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甦った武将は今世の目的を探している。

俺は呪われているに違いない。

初めてそう思ったのは、小学生の時だっただろうか。

最初は少しの違和感だった。

何をやってても物足りない、詰まらない、何かが足りない。

何かやるべきやるべき事があるような気がするのに、それが何か分からない。

子供ながらにそんな事を考えているものだから、俺は常に詰まらなそうにしていたのだと思う。

結果的に俺は孤立した。

幸いにも虐め等はなかったが、クラスからは何か近寄り難い存在とされていた。

何かをした訳では無かったのだけど、そうなってしまった。


そういった環境で生活をしていく中で結果的に俺は、人との繋がり方が分からなくなってしまった。

友達ってどうやって作るんだろうか?

仲間ってどうやって成るものなんだろうか?

何時も気になってはいたのだけど、動き出そうとするとどうも虚しさが胸の内から溢れ出す。

これは心の病というやつなのだろうか?

なんて、思っていた頃。



なんか、唐突に幽霊が見えるようになった。












これは少し昔の話だ。

かつてこの国には【侍】や【武将】と呼ばれる存在がいたらしい。

今までは教科書でその軌跡を読むことでしか存在を認識出来なかった彼等は、ある日を境にこの世界に不思議な力と共に舞い戻った。


具体的に言うと、嘗ての時代の記憶と経験をそのままに不思議な力もセットで現代に転生したのだ。

そんな事が起こったものだから、時代もバラバラ、出身地もバラバラな(つわもの)が甦ってしまったものだから、現代は大いに混乱した。

紆余曲折を経て時代は繰り返すように変化し、所謂。

【第二次戦乱時代】へと移り変わっていったのだ。






・・・・何て色々振り返ってみたけれど、眼の前の現実は変わらない。


変わらず俺の部屋の中で、体の透けているこの男は何も語らずに胡座をかいて座るだけだ。

話しかけてみても反応しない。

おまけに何処に行くにも着いてくる。

これが見えるってことは、そういう事なのだろう。

未だなんの自覚もないことだが、どうやら俺は、何処かの【武将】か【侍】の生まれ変わりらしい。


今日もなんの反応を示さない奴を尻目に朝飯を食い、一人暮らしの家を出て通っている大学に向かう。


いつも通りの朝だ。

なんの問題もない、代わり映えのしない日常。

だった筈だったのだけど。



「おはよう、義隆」


元田義隆(もとだよしたか)俺の名前だ。

この時代には【侍】や【武将】がいるせいか、古風な名前が多い。


「おはよう、上沢。お前も一限か?」


眼の前の友人も名前は上沢新左衛門(かみざわしんざえもん)といい、名前で呼ばれるのを嫌っている。


「今日の現代歴史学の講義レポートやった?」


「やったよ。」


「面倒くさかったよね〜、」


上沢とは大学に入ってから出会い、何度か講義が被る内に話すようになった。

明るく話しやすいので友人も多い、俺なんかにも仲良くしてくれる良い奴だ。









大学の講義の科目、現代歴史学とは主に現代に蘇った【侍】や【武将】といった人達の力や特性についてが主な内容になる。

曲がりなりにも俺自身がそっち側の人間なので、知っておいて損はないだろうと取った講義だ。


「・・・・という訳で、今日は領主と家臣、それと領地拡大の重要性について話をする。」


「先ず領主とは・・・・・・・・」


講義の内容を簡単に説明すると、現代の各都道府県には必ず一人【領主】と呼ばれる人がいる。

【領主】はその土地と契約をする事によって成立し、【領主】がいる限りその土地は加護による繁栄を得るのだ。

この力は持っている土地の大きさによって増減するので、領土というのが非常に重要になってくる。


「次に【領土戦争(いくさ)】についてだが・・・・」


領土戦争(いくさ)】とはその土地の【領主】とその領主によって選ばれた【武将】が戦う代理戦争のことだ。

形式は様々だが、現代の戦争は悪戯に民の命を消費することを悪とし、力を持つ少数で決める形へと移行した。

負ければ領土を奪われるか、属国になるか2つに一つ。

ある意味とてもスマートな決め方だと言われている。



「詰まり、今こうしてこの愛知県で平穏に暮らしていけるのは、【領主】である徳川家康様のおかげであることは忘れないように。」


其処から更に講義は続いたが、今回の講義は初回だったこともあってか常識的な事を復習するだけだったので、軽く聞き流した。















温かいミルクコーヒーを飲みながら行きつけの喫茶店でのんびりとした時間を満喫する。

ゆったりとしたこの時間が最近ではとても心地良い。

高校生の時はおじさん臭い行為と思っていたが、これが中々馬鹿にできなかった。

今では気分転換したい時はこの店に入り浸るようになっている。

まあ、完全にのんびりとは出来ないのだけど、

俺はそっと机に落としていた視線を眼の前に持っていくと、対面の座席に腰掛け腕を組んでじっと見てくる幽霊と視線が合う。

相変わらずなんのアクションを起こす様子もなく、只そこにいる様は不気味だが、なんだかんだ慣れては来た。

未だに名前も知らない仲ではあるが、見えるようになってから暫くずっとこうなので、これからもこの生活が続くのだろうと漠然と考えていたのだが、

突然、幽霊が素早い動きで姿勢を変えた。

丁度コーヒーを啜っていた俺はそれに驚き、思っいっきりむせこんでしまう。


「!?、ッ゙ゴホッ!ゴッ、熱っ熱ちぃっ!!」


「わっ!?ちょっと大丈夫!?」


「ゴホッゴホッ、大丈夫です、恭子さん。ちょっと変な所に入っちゃって・・・・」


俺が噎せたのに驚き、慌てて従業員である化野恭子(あだしのきょうこ)さんがおしぼりを持って来る。

恭子さんとはこの喫茶店に良く通うようになってから知り合った、相手をあわせて適度に距離を取ってくれる接客が好ましい茶髪のロングを後ろで纏めた髪型が特徴の美人で料理が得意な女性だ。

驚かせた事を謝り汚した部分を拭きながら、その原因となった存在に非難の目を向けるが、その相手はある一点を見つめて、まるで此方の視線など気づいていないとばかりに微動だにしない。

今までなんの反応も示さなかったこの幽霊が一体何を見ているのか?

気になって幽霊の視線を辿ってみると其処には小さなテレビがある。

丁度やっているのはニュースのようで、内容は・・・・・・



「ああ、それ。驚いたよね?」


「恭子さん?驚いたって何がです?」


「そのニュースの事。まさかこの愛知県が領土戦争(いくさ)をするなんてね。今まで何処か遠い場所の出来事だと思っていたから、いざ自分の住んでいる街が戦争の舞台になるなんてちょっと信じられないよね。」


恭子さんの言葉を聞きながらテレビを見れば、其処には領土戦争をするにあたっての愛知県側の大将である徳川家康様が会見を開いていた。

写っているのは女性、それも20歳かそこらの年若い美女だ。


「これは、大変なことに成りましたね。」


「本当にね。はあ、これからどうなっちゃうんだろ。」


頬に手を当て困ったわ、とため息を吐く恭子さんを尻目に眼の前の幽霊を見る。 

喫茶店の座席の上で正座をし、じっと動かない幽霊は片時もテレビから目を離さなかった。

















「どうすれば良いのだっ!?こんな時期に【領土戦争(いくさ)】だとっ!?そんな余裕などある物か!!」


「榊原殿。お気持ちは分かるが少し落ち着かれたほうが良い、冷静さを欠いては勝てるものも勝てなくなってしまう。」


「勝てるものも?勝てる要素など何処にあるっ?今の愛知県の現状が分からない訳でも無しに、・・・・勝算など、」


此処は愛知県内にある、立派な日本家屋の一室。

【領主館】その内の一つである会議室だ。

日夜重大な決定事項を議論し合うこの場において、常とは違う静けさと、重苦しい沈黙だけが場を満たす。


怒鳴るように声を出したのは榊原康政、それを制止したのは酒井忠次。

二人共が前世から徳川家康の家臣として尽くして来た忠臣である。

その他にも今回の【領土戦争】について各々が口を開くが長くは続かず、徐々に口数は減り、遂には誰も口を開く事が無くなってしまった。


そんな家臣達の姿を見ながら歯痒そうに唇を噛みしめるのは、未だ年若き美女、愛知県【領主】徳川家康だ。


(私にもっと力があれば、ここにいる家臣達を認めさせられる何かがあればっ、)


心中で幾ら嘆いても現状が変わることは無いのだが、そう思わずにはいられない。

今の愛知県が抱える問題が多すぎる、それは未だ若く、その内なる才能を開花させる事が出来ていない彼女には到底解決させられるような物ではなかった。
















大学の帰り、義隆と上沢は二人並びながら帰っている。

ここ最近は都合が付かなかったが、今日は互いに予定が無く久しぶりに一緒に帰ることになった。


「えっ?領土戦争で愛知県が勝てるかだって?」


「そうそう。もう明日だろう?実際どうなのかなって思ってさ、」


「義隆ってば、そんな事も知らないの?自分の県だよ、一般常識でしょ?」


「うっ、面目ない。今までそういうのに興味無くて、全然知らなかったんだ。」


話の話題は絶賛連日放送が流れている領土戦争について、というのも実はその開戦日が明日に迫っているのだ。 


「う~ん。確かなことは言えないけれど、勝つのは凄く厳しいと思うよ?」


「え、?厳しいのか?でも徳川家康って言えば最後に勝って戦国時代を終わらせた武将だろ?」


「最後に勝ったのはそうだけど、戦国時代を終わらせたのは徳川家康じゃなくて豊臣秀吉でしょ。」


「そ、そうだったか?あはは、」


「何も勉強していないね。どうやってうちの大学に入ったのさ。全く。」 


やれやれという風に首を振る上沢に苦笑いで誤魔化すと、上沢は呆れたという様に一つ溜息をついてから説明をしてくれた。


「いいかい?今の愛知県は色々と問題があるんだよ。言い出したらきりが無いけれど、特に問題なのは徳川家家臣である【武将】達の高齢化だね。」


「高齢化?でも武将はその不思議な力で全盛期と同じ動きが出来るんだろ?」


「それはそうだけど、その力はあくまで器となる肉体があっての物なんだ。如何にその力が凄いと言っても、肉体が衰えれば引き出せる力も落ちてくる。今の徳川の武将は軒並み高齢なんだよ、それというのも今世の徳川家康様は生まれるのが()()()()()()。」


「遅すぎた?」


「そう。具体的には家臣達と徳川家康様は生まれるのに数十年ののタイムラグがあった。やっと【領主】になれた頃には既に家臣達は初老に差し掛かる年齢で長くは仕えられない、これが一番大きい要因なんだ。」


「最悪じゃないか、」


「そりゃもう、最悪も最悪だよ。そこに駄目押しで世代交代が上手くいかなかったと来れば、もう絶望的って訳さ。」


額に手を当てて大袈裟にやってしまったというジェスチャーをする上沢は、しかしこれで終わりでは無いと言う。


「世代交代が上手くいかなかった?」


「そう。愛知県内にいた武将達がこぞって他県に出ていってしまったんだ。知っての通り徳川家康様は戦国時代の後、約260年の安寧の時代を築いたんだけど、今世においてはそれが裏目に出たんだ。」


「裏目?」


「要するに出る杭は打たれるってやつだよ。一度成功した徳川家康様を他の領主達は決してほっとかない。詰まり我等が領主、徳川家康様は今や一番命を狙われる立場にあるって事。」


「まさかそれに恐れをなして逃げたのか?武将達が?」


「さあ?それは本人達にしか分からないけれど、理由はそれだけじゃ無いだろうね。前世で色々と恨みは買っているだろうし。」


本当にヤバイよね、と何処か他人事の様に話す上沢を横に、聞いた内容を整理する。

色々と考えてみるが、どう考えても詰んでいる。

その後は上沢と関係のない話をしながら帰った。


















上沢と帰ったその夜、領土戦争のニュースを見てから何処となく上の空であった件の幽霊に俺は話し掛けていた。


「なあ、おい。」


何時も俺を監視するように、付かず離れずの距離感でただ其処にいた武将(こいつ)は、ここ最近ずっと何かを考えるように、何かを堪えるようにただ胡座で俯くようになった。

最初はその変化も気にならなかった、元々交流があった訳じゃない。

喋るのかすら分からないような相手だ、気にするような事では無いと思っていた。

がそれにしても、


「お前、気になるのか?今度の領土戦争が。」


ガチャリと僅かな反応で鳴った鎧の音がその答えを物語る。


「どうしたいんだ、お前は?」


俺の問に無言で顔を上げて視線を合わせて来るそいつは、然し何も答えず再び顔を下げた。

未だそいつの中に明確な答えは無く、沈黙を保った。

普段ならそれで話を終わらせていたのだが、今日は何故か、そう、偶々口を衝いて言葉が出た。


「そうか。後悔はしないようにな。」


俯くそいつに何故か過去の自分が重なったように見えて、そんな訳が無いのに声を掛けた自分に対して馬鹿馬鹿しいと息を吐いた。


















厳かな雰囲気の一室で、男は隣に立つ人物に目を向ける。

向けられた人物は背が高く一見ひょろっとしているようで、背の伸びたその佇まいがただの優男ではないと物語る様な、全体的に胡散臭い男だった。


「向こうの陣営はどんな様子だ?」 


「仕入れた情報では、既に民の間では勝つのが難しいのは明白だとされているようです。」


豪華な椅子に座り、ガッシリとした体格と豊かに蓄えた髭が印象的な男、徳川家康に【領土戦争】を仕掛けた人物、今川義元(いまがわよしもと)はその雰囲気通りの低い声色で男へと問いかけた。


「そうか。・・・・家康も落ちたものだ。かつては天下人として時代を作り、以降の安寧の時代を築いたというのに、今では窮地に立たされる立場か。」


何処となく憂いを帯びたような表情をする義元に、男は意外そうなものを見たという反応をする。

過去の歴史を辿れば見下していても不思議ではないからだ。


「おや?貴方が徳川をそれ程までに評価しているとは、」


「何だ?意外か?」


男の反応は予想の範囲内だったのか義元は動じず、懐から取り出した煙草に火をつけてゆっくりと煙を吸い込む。


「ええ。正直に言えば侮っているのでは無いかと思っておりました。」


「は、侮る?それは皮肉か?敵を侮って全てを失ったこの私に対して?お前でなければ、そんな口を開こうものなら問答無用で処刑していたぞ?」


「おや、これは失敬。」


男の言葉が癇に障ったのか、義元は先程までと違い苛立たしげに煙を吐き出した。

明らかに地雷を踏み抜いたのを見て取った男は、飄々とした仕草を納め話題を変える事にした。


「然し、我ながら良く雇えたものだと思います。今の徳川への戦力としては過剰戦力ではないですか?無駄な出費にならなければよいのですがね。」


「【人斬り組】か。いや、此度の領土戦争は幾ら掛けようが万全の体制で行く、その価値があるからな。お前も分かっているだろう?」


「ええ、徳川家康の討ち死に。それは正しく過去の歴史を繰り返すのではないか、という固定概念への叛逆に等しい行為。過去との離別、そして誰も分からぬ新たなる歴史への舵取りとなる。・・・・いやはや、口にすればする程荒唐無稽な話ですね。」


「だが事実だ。過去の歴史がある以上、奴はまだその運命にある可能性がある。ならばそれを断ち切らねばなるまい。」


「作用でございますか、ならば私も微力ながらお力添えをさせて頂きます。」


恭しく頭を下げ、義元への忠義を示した男は終始笑顔であった。

その様子から不気味なものを感じ取った義元であったが、此度の戦のために使えるものは何でも使うと決めた彼は、敢えてそれを見逃したのだった。















「では、これにて失礼いたします。次に会うのは戰場で、」


そう言って扉を締めた男はため息を一つ吐くと、首元のネクタイを緩める。

どうもこのネクタイというのは性に合わない、まあスーツ事態のキッチリとした感じも嫌いなのだけど、それは言ってもしょうがない。


広い館内を歩き出し出口へと向かう。

今川義元は本気だった、本気で家康を終わらせようとして来ている。

頭の中に今の愛知県の現状が流れる、武将の枯渇、老化、戦力的にも戦略的にもどう考えても勝ち目はない。

それに今回の領土戦争はとても注目度が高い、これはある種徳川家康が持つ者なのか、それとも唯の運命に担がれた凡愚かを知らしめる事になる一戦といって良い。

とても勝ち目があるとは思えないこの中で、あるいはそれを拾えるのだとしたら、それは本物だ。

それにしても、


「全く、世界は何度やり直しても汚れが目立つ。やはり三度目が必要だ・・・・・・。精々気張れよ、徳川家康。何方に転んでも俺にはメリットがある、この世の行く末を見定める指標になってくれ。」


俺の歩むべき道のために・・・・


















そしてその時が来た。


【領土戦争】開幕----------------



今回の領土戦争は愛知県内を使って行われる。

これは攻め込んて来た側の今川義元の要求を徳川家康が呑んだからだ、断れなかっただけかも知れないが地の利がこちらにある事には変わり無い。


「出来るならばこの地の利を活かしたい所だが・・・・」


辺りを注意深く探りながら、酒井忠次はゆっくりとその歩みを進める。

利き手の右は刀の柄に添え、何時でも抜き放てるように緩く構える。

常に力を入れていては身体より先に精神がまいってしまう。


「榊原殿も少しは気を緩められると良いのだかな、事ここに至ってはそうも行かんか。・・・殿にも心労をかける、情けない事よな。」


軽く独り言を呟きながらも、酒井はその歩みを止めずにその施設の中を油断無く練り歩く。

場所は名古屋駅直通のデパート、酒井自身も何度か足を運んだ事のある場所だ。

それな加えて、【領土戦争】が決まった際に入念に下調べはした。

地の利は間違い無く此方にある。


そう自分に言い聞かせながら、脳内で今回の戦に向けての作戦会議を思い出す。







今回の【領土戦争】は混戦形式だ。

代表者は六人。

其々の代表者がこの愛知の【領主】である徳川家康の【領主権限】によって、各一名ずつがランダムに近い場所に送られる。

そこで一対一で決着をつけるもよし、仲間と合流するのを優先するのもよしだ。

だが、早々に決着がついてしまった場合が問題だ。

決着がつき勝者がまだ万全に戦闘が出来る状態であった時、味方の加勢に入る事が出来るのだ。

だからこそ最善は勿論勝利だが、最悪の場合でも相手に深傷は負わせなければいけない。


となれば、



煌めく銀閃が差し込む光を断ち切る様に背後から襲い掛かる。が、それを武将としての能力によって顕現させた刀で防ぐ。

今は考える事は一つ。


「早々に決着をつけて、他の加勢に行かねばな。」


「お前にそれが出来るかよ、爺。」


にぃ、と獰猛な笑みで答える襲撃者は刀を弾き、仕切り直す様に距離を取った。

その一連の動作を見て酒井は己の浅はかさに嫌気がさすようだった。

成程・・・・早く行かねばならんが、そう易々と勝てる相手では無いか。

分かってはいたがこの戦、少しばかり骨が折れるな。























夜の様な静かさから幽霊の様に静かに、されど死神の様に確実にその刃は榊原康政の肩を切り裂いた。

恐ろしい程の抜刀の速度、明らかに人を殺す事だけを磨き続けた侍。


「が、っ!?貴、様何奴だ。・・・今川に、お前の様な奴などいるはずが、」


「五月蝿いな。」


刀が翻り、その軌跡を辿る様に男、榊原康政の体から血飛沫が舞い散った、


「私はただの雇われだよ。それ以上でも以下でも無い、勿論徳川家康に思う所が無い訳じゃないが、今更それを言ってもせんなき事。」


「ならば何故?この様な場に出向いた!?貴様の思惑は何だ。」


「特に何も。大義や思想などは前世で嫌と言うほど掲げ切った。今の私は唯、私の為だけに殺す人斬りだよ。」


「外道がっ!!」


未だ傷から血が流れ出る身でありながら榊原は、刀を握り目の前の男に突き進む。

愛する故郷の為、敬愛すら己が主君の為、決してこいつだけは倒すと誓い-----------



それは易々と破られた。


「良い剣だ、が私には届かないな。」


軽い調子の言葉とは裏腹に鋭い刀の閃きが、榊原を容易く斬り捨てた。


「斬り捨て御免。」


そう呟き、刀を振って血を払うと納刀する。

何の感慨も無く、ただ作業の様に繰り返されてきたかの様な動作だった。

男は自らの剣術に大きな自信を持っている様で、榊原の様子を確かめる事なく歩き出す。


「・・・・待、て。」


「!」


その声に足を止め、男はゆっくりと振り返る。

そこには血に塗れながらも刀を杖に起き上がろうとする老体が。


「・・・仕損じたか、私の腕もまだまだだね。前世には程遠い、それとも貴方の執念が死ぬ事を許さなかったのかな?」


「唯で死んでいたら、酒井の奴に何を言われるか分からんだろうが、」


「そりゃあ怖い。私も周りに置く人間には気をつけないとね。」


ヘラヘラと中身の無い会話をしながら互いに警戒を最大限に様子を見る。

榊原は己に残された時間の中で確実に決める為の隙を、男はその思惑を見抜きながら、逆転の一手を許さぬ為に。

然し、万全な状態の男には一部の隙も見つけられない。


「貴様、名は?」


「何だ、藪から棒に。」


榊原の底知れぬ執念に警戒を強めていた男は、突然のその言葉に首を傾げる。

男にはそんな物を聞いてどうするのか理解が出来なかった。


「今から殺す相手の名は知っておくのが作法と言う物だ。」


「下らないな。・・・私はただの人斬りだよ、それ以上でもそれ以下でも無い。既に斬った相手の名なんて知るだけ無駄だろう?」


その男の言い分に榊原は溜息を一つ吐いた。

ここが戦場でなければ、これだから最近の若者は、なんて言葉が口から出ていた事だろう。


「そうか。俺は【榊原康政】、唯の忠臣だ。」


「あっそう。」


三度互いの刀が閃き、榊原は今度こそ立ち上がる事は無かった。




















名古屋城敷地内


「!?康政・・・っ!?」




徳川家康はそこで領主に与えられた権限である【領主権限】により、榊原康政の討ち死にを理解した。

今世において幼い頃から自分の面倒を見てきた榊原康政の死を前に、家康は激しく動揺した。


場所は敷地内に展開された天幕、その中で宿敵である徳川家康と今川義元は向かい合う様に一つの卓を挟んで座っていた。


今回の領土戦争は互いの領主は参加しない、家臣達による戦いだ。

よって領主はこの戦が終わるまで出番は無く、領主権限でこの場からリアルタイムで観戦をする事となる。

のだが、



家康は既に椅子にへたり込んでいた。

顔からは生気が薄れ、動揺により荒い呼吸と止まらぬ汗が現状の絶望的な姿を如実に表している様だった。

だが、それも仕方ない事なのだ。

卓の横、家康と義元の横に浮かぶ戦場の映像。

その上にはそれぞれの陣営の名前と生存数がかかれている。

徳川側は既に残っている武将は一人、酒井忠次のみ。

対して今川側は六人。

今川陣営は一人も減らぬままに徳川の武将達を倒してしまったのである。

既に勝敗は決した様な物であった。


「無様だな。」


その言葉にびくりと家康の華奢な身体が反応する。

まるで狩られる寸前の小動物の様なその姿に、益々重い息が吐き出された。

 

「俺はかつて忌々しいあのうつけに負けた。海道一の弓取りとも呼ばれたにも関わらず、俺はそれはもう呆気なく終わったのだ。」


噛み締める様に紡ぐ言葉の一つ一つが、確かな感情を伴って吐き出される。

そこには当人にしか分からないであろう重みがあるのだと家康は感じた。


「故に今世において俺は一切の妥協はしないと誓った。誰であろうと容赦無く潰す、立ちはだかるならば殺し尽くす、どの様な障害も乗り越える。その気概で生きてきた。」


そこで言葉を切りギロリと鋭い眼光が家康を捉えた。

それを察知したのか俯いていた家康が再度身体を短く揺らし、義元の顔を漸く見た。


「何だそのザマは。かつて、前世で俺の所に人質に来ていた時にも、お前はその様な腑抜けた顔はしていなかっただろう。その後は知らぬ、知らぬがお前は確かに天下を取ったはずだ。」


段々と言葉に熱が入る。

積年の感情が腹の底から湧き上がる。

義元の気迫に押され唾を飲み込み、それでも何も言えない家康に込み上げる怒りのまま口に出す。


「何だその体たらくは、ここは戦場だ。やる気が無いなら帰れ。怖いのならば逃げろ。戦えぬお前に価値などない。」


どうしても抑えられぬ物だった。

今世の目標に据えていた人物の一人だった。

かつては己の方が優位であったとはいえ、最後にあった事実は負け犬として終わった自分と勝ち切った家康。

あの世で知った際には腑が煮え返る思いだった、二度目の生を得てお前がいないのを知って落胆した、お前が生まれたと聞いた際には天啓だとすら思った。

お前を討つのは自分を置いて他に無いとまで思った。

それなのに肝心の家康がこんな腰抜け。

最早笑えてくる。


だが、こんな状況になっても家康はその席を離れなかった。

だからこそ、言葉をかけたくなった。


「・・・・・逃げないか、その意気や良し。ならばその姿を見せるな、そんな見っともない姿をーーーー」


「・・・・らない、」


「ーーーー何?」


「らない・・・分からない。正解は一体なんだったの?私は、一体どうすれば良かったの?」


義元はそれに目を丸くした、突然声を出した家康にも確かに驚いたが、それよりも話の内容にだ。


「それを敵に聞いてどうする。正解などあるものか、戦いは何時の世も無情な物だ。正しいだけの答えなど無い。」


あまりにも弱々しい言葉だ、決して大将が溢していい言葉ではない。

それが敵であるならば尚更。

なんと言う事だ、これ程までに器では無いのか?

これが本当に世に聞く徳川家康の姿なのか?

隠しきれない失望が胸の内を覆う様に広がっていく。

義元の方から仕掛けた領土戦争だったが、もうこれ以上この戦に価値を見出せなくなった。

義元はそれ以上家康を見ない様に戦場を移したモニターに目を向けた。


















テレビから流れるその映像に義隆は無意識に唾を飲み込んだ。

領土戦争が始まってそんなに時間も立たないと言うのに既に二人、徳川側の武将が敗北をしてしまっていた。


「おいおい。どうなってんだよ、こんなに一方的になる物なのか?コレじゃあ勝ち目なんてまるで無いじゃ無いか・・・・」


領土戦争はその地域の今後を左右する大事な戦だ、その為その地域の領民には戦を観覧する権利がある。

例えば義隆がいましている様にテレビで見るなども可能だ。

現在の状況は最悪の一言に尽きる。

既に戦況は今川側に傾いている。

人数の上でも、今現在も戦っている武将達のパッと見た強さでも明らかに徳川側は不利だった。


「どうなっちまうんだ。このまま一方的に負けて終わりなのかよ・・・・、」


映像に夢中で義隆は気付かなかったが、徳川側が不利になる度に鎧の男は僅かに反応を示した。

それから更に時間が経ち、徳川側の武将がどんどん討ち取られていき、遂に徳川の武将の中でも一際有名な榊原康政が討ち取られた。

その時だ、


ガタッと、それまで何事にも干渉をしてこなかった鎧の男が立ち上がった。


『小僧。お前の体を貸してくれ。』


初めて聞く鎧の男の声と脈絡も無い突然の願い事に驚いたが、義隆はその驚愕を何とか飲み込み答えを出す。


「え、やだ。・・・・・・」


空気が死んだ気がした。


















甲高い金属音が何度も響き、それと共に腕に掛かる疲労が己の限界を教えてくる。

もう長くは持たない。

酒井忠次にそう悟らせるには十分だった。


「しぶといなぁ、爺。そろそろ諦めた方が身のためだぜ?世代交代の時期が来たんだよ。・・・大人しく生き絶えてろやっ!!」


「くっ、・・・此奴っ!?」


(ここに来てまだ調子を上げてくるか!?)


戦が始まって丁度一時間程が経ったあたりか、酒井の体には無視出来ない程の疲労が溜まっていた。


(若い頃ならば問題なかった。だが、俺も歳をとり過ぎた。)


武将は基本的に前世と同じ力と技量を発揮出来る。

体格や骨格の微細な違いはあれど、武将の生まれ持つ力がそれを可能とする。

更に生前の武器や装いまでも形作り、過去に語られた逸話通りの力を発揮する、正に今や武将は国に無くてはならない貴重な戦力なのだ。

だが、その様な大それた力を発揮するには、勿論それ相応の負担がある。

それは体への負荷と大幅な体力の消耗だ。

現世の酒井忠次は現在53歳、もう戦を戦い切る体力は残ってなどいなかった。



「どうした、どうしたよ!?段々腕が上がらなくなってきてねぇか?おい!もう限界かよ!!」


「ぐっ、っつ。・・・舐めるなよ。お前のような若造にはまだまだ負けられんさ。」


「良いぜ、まだまだ行けるじゃねぇか爺!!」


苛烈な感激が縦横無尽に迫り来る。

左上からの振り下ろし、空いた胴への横薙ぎ、時折混ざる拳や蹴りなどもあり非常にやり辛い。

それに加えて、

酒井が僅かに刀を握ると、それを即座に察知したように振るわれる刀。

先程から何度も行われたこちらの出出しを挫くこの動作、完全に動きを読まれている。


(恐るべくはその才能。この僅かな時間で確実に此方を学習している。)


しかも、


グンっ、と打ち合いの最中に通常ではあり得ない程に男の体が沈み込む。

それは戦場ではまずあり得ない動き、突然の事に刀が空振りするのと同時に本能が最大限の警戒を知らせてくる。

(不味い、これはただ避ける為に苦し紛れに行った回避では無いっ。これは、余りにも深過ぎる()()()()!?)


「シャアッ!!貰ったぜ!!」


度を越したほどの下段から迫り来る凶刃が、これは避けられない事を予感させた。

刀は空振った、切り返すのは間に合わない。


「取ったァッ!!」


男の刀が振り抜かれ、周囲に鮮血が飛び散った。















「忠次!?」


悲壮な、いっそ憐れみすら抱かせる程のそれは、まるで親と逸れた幼子を思わせる様な頼りない声だった。

画面の向こう側で信頼していた者達が、一人、又一人と倒れて行く。

それを受け止めるには今の徳川家康は酷く幼くちっぽけで、何より大将の器では無かった。


「・・・・これで最後の一人も終わりか。」


今川義元はポツリと、そう言葉を漏らし、余りにも呆気ない終わりに拍子抜けした様に椅子に背を預ける。

振り返って見ても何も得るものもない戦であった。


既に決着は着いた。

義元はこの戦に乗り込んだ時より幾分か力の抜けた体をゆっくりと椅子から上げ、せめて最後を見届けるのが武士の情けと画面に目を向ける。












辺りに散った鮮血の中で、男は驚きに目を大きく見開いた。

目の前の一人の男は、酒井忠次は胸の中心辺りから血を流しながらも未だその闘志を漲らせ、構えを崩さず真っ直ぐに此方を睨み付けている。

まだまだやる気である様だが、直ぐに反撃に出る様子は無い。


「・・・。」


忠次の胸の傷と己の刀を交互に見て、先程の一連の出来事を振り返る。

本来ならあり得ない様な超下段からの斬り上げ。

刀を戻すのは間に合わず確実に取ったと思ったタイミングだった。

だが、忠次は生きていて、流れた血の量も少ない、手応えも小さかった。

理由は簡単だ、確実に取ったと思ったあの瞬間、俺は忠次(アイツ)だけしか見ていなかった。

それがいけなかった。

俺が取ったと思って油断したその瞬間、アイツは腰に刺していた鞘を引き抜き、俺の刀の側面に叩きつけたのだ。

それによって刀の軌道が変わり、傷が浅くなった。


「・・・してやられたな。確実に取ったと思ったぜ、俺はよ。」


「ハハハ。気をつけろよ?歳を取ると悪知恵の一つや二つは自然と身に付けるらしいからな。」


「何はともあれ、仕切り直しか。良いぜ爺、俄然お前を殺したくなった。」


「物騒だな。が、どうやらそうもいかないらしい。」


「アン?」


コツコツコツと、二人だけの空間に別の足音が響く。


「新手か。これは骨が折れる。」


「骨だけで済めば良いけどね?」


ヘラヘラと軽薄に戯ける様に、感情を余り感じさせないその男は現れた。

消耗した様子は無い、唯その袖に黒く変色した血をつけて、敵意を感じさせない不気味な出立ちで男は笑っている。


「誰かがやられたか。これは少しばかり部が悪いな。」


「果たして少しだけで済むのかな?」


ここからどうするか?

酒井が二体一では勝ち目が無いと思考をした時、不意に後ろから複数の足音が聞こえてきた。


「・・・・何?」


それはあり得てはいけない可能性。

考えない様にしていた最悪の現実。


「出遅れたか。」


「いいや、タイミングバッチリですよ?」


そこにいたのは新たに四人の敵の武将達。

その先頭に立つ和装の女が代表して話を振った。

この場に()()の敵が集結した。

それぞれの話からして逃げてきた様子では無い、であれば。


(皆、逝ったか・・・。)


討ち死にする可能性が高い事は重々承知だった。

勝てる希望の無い戦だと、皆分かりきっていた。

それでも立ち上がったのは一重に、主君の、この故郷を思うが故。


刀を握る手に力が入る。

口惜しいな、やはり前世の様には行かないか。

この戦に出た同胞たちの顔が目に浮かぶ。

実に気のいい奴らであった、死ぬには惜しい。

出来るならば、ずっと殿の元で生きたかっただろうに。 

皆愚か者だ、俺も含めて・・・・




「・・・・・ならば。最後にせめて、一矢報いるのが俺の務めよ!!」


刀を構え、一歩を踏み出す。

例えその刃が届かなくとも、この人数を前に敗れようとも、それを理由に諦めていい訳ではない。

俺は俺の勤めを果たす。



「嗚呼アアアアアァァァァッッ!!」


男達が構える一部の隙もない構え、だが関係無い!

当に覚悟は決め切ったのだ、恐れる必要は無い。

最後は武士として、戦さ場に散って見せようぞ-------





ピイィィィィィィィ!!!!!!


戦場に突如警報音が鳴り響く。

『決着!!決着!!愛知領主、徳川家康の降伏により、三重県領主、今川義元の勝利!!』


戦場全体に響き渡る様に幾たびもそのアナウンスが繰り返される。


「なっ!?・・・馬鹿な、降伏・・・・?」


酒井は唖然とその場に立ち尽くす。

目の前に敵がいるのも忘れて、理解出来ない現状に動けない。

そんな隙だらけの酒井に敵方は襲い掛からず、仕事は終わったとばかりに背を向けて去ろうとする。


「何だよ!?俺はまだ満足してねぇぞ!!」


「はいはい。満足していなくても終わったものはしょうがないでしょ。タダ働きはゴメンだよ。はい、撤収。」


領土戦争は最悪の結果で幕を閉じた。











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