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第16話 王都へ<第一部・完>

「魔法学院の管理人……ですか? 生徒じゃなく?」


 管理人でも寮監でも、呼称はどちらでもいいが、なぜ?

 レシェートの言葉がすぐには呑み込めず、私はつい首を傾げてしまった。


「さすがに魔法学院への入学年齢は過ぎているからな。無理があった」


 とはいえ、一度は中途入学などで学院に通わせることもレシェートとしては考えたらしい。

 ただ相当なゴリ押しになってしまうため、入学後の私の生活を考えてもそれは良くないだろうと、レシェートからの「提案」を受けた魔法師団、魔法省の上層部が判断したのだという。


 これまでの功績から、自分が言えば大抵のことは通るというレシェートの言葉が誇張でもなんでもないことがそこからは窺い知れる。


「その魔力量なら教師としてもやっていけそうなものだが、それはそれで『通っていない』『卒業していない』ということが大きな壁として立ちふさがってしまう」


「だから管理人……?」


「魔法学院は将来有望な魔術師を育てるということもあって、全寮制だ。当然寮監もそこにいるわけだが、ソイツが生徒よりも魔力量が少なかったりすると、生徒らの方が態度がデカくなってしまう場合がたまに出てくるんだ」


「……なるほど」


 そういう差別は本来好ましくないことではあるのだろうが、魔力量という目に見える差がある以上、その揉め事はゼロにはならないのだと言う。


「そこで、君の出番だと思ったんだ。君ならば、くそ生意気な魔術師の卵どもを叩き潰せるだろうと。何といってもあの〝結界〟だ、調子に乗ったが最後、返り討ちが目に見えるからな」


 魔獣に相対している時も思ったが、レシェートはちょいちょい口が悪い。

 もしかしたらレシェート自身がその「くそ生意気な魔術師の卵」に悩まされている実態が過去にあったのかも知れない。


「そもそも今の寮監がなかなかの年齢なんだ。そろそろ後任を探して欲しいとの申し出が本人からも出ていて、上層部(うえ)の悩みどころだった」


「私、そこまでの魔力量ありますか……? っていうか、さすがに若すぎて別の意味で舐められません……?」


 私自身は、魔力量においてはレシェートには及ばないはずだし、年齢にいたっては言わずもがな。

 入学年齢は過ぎたかも知れないが、学生年齢であることには違いないのだ。

 そんなので魔法学院の管理人など勤まるのだろうか? いや、大いに無理があるだろう。


「大丈夫だ」


 だがレシェートは、何の不安もないとばかりにそう言い切った。

 その自信はどこから。私の方が驚かされてしまう。


「俺と共に空が飛べて、俺がキングベヒモスを切断した魔力を、外に洩らすまいと抑え込むことが出来る。そんな人間はそうそう、いやしない。そこまで出来るのなら誰も文句は言えないさ。と言うか、俺が言わせない」


 それは今までのような、辺境伯の娘としての義務の押し付けではない――信頼と、期待。

 そもそも、何もしなくていい……では首を縦に振らないであろう私のために、レシェートがわざわざ探し出してきてくれたのだ。就職先、などと軽口を叩きながら。


「……っ」


 段々と拒否することが難しくなってきている気がして、言葉を吞み込んでしまう。

 それでも「ああ、そうそう」と人差し指を立てるレシェートの声、姿は、あくまでもこちらに気を遣わせまいとしているかのようだった。


「中には辺境伯令嬢()()()君よりも身分の高い『卵』が何人かいるだろうが、片手の数だ。それだって、俺の名前を出せば何も言えなくなる連中ばかりだからな」


 ついでに夫だからと魔力の「威圧」で存分に威嚇して、余計な気を起こさないように()()しておくから問題ない。


 ……なんてことまでしれっと口にしている。


(いや、夫って! まだ頷いてないし‼)


 しかも「指導」が違う意味を含んでいるように聞こえる。

 どこから突っこめばいいのかと思っている間も、レシェートはニコニコと笑うばかりだ。

 その辺りの詳細を明かす気は、どうやらないようだった。


「ああ、いや、本当に心配はしなくていいんだ」


 高位貴族でも、王以外の王家の血統保持者でも、法に反しない範囲ではあるものの、魔法師団の実働部隊を不敬罪には問えないのだという。


 問いたければ、それなりの証拠と理由とを揃えて王に奏上する必要があり、過去そこまでやろうとした場合には、大抵動いた方が恥を晒すことになっているとかで、今となっては誰も表立っては「不敬罪」を叫ばないのだそうだ。


「だから、俺は『お買い得』だぞ?」


 妖鳥(シムルグ)を目の前に、レシェートの怒涛の主張は続く。


「そもそも食堂には料理人がいるし、掃除や洗濯といった家事関係にも雇われの使用人がいる。あくまで寄宿寮で寮生を監督、寮に割り振られた予算を適切に動かす『寮務』を行なうから――学生どもの世話を焼くわけじゃない。だから寮監の方が正しいんだ」


 焼かせてたまるか、と聞こえたのは気のせいだろうか……


「寮監……」


「本音を言えば、何もせずずっと俺に守られていて欲しい。ただこの短期間君を見ていただけでも、君はそれでは頷いてくれないだろうなと思った。だから上層部うえに掛け合ったんだ。もともと今の寮監からの相談もあったくらいだから、誰も拒否する理由がない」


 魔法師団所属の魔術師はもれなく年に一度以上、魔法学院の教室で臨時の教鞭を取ることが義務付けられているらしい。

 後進の育成も、国家所属の魔術師の義務の一つなのだ。


 レシェートも当然、何度か魔法学院の教壇に立ったことがあり、だからこそ以前から思うところがあったらしかった。


 「ああ、でも誤解しないでくれ。そうでなくとも君はこれまで辺境伯領のために充分に働いてきただろう。だからこそ君を国のために働かせるつもりも、まして使い潰すつもりも、俺にはさらさらないんだ」


 休めばいい、とレシェートは言った。


「君を酷使せずとも俺自身に力がある。君の力が求められても、俺が代わってやれる。本当なら寮監だって不本意だ。だいたい学生ったって盛りのついた猿だっているだろうし、そんなところに君を放り込むこと自体が――」


 なんだかぶつぶつと「閉じ込めたい」とか、怖いセリフが聞こえてきているのは、全力で知らないフリをしたいと思う。

 とにかく学校側も、私という存在の受け皿があるとの認識でいいのだろう。


 レシェートも、話の途中で脱線しかかっている自分に気付いたのか、咳払いひとつして、肩をすくめた。


「ま、まあつまりは魔法学院の寮監という職を務めあげれば、魔法学院卒業と同等、あるいはそれ以上の評価は得られるはずということだ。ただ、俺の奥さんだと思われるよりも自分に自信と価値が出ていいだろうと思ったんだが――」


 どうだろう?

 そう、問われた私は言葉に詰まってしまった。


 これから落ちるであろう辺境伯家の評判と、希代の魔術師レシェート・グルーシェンの妻ということで、周囲からうけるであろう誹謗中傷を跳ね除けられる機会を、レシェートはくれると言ったのだ。


 そんな私の様子を見て、レシェートはどう思ったのか「辺境伯家のことは、本当にもう気にしなくてもいいから」と柔らかく微笑んで見せた。


「辺境伯領で魔獣が出れば、魔法省の分室に助力を請えばいい。状況に応じて分室なり王都なりから魔術師が派遣される。本来、それがあるべき地方と魔法師団との正しい在り方だ。今までが異常だっただけのことだ。君がいなくなった後のことを気に病む必要は一切ない」


 そもそも今回のベヒモスに関しても、これまでのことを知らない魔法省分室の若い官吏が、正規の手続きに則って王宮に依頼を投げたからこそ、死者なく退治出来たのだ。


 そのやり方が当たり前として落ち着くだけのことなのだ。


「俺と王都へ――いや、少し違うな。俺と王都で()()しよう。一生俺の隣にいてくれ。……一生、君の隣にいさせてくれ」


「副……レシェートさ……」


 副隊長、と言おうとして緩々と首を横に振られてしまい、様をつけようとして、また首を横に振られた。


 鳥籠を抱えたまま、困ったようにレシェートを見上げることしか出来なかった。


「……顔も見たくないほど嫌われているつもりはないのだが、どうだろう」

「そ……そうですね、そこまでは……」

「俺が用意した『君の居場所』、ダメなところはあるだろうか」

「魔法学院に……興味はありますけど……」

「まずは婚約からとなると、その地位はかなり不安定だ。父親の権利を主張されて、辺境伯領に戻せと叫ばれたら面倒なことになる」


 もちろん簡単に連れ戻させるつもりはないが、とレシェートは言ったものの、その表情はやや暗い。

 婚約者の立場のままだと、その可能性が残ってしまうということなんだろう。


「夫になれば、サルミン辺境伯家一族の、誰が何を言おうとも楯になれる。魔力量でも、魔法師団内での立場から言っても、ケンカを売ってくるなら高値で買い取れる」

「そこまでですか⁉」

「そこまでだ。俺がそれだけ、君を望んでいるということだ」

「……っ」

「もう一度言う。俺と王都で永住しないか?」


 畳みかけるように、レシェートがこちらを覗き込んでくる。


「お互いのことを、まだほとんど知らないのに、どうしてそう――」


「――なら、王都に向かうまでと、着いてから事情聴取を受けている間と、俺のことを知ってくれればいい。何でも答える」


「王都へ行くのは、もう決定なんですね……?」


「魔法省から官吏を派遣させたところで、どのみち王都で上層部の指示を仰ぐ必要がある。二度手間もいいところだ。だったら当人が上層部の前で改めて魔力測定をするのが一番確実だ」


 まして、魔獣を隣国から引き込んだ話も、王宮内で蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろうから、遅かれ早かれ呼び出しを喰らうのが目に見えているのだという。

 だったら先にこちらから赴いておく方が、まだしも印象が変わるのではということらしい。


「本当なら今すぐ返事を聞きたいし、俺の奥さんとして王都に行って欲しいところだが、百歩譲って王都に着くまで待つ。だから前向きに考えてみてくれ」


「…………」


 結婚。

 どうせ兄や妹が先だろうし、魔獣狩りばかりしている自分に縁があるものとは考えてもいなかった。


「…………私でいいんですか?」

「君がいいから言っている」

「王都に着くまで、悩んでも?」

「もちろん。考えてみてくれるというのなら、喜んで待つ」

「……王都まで何日かかりましたっけ?」

「うん? 空を飛んだらすぐだろうな」

「それ、悩む時間あります⁉」


 今すぐ返事を聞かせろというのと、どう違うんだ!


 私はさすがにそこは抗議したのだが、妖鳥(シムルグ)の件を一刻も早く王宮に報告しなくてはならないと言われれば、ぐうの音も出ない。


「……っ、王都に着いてからの時間延長も要求します!!」


 そこだけは譲れないとばかりに声を上げれば、レシェートはものすごく不本意げに「……さすがに流されてはくれないか」と、ポツリと呟いたのだった。









 これが後々、王宮内や魔法学院内でも有名となった「グルーシェン夫妻の結婚事情」の始まりだった。


<第一部・完>

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