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6.王都大会

 ハチのひと刺しのように鋭い朝の陽ざしが四方の窓から射し込んでくる。アルリオットは浅く被っていた帽子を目深に直し、その陰からこっそり周囲のようすを伺った。


 いま、この、無数の机と椅子が置かれた広間には、田舎町から出て来たばかりのかれがこれまで目にしたことがないほどの人々が所せましと群がっている。


 はっきりした数はわからない。だが、二百――否、三百人近くいるだろう。


 その歳恰好は一様ではない。


 白髭(はくせん)をのばし、好々爺(こうこうや)然とした老人もいれば、長身、筋骨隆々、あるいは来るところを間違えたのではないかとも見える男の姿もある。


 筋力や体力を競うわけではなくて良かったな、とアルリオットは内心で呟いた。もしそうだったなら、まるで勝ち目がないところだった。


 わりあい数は少ないが、女性も見かけた。


 どこからどう見ても凡庸そうな肥満した中年女もいれば、浅黒い(はだ)の美女もある。


 いかに王都の殿堂とはいえ、これほどの人間が入り切る大きな一室があることそのものが驚きだ。


 それぞれの者たちが、いま、心のなかで何を考えているのかはわからない。


 しかし、アルリオットの目には、その全員が尋常ではない自信にあふれ、己の実力を誇っているように思われた。


 むろん、錯覚に違いない。


 が、きょう、この場所にたどり着いたということは、そのだれもが優勝をめざす資格を有していることを意味している。油断してかかって良い者などひとりもいないはずだ。


 そう、この場にいる者はひとり残らずみな、ひとかどの力量をそなえた〈黒金〉の指し手なのだ。アルリオット自身もまた、そうであるように。


 ――〈黒金〉。


 より正確には〈黒金盤戯〉と呼ばれる、盤上に置かれた黒と金の駒で勝敗を決する遊戯である。


 互いに八種類二十二個の駒を次々と順番に動かし、あいての陣地をねらうわけだが、初代国王によってこのルーン国の「国戯」にさだめられてから幾百年、王侯から庶民にまで親しまれてきた。


 その戦略は奥深く、戦術は無限のごとく多彩、ルールを憶えることは容易であるのに究めることはむずかしいといわれ、才気ある者や練達の指し手は尊敬を込めて遇される。


 そして、その指し手たちのなかでも頂点に立つのが〈一角獣〉と呼称される十三人の指し手たちなのである。


 この十三名は年にいちど開催される国家大会で最下位のひとりが下位の最上位と対局し、場合によっては交代する。


 その対局の資格を得るためには、〈戯士〉と呼ばれる公式の身分とならなければならない。


 そして〈戯士〉になるためには、いくつかの大会に出るなどして得点を積む必要がある。いま、アルリオットはその大会のため、この王都に来たわけだ。


 いつかは〈一角獣〉に!


 それがかれの目標である。


 〈一角獣〉の多くは貴族や富豪階級の出身であるが、平民から出てそこに入った者も少なくはない。


 そして、ひとたび〈一角獣〉に選ばれたなら、国家運営の中枢にかかわり、栄耀栄華を究めることも不可能ではない。


 アルリオットもそのような甘い夢を抱いて、蜜にひき寄せられる蟻のようにイスヴァラーンに集まって来たわけだった。


 もっとも、かれもただ栄達の夢に溺れているわけではない。


 〈黒金〉では出身地周辺のだれにも負けなかったし、ひそかに強い自負を抱いてもいる。


 まずは、それがどれほど奇跡に近いとしても、この王都大会での優勝を成し遂げ、王国大会に出場し、〈一角獣〉の座に就いてみせる。


 かれは本心からそのように考えていた。


 そのくらい自負心は強かったし、実際に実力がともなってもいた。


 とはいえ、さらに上には上があることを知らないわけでもなかったし、現実にこの会場に来てみると、さすがに己の見通しが甘かったのではないかと思えてきたこともほんとうだった。


 いまさらながら周囲のだれもかれもが強豪であるように見えてくる。


 この国では〈黒金〉の指し手は総じて十の公式階級のいずれかに属しているのだが、アルリオットの階級は上から三番目の〈鷲頭獅子〉に過ぎない。


 もし、初めからより上位の〈火焔竜〉の所有者とあたったら、苦戦は免れないだろう。


 まさか、初めから〈一角獣〉を除いては最上位の〈火焔竜〉とあたることはないだろうけれど……。


 と、アルリオットのまえにひとりの赤毛の男が座った。


 やがて、勝負の時を告げるふたつの鐘がなる。


 こうして、一回戦が始まった。


 ◆◇◆


 アルリオットは四回戦まで危なげなく勝ち抜いた。


 かれはそのまましばらく場内をうろつきまわり、どうにか己に与えられた椅子を探りあてた。


 対局相手はまだ来ていないようだった。内心、ほっと安堵する。


 歴戦のあいてと向き合ったまま対局まで時間を過ごさなければならないようなことがなくて良かった。


 かれは楽天家である一方、知らないあいてとの対局に慣れていないところもあった。


 むろん、あいてがだれであれ、戦うまえに負けるようなことは避けなければならないとは思っている。


 アルリオットの席に置かれたふだにはかれじしんの名が書かれ、あいての席のふだには白い文字で「ダリア」と記されていた。


 この名からして、おそらく女性なのだろう。そのまましばらく待つ。


 対戦相手はあらわれない。さらにじりじりと待っていると、やがて、着席を命じる鐘が鳴った。


 次の鐘で試合開始となる。かれのあいては欠席だろうか。それなら四回戦は不戦勝ということになる。


 幸運といえばそうだが、どうせなら戦って勝ち抜きたかったところだった。


 かれはちいさくため息を吐いた。


 しかし、そのとき、ひとつの小柄な人影がかれの貌に差し込む光をさえぎった。


「し、失礼します。遅れました」


 アルリオットが顔を上げると、そこに、ひとつの、いっそ幼いといいたいほどあどけない少女の顔があった。


 おそらく歳は十五、六。行っていても十八は過ぎていないものと思われる。十八歳のアルリオットから見ると年下である。


 むろん、この時代、幼少から仕事に就いて労働することはめずらしくもないが、この歳の女の子が、地方予選とはいえ、〈黒金〉の王国大会に出て来ることはめったにないだろう。


 もしかしたら、アルリオットは四回戦にして与しやすいあいてとあたったのかもしれなかった。


 それにしても、綺麗な顔立ちの娘だ、と、かれは一瞬、目を奪われた。


 アルリオットの目をじっと見つめて来る、その、どこか妖精めいて大きな黒い双眸のために、いっそう子供っぽく見えるのかもしれない。


 首がほそく、華奢な体格で、長く美しい漆黒の髪をそのまま自然に垂らしている。


 この世のものならぬ異界の不思議な生きもののような、浮世離れした雰囲気。


 思わず呆然とそのひとみに見入ってしまった自分に気づいて、かれはちいさく首を振った。


 戦うまえから魅了されていてどうする? しかも、こんな若い娘をあいてに。


「きみが、ダリアさん?」


「はい」


 その少女――ダリアはちいさく、ほんとうにちいさく頷いた。臆病な子うさぎのように自信なさげな態度。


 こんな子がほんとうに〈黒金〉を指せるのだろうか。


 アルリオットは好奇心を刺激された。


 いったい、この子がどうしてこの大会を突破できたのだろう。この場に来るためだけにもそれなりの資格が必要になるはずなのだが。


「失礼だけれど、きみの階級を聞いても良いかな? おれは〈鷲頭獅子〉だ」


「〈小鬼〉です」


 彼女はあたりまえのように呟いた。


 十の公式階級のなかでも最も下の階級だ。初心者やとくべつ才能がない者たちが属する。


 どうやら、見た目通りの実力に過ぎないらしい。緒戦(しょせん)では、このようなこともあるのだろう。


 無駄口を叩いている暇はない。かれは無用な雑念を振り払って頭を下げた。いずれにしろ、やることは決まっているのだ。


「お願いします」


「お願いします」


 ここから、どれほどの死闘が待っているのか、この時点ではまったく予想していなかった。

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