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第10話 辺境の森ふたたび

「どうして⁉ どうして、お姉様なのよっ‼」


 別室で、妹が叫んでいる声が聞こえる。


 辺境伯家で誰にとっても意味不明と言えた求婚騒動を繰り広げたレシェートは「討伐した魔獣の確認と、素材の引き取りの交渉に人を連れてくる」と言い置いて、あっと言う間に辺境伯家を出立して行ってしまった。


「もちろん辺境伯領に出没した魔獣なのだから、最終的には辺境伯家の物となる。だが、希少種の可能性があったり、見過ごせない危険な個体だったりした場合のことを考えて、魔法省でも確認をしておく必要がある」


 辺境伯領にも魔法省の分室はあり、もちろんそこからも人は派遣されてくると言うが、何しろ今、私の魔力量の虚偽申告に関しても確認をしなくてはならないため、王都からも職員を派遣させると、レシェートが決断したのだ。


「すぐに戻る。俺は冗談で結婚を申し込んだつもりはないから、戻ってくるまでに考えておいてくれ」


 単独で空中飛行出来るほどの魔力の持ち主なのだから、それはあっという間に行って帰って来るのだろう。


 冗談でも気のせいでもないと、くどく念押しをした後に、レシェートはそう言って一度辺境伯領を離れていったのだった。


「……まあ、本人というよりも……」

「――くだらないなんて! 私のことを、くだらないなんてっ‼」


 そんな叫び声に加えて、何かが壊れている音も聞こえている隣の部屋を見やりながら、兄が何とも言えない表情を見せる。


「辺境伯領ではなく、魔法師団で働かせたいのだとしか思えんが――そんなことでは、リーリエは落ち着かんだろうな……」


 父もそう言って頷いている。

 妹だけが、取り乱していて話し合いにならないため、侍女たちによって別室へ連れ出されたのである。


 もともと、冷害で財政難となった際に、母は実家の子爵領に戻ってしまったままだ。

 政略結婚で、辺境に嫁ぎたくなかったというから、渡りに舟で実家へと戻ったようで、それきりこの家の誰も、母の顔は見ていない。


 いつ現れるとも知れない魔獣を放置して行けるものでもないし、母の方でも魔獣を恐れて来ないからだ。


 そのため、今この場で顔を合わせているのは、父と兄と私――という状況になっていたのである。


「私が言っても逆効果ですよ。褒め称えて持ち上げろとでも?」


 白けた表情の私が問えば、父も兄もばつの悪そうな表情で、あらぬ方向を向いている。

 結局、そのままにしておくしかないのである。それが三人の結論でもあった。


 そもそも妹の容貌なら、王都の魔術師と言えどすぐに落ちるだろうとか、都合のいいことを言ったであろう父か兄か、あるいは両方かの責任なのだ。

 甘やかしすぎだ、と私なんかは思うのだけれど、それも今更だろう。


「……王都に行くつもりなのか」

「結婚はともかく、一度は行かないといけないのでは?」


 何せ長年魔法省を欺いてきたことが露見したのだ。


 国の内外でその名を知られるほどの魔術師であるレシェート・グルーシェンを相手に、姿を隠したり()()()()()()()は、悪あがきでしかないし心証も悪化する一方だろう。


 あの気質では賄賂も無理――というかそもそも、そんな余裕は辺境伯家にはない。


「では、魔法省の上層部と話をした後は帰って来るんだな」

「それ、私の一存で何とかなるものですか?」


 それこそ「魔法省に聞いてくれ」だ。

 恐らくは父や兄が望んでいるであろう、従順な答えを返せずにいる私に、二人が苛立ってくるのが見えた。


「とりあえず、私は魔法省の分室に行って、魔獣のこととあの副隊長殿のことを報告してくる。ルィートは、王都からも人が派遣されてくることを考えつつ、庭の魔獣の解体の準備をしろ」


「分かりました、父上」


 対話を諦めたらしい父は、立ち上がると冷ややかな視線を私へと向けた。


「おまえは――森の様子でも見てこい!」


 今は魔獣も出ていないし、というかまた出たらどうするのかと思ったものの、そんな配慮は父の中にはないのだろう。


 一部、木を吹き飛ばして更地化させてしまったことは事実なのだから、念のため見に行っておいた方がいいことも、また確かだ。


「……承知しました」


 無言の兄からも、心配や制止の言葉は出てくることはなかった。




❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀




「――風よ」


 その一言で、足元を吹き抜けた風がふわりと私の体を浮かせてくれる。


(そういえば、副隊長(あのひと)は無詠唱だったなぁ……)


 何でもないという表情(かお)で空を飛び、ベヒモスどころか上位種であるキングベヒモスまでを見事に切り刻んでいた。


 王都の魔法師団は、皆あんな風なのだろうか。そもそも「副隊長」というからには隊長がその上にいるわけで、更に上層部があることも考えれば、師団そのものが実力者揃いということなんだろう。


(俺ならば居場所を用意してやれる!)


 それはあながち、誇張された話でもないのかも知れなかった。


「どうしたものかなぁ……」


 そもそもは、辺境を出たところで行くところもやりたいこともないという、極めて後ろ向きな理由でずっとここにいたからだ。

 一人で実家に戻ってしまった母を頼るという選択肢もなかったし、今もない。

 行ったところで私では歓迎されないだろう。それは、目に見えている。

 

 王都に行くという選択肢の方が、まだ現実的なのかも知れない。何しろ費用負担ゼロだとの話だ。

 ――結婚という話は、ともかくとして。


「あー……」


 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま飛んでいると、やがて木々が鬱蒼と覆い茂る森の姿が視界に入ってきた。

 その一角が更地となってぽっかりと空いているのも含めて、だ。


「いや、でも、へんなところで一か所だけぽっかり空いてるから目立つのよね……しかも上から見てるし」


 本来、狩りや採集目的で森に入るとすれば、もっと手前からになるし、あの場所にたどり着くまで更地になっていることは分からないはずだ。

 つまりは、その程度の被害で済んだということだ。


(うん、そう思うことにしておこう)


 念のため更地の上にふわりと降り立ち、腰を下ろして地面の土を軽く撫でた。


「影響はなさそう、かな……?」


 長年魔獣退治をしていたせいか、魔獣の血や腐敗した死体などのせいで植物が育たなくなる土壌の区別がつくようになっているのだ。

 鑑定というほどの能力でもない気がするが、こればかりはもう勘と経験としか言えなかった。


「…………うん?」


 もう少し、更地以外の場所も見回ってから帰った方がいいかと立ち上がったその時、耳に「きゅるる……」といった不可思議な鳴き声が飛び込んできた。


 魔物が出がちな森ではあるが、もちろん普通の生き物だって生息する森だ。場合によっては、狩るのではなく保護が必要な場合もある。


 私は辺りを見回しながら、鳴き声の主を探した。

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