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絶望の中にある物

それを見た時。

ああ。やっと終わるんだなと、安心してしまっている自分がいた。

正直、徳川家康の名前なんて、私には荷が重かったから。

呆気ない人生だったな。

人生一度きりなのに、私は何も出来ていないんだ。

色んなことが浮んだけど、不思議と開放感が全てに優っていた。

武装した人々が声を上げて私に迫って来る。

その足音は地鳴りの様で、その奇声は獣の様だった。


直ぐ側で私を先導してくれていた少女が、私の袖を引っ張り懸命に動かそうとしている。

無理だよ。もう、無理なんだよ?

辛いから、徳川家康の様には私にはなれないから。

出来ない事をやるのはとても苦しいんだ。

だから、やめて。

そんなに必死に私を生かそうとしないで。

私に出来ることなんて、もう何も無いんだから。

もう終わりなんだから、






「・・・・・・・・え?」


諦めて全てを受け入れようとした私を飛び越えた一つの影が、迫り来る軍勢に対して立ち塞がった。


貴方は誰?何でそんな所にいるの?

 

如何してこんなに、貴方の姿を見て安心している私がいるの?






「『ここは一歩も通さない。』」


何でこんな私のために、戦ってくれるの?

















徳川家康に迫る軍勢の前に陣取ったその男に、その場にいた者たちの反応は様々だった。

立花道雪は堂々と迎え撃つ姿勢を見せたその胆力に感嘆し、予想外の事態に中村半次郎は訝しんだ。

その中でも異質な反応を見せたのが二人。

酒井忠次は目を大きく見開き、信じられない物を見たと言った表情をし、田中新兵衛はその男を見て警戒心を最大レベルに引き上げた。








男が右手を前に出す。

甲冑に包まれた右手から光が集い形を成していく、それは長い長い槍。

常人にはとても扱いきれない様なその槍を手に持ち、男は軍勢に飛び込んだ



【一騎駆】


戦場において武士がただ一騎で行動すること。

本来一騎駆は非常に危険な行為であり、無謀という言葉が正しい行いだ。

しかし名のある武将、特に【一騎当千】などと言われる者の中にはその無謀な行いを可能にする者もいる。



その男は迫り来る軍勢に正面切って向かい、槍を横一文字に振り切った。

ただそれだけの行動で何にもの武将が()()()()()


「!?・・・おいおい、どんな膂力してんだよ。どうすればそんな長い槍で人を吹き飛ばせんだ・・・?」


「怯むな!所詮一人だけだ!囲んで仕留めろっ!!」


甲冑の男はそれで止まらず、即座に槍を切り返し攻撃を続ける。

幾人もの名もなき武将が槍を受け止めようとするが、防御した刀の上から槍を叩き込まれ、槍の刃先に触れたものは鎧など存在しないかのように切り裂かれた。

圧倒的な膂力と異常な程長く射程の広い長槍は反則的で誰も近付くこと無く、とうとう男の前に立っていた全ての武将が他に伏せた。

甲冑の男の力は正に一騎当千の物であった。














その姿に涙が出る。

全てを覆すその力。

他に二つと無い頼もしい背中と、あらゆる物を切り開く武勇。

噂には聞いていた。

かつての徳川家康には過ぎたるものが二つあったと。

今の自分の元には無かった者。

生を終えるその時まで()()()()に忠義を尽くした最強の武将。
















戦場がしん、と静まり返る。

誰もがその男に注意を払い、次の出方を見る。

この場の誰もが、今現在この場の主導権を握っているのはその男だと理解していた。

そんな緊迫した空気で、しかしそれを無視して動いたのはーーーーーーーーーーーー



「・・・・・・クハッ、」


目にも止まらぬ速さで田中新兵衛は駆け抜ける。

名もない一回の武将にはただ何かが通り過ぎた事しか気づけないであろう速度。

途中ですれ違った徳川家康(どうでもいい奴)なんぞは意識の外に、本多忠勝に向けて真正面から突っ込んだ。

人生は唯々楽しむ為に。

田中新兵衛は己の生きる理由にそれを掲げ、欲望のままにそれを実行する。


「何だよ何だよ!?面白ぇじゃねぇかっ!!オイオイ!雑魚狩りなんて止めてよ、・・・・・俺と遊べよ長槍野郎ォ!!」


重病人で即座に動くことが出来ない酒井忠次を置き去りに、槍の間合いまで大胆に近づいていく。




槍の間合いに入った。

さあ、どう来るんだ?楽しみでしょうがない!


足を前に進めながら、相手の出方をみる。

と言っても槍ならば振り下ろしか、薙ぎ払いか、突きと言った所だ。

勿論先ほど見た人を吹き飛ばす程の膂力は脅威の一言だが、対処出来ない訳じゃ無い。

と、そこまで思考を巡らせた瞬間には既にーーーーー   

「ーーーーーーは?」


左側から薙ぎ払われており、気づいた時には体は宙を待っていた。


凄まじい砂埃を上げて石垣に叩き付けられた。



「!?、新兵衛!!」


中村半次郎が田中新兵衛に呼びかけるが、新兵衛は瓦礫に埋れ反応を示さない。


「ここに来て新手か。」


あの甲冑、鹿の様な角に金色の数珠を肩から下げた特徴的な姿。

それに何より、あの見事な長槍。

徳川家康の関係者でそんな特徴を持った存在はただ一人。

【東国最強】本多忠勝をおいて他に無し。


「成程。ここに来て徳川最大の手札が蘇ったか。」


立花道雪は事の成り行きを見守りながら、笑みを深める。


「機会があれば一度死合ってみたいものだ。」 











田中新兵衛が本多忠勝に敗北し、静まり返ったこの場で最初に動き出したのは----------------------


「菊!何をしているっ!早く殿を安全な場所に移動させろ!」


酒井忠次だった。

その怒号に徳川家康に寄り添っていた少女がビクンッと反応し、慌てて動き出す。

それを見て中村半次郎が僅かに身じろぎしたのに反応し、槍を構える本多忠勝。

このまま飛び込むのは自殺行為だと踏み止まる。 

チラリと田中新兵衛を視界に入れると、意識が戻ったのか瓦礫を掻き分け抜け出しているが、ダメージが想像以上に重く戦線復帰は難しい様子だ。



形勢はひっくり返った。

それを瞬時に判断すると中村半次郎は本多忠勝から距離を取り、構えを解いた。

そこに砂埃と血で全身を汚した田中新兵衛が並ぶ。



「ここまでだね。もうこれ以上形勢は覆らない、私達の負けだ。全く、新兵衛。君油断し過ぎていたんじゃないの?」


「ッ・・・・・今の一連の流れを見て本気で言ったんなら眼科に行った方が良いぜ。そんなビー玉捨てて使える眼球つけて貰いな。」


「そこまで喋れるなら上等だ。ここは引くよ。」


即座に撤退の意思を示し、田中新兵衛を連れ場を離れようとする。


「なんだ、随分とあっさり引くのだな。人斬りらしく執着するのかと思ったが・・・・」


それに対して立花道雪が心意を見通そうと声を掛ける。


「ええ。引き際は大事ですから。それに-----------」


その問い掛けに中村半次郎は鷹揚に答える。

どこか気の抜けた様な軽い口調で、拍子抜けするほどアッサリと。


「---------執着はしている。一戦一戦にこだわりが無いだけだ。僕達は最終的に仕留められればそれで良い。その目的までの間にどれ程の苦悩が、苦痛が、困難があろうとも、標的(そいつ)を斬れればそれで良い。・・・諦めなんて無いんだよ、人斬りらしくね?」


飄々とした様で開き直る中村半次郎に立花道雪は再度確信する。

やはり気狂い(人斬り)とは相容れない。

分かりきっていた事だけに今更どうと言う事は無いが、これで腕はあるのだから質が悪い。

だが今更それを言っても無駄な事。


「だから今度は殺す。徳川の時代はもういらない。」



彼等は狂った状態が正常なのだから・・・・・












人斬り達が撤退した後、立花道雪は本多忠勝に視線をやったが、特に声を掛けることも無くその場を立ち去った。

今川側の兵士たちもそれに続き。

民衆も無く、先程に比べて酷く静かになったその場には残す所あと二人となった。

前世では深い繋がりのあったこの男達。

酒井忠次と本多忠勝


長い長い沈黙が続いた。


「・・・・まさかお前が現世に蘇っていたとはな、今まで現れなかったのはどういった訳だ?」


口を開いたのは酒井忠次だ。

全身に包帯を巻いた満身創痍の状態で、さらに田中新兵衛との戦いで至る所から血が滲んでいるにも関わらず、それを一切感じさせない穏やかな口調だった。

それに対して本多忠勝は酒井忠次と目を合わせ、揺らぐ事なく真正面から相対している。


「我ら徳川四天王の中でも一際忠誠心の高かったお前だ。家康様が表舞台に立った時、もしお前がこの世にいるのならば必ず家康様の元に現れると、そう思っていた。」


何かを懐かしむ様に一度天を仰ぎ、深く息を吐く。

記憶の彼方から、一つ一つ瞼の裏に思い出を映し出すかのように、時間にして数十秒の間目を閉じる。

そうして一呼吸おいた酒井忠次はそれまで一切変わらなかった表情を歪め、改めて本多忠勝に向き合った。


「・・・・・・話していたのだ。現れたのならば、遅れたのを馬鹿にしてやろうと、・・・榊原ともっ、・・井伊の奴とも話をしていたっ!何故だっ、何故こんなにも遅かったのだっ!?」


話していく途中で、段々と酒井忠次の言葉が乱れる。

冷静を装った言葉が、歪み、悲しみの籠った物へと変化する。

それは酒井忠次という男の人生の悲鳴だった。


「井伊直政は病に倒れたぞ、榊原康政は先の戦争で死んだ。もういない、もう、いないのだ・・・・・、」


友を失った、仲間を失った、そして、力は失いかけている。


「私ももう、長くは無い。負傷もそうだが、何より魂が、武将としての魂が奮い立たん。」


【武将】には終わりがある。

それは物理的な死とは別に魂的な死だ。

著しい肉体的な損傷、又は高齢化により【武将】の力に耐えられなくなった時。

魂が屈服し、今世での意味を見出せなくなった時。

己が魂を燃やしてでも全てを出し切った時など、理由は様々だが、そういった時に魂は終わりとなり、その力を失う。

酒井忠次は現在、肉体的にも精神的にも当に限界を迎えていた。


「・・・・・すまない。」


「それは何に対しての物だ?」


「・・・・・・・・」


その問いに本多忠勝は答えられない。

理由は色々と考えられるが、その全てが本人の迷いに起因する物だからだ。

そんな情け無い事を、綺麗事だとは分かっているが、己の覚悟を通し切った者に言うことは出来なかった。


「いや、意地の悪い質問だった。忘れてくれ、」


忠勝の様子を見て何かを悟った忠次は表情に失望の色を見せながら先の質問を取り下げた。

それはまるで、お前のそんな姿を見たくはなかったと言っているようだった。


「忠次、俺は、」


「止めろ。お前の現状は知らん。知る必要も無い。何よりお前の様子を見て分かった。お前らしくもない、迷いがある。」


その言葉に忠勝は身体を強張らせた。

全て事実だったからだ。

だからこそ、酒井忠次は言葉を続けた。


「だから、最後に私の我儘を聞いてくれ。目処が立つまででいい。家康様を支えてくれ、今の彼の方には支えられる誰かが必要だ。」


その迷いが本多忠勝自身に理由があるのなら、外部から進まなければいけなくなる理由がいる。


「忠次・・・・お前、」


それを察した忠勝は唸るように声を出し、


「話は終わりだ、さっさと行け。」


酒井忠次は背を向ける。

これが俺の生き様だと見せつけるように、覚悟と使命と向き合った【武将】の背を。


「彼の方が待っている。」


「それはお前もだろ?」


「舐めるな、足枷になどなってたまるか。」


その言葉を残し、酒井忠次は徳川家康とは別の方向に歩き出した。

本多忠勝はその姿を目に焼きつけ、歩き出す。

己が支えるべきお方を求めて。

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