に関しては、正直まだ申し込んできたばかりで返事待ちの状態ですよ。昨日まで知りもしなかった男を相手にすぐに頷けというのも無茶だと分かっているから、せめて外堀を埋めておきたい」


 埋めるのかよ、などと誰かが呟いているが無視だ。


「魔力測定検査数値の詐称について、どのみち事情を聞く必要があるでしょう? 俺が再度辺境伯領に彼女を迎えに行きますから、その間に諸々の手続きをお願いしますよ。ついでに『俺の妻となる女性の実家に瑕疵があれば、困るのは誰だ』くらい圧力をかけておいて貰えたらなお助かるんですが」


「まあ……本当に成就するかどうかはさておき、おまえの結婚話とその魔力測定検査の話をすれば、魔法省も王宮側も大騒ぎになるだろうな。後は勝手に踊る――か」


「ごねるやつがいたら、名前を控えておいて下さい。手を回して領地にでも引っ込んで貰いますから」


「ここで宣言するな。そういうことは裏で黙ってやれ」


 なんだかんだ、ここでダメだと言わないあたりが、器の大きな隊長サマだと皆が認めるところだと思う。

 俺も存分に、そこに乗っからせて貰う。


 本人は、呆れたように息を吐き出しているだけだが。


「本気なんだな」

「もちろんです。誰が何と言おうと、俺がエリツィナ・サルミン辺境伯令嬢を妻に迎えます」





 そうして俺が再び辺境伯領へと出発する頃には、隊長の言った通りに魔法省の上層部も王宮側も大騒ぎになっていたらしいが、知ったことではない。

 彼女の隣は俺のもので、俺の隣は――彼女のものだ。

 早く再会したいと、それだけを胸に辺境伯領へと発つつもりが、思いがけない知らせがそこに飛び込んできた。


「……妖鳥(シムルグ)の気配?」


 魔獣は魔獣でも、隣国で国の守護鳥とばかりに崇められている希少種。

 その気配がサルミン辺境伯領にあると、別の領地に赴いていた魔法師団の職員からの報告が届いたのだ。

 確かめに行くには、自分の手には余ると。


「……レシェート」


 その報告を見た、ヴロス隊長の決断は早かった。


「辺境伯令嬢のことは、今は横に置く。行けるな?」


 答える俺にも、迷いはない。


()()()()俺にお任せを、隊長。すぐ発ちますよ」

「――――」


 出て行け、とばかりに片手を振りはしたが、隊長の口元には苦笑いが浮かんでいる。

 魔法省と王宮に関しては、()()()()()報告してくれるということだろう。


 隣国に住むはずの妖鳥。対応の仕方によっては、国際問題になりかねない。

 そこは上司としての手腕を発揮してもらうことにして、俺はとにもかくにもサルミン辺境伯領に向けて急いだのである。

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