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貴女と紡ぐ、御伽話の序章

作者: きりぞら


 

 迫る夕闇の中、人気のない路地裏で相対していた二人の人間。


 その片方がふと、全身から力が抜けたように気を失い倒れる。やがてその口からは魂と黒いモヤが立ち昇っていった。もう一方、薄手のコートを羽織った長い黒髪の女は、ようやくといった様子で両手に持った銀色の銃を懐へ収める。



「手こずらせやがって。さっさと一発殴らせろ、物ノ怪(モノノケ)



 黒いモヤは複数の腕に鋭い爪、人体なら簡単に貫くであろう鋭い牙を生やしていく。そしてあっという間に大きな二足歩行の怪物へ形を変えてしまった。



「浄化師ト言ウノハ、オ前カ」



 怪物が幾重にも感じられる不気味な声で人の言葉を発せば、女は眉間の皺を増やして呟いた。



「浄化師? そんな大層な名前つけてもらってるのか、”わたし達“は」


「同胞ノ無念、晴ラサセテモラウ!」



 怪物が腕を大きく振るい、女に襲いかかる。それは建物の壁や換気扇など、現実のものを直接破壊することはない。しかし、今目の前にいる女がそれをくらえばただではすまない。事実女は怪物の攻撃の間合いを見極め、躱しつつ攻撃のタイミングをうかがっていく。



「デカブツが」



 漏れる舌打ち。戦闘場所を選ぶのは彼女自身だが、事情を考えるとどうしても大抵狭く動きにくい場所になってしまう。

 そして今回は相手が想像以上の巨体であり、今のように大きく動かれていては上手く隙がつけない。



「このままだと、タイムリミットが先か」



 黒いモヤは被害者の魂と共に出てきているため、時間がかかりすぎれば被害者の体と完全に分離してしまう。女は怪物を真っ直ぐに見据えて後退し。


 信頼に値する、自身の相棒を呼ぶ。



「頼んだぞ、マヤ」


「わかった、イオ!」



 返答と同時に女の影から飛び出したのは、リボンタイの制服にスカート。手さげ鞄を肩からかけた、可愛らしい女学生。

 マヤと呼ばれたその少女が怪物の前に現れると、瞳を輝かせながら両手を広げた。




「さあ可愛い子、おかえりの時間だよっ!」




 __パンっ。





◆◇◆



 ……人に弱さがある限り、物ノ怪(ヤツ)はどこにでも現れる。


 被食者は知らず知らずのうちに魂を乗っ取られ、弱った心を喰い荒らされて。終いには体も操られ、絶命を選ぶ。その前に魂ごと引きずりだし、迅速にヤツの浄化だけを行うのが、わたし達の仕事。



「本日の浄化について、報告します」



 今日もとある街の片隅、人知れず存在する事務所。わたしが机越しの上司に報告をしている間、マヤはちょこまかと事務所内を歩き回っている。



「今回の物ノ怪は、従来のものと同等以上。被害者への精神汚染だけでなく気絶耐性の強化もあり、魂を引きずりだすところからかなり手こずりました」



 カタカタとキーボードを打って仕事をこなす他の職員の後ろで、ぴょこぴょこと跳ねだしたり。



「ヤツは姿を現してから三メートルは超える巨体に変化し、複数の腕を鞭のように振るいました。そして……」



 机上にあるマーガレットの花が装飾された小さな置物……ひっくり返せば何回でも時間を測ることのできる砂時計を勝手に触り、持ち上げてきらきらとわたしを呼びだして。

 


「ねえ、イオ! これって物ノ怪みたい、可愛い!」


「……。わたし達のことを『浄化師』と認識して警戒しているようで、隙を一切見せようとしませんでした」



 砂時計の砂をモヤに見立てたのか? どうにしろ物ノ怪は可愛くはないだろ。……こういう時、マヤとは目を合わせない、返事も突っ込みもしないのが最適解だ。そうしていれば置物を元の位置に戻し、とぼとぼと定位置に収まる。



「わたしの浄化方法では時間がかかる。そう考え、帰宅途中だったマヤに浄化を担当してもらいました」



 しかし今回は一筋縄ではいかない。マヤが活躍したという報告をすれば、テンションを取り戻したのかわたしの背後にまわり。頭の上にいきいきと両手人差し指を立てた。



「イオとあたしはーっ、浄化の鬼ー!!」


「ヤツらの危険度は、日々増しています」



 最早意味がわからない。オマエもわたしもガキじゃないんだから。



「……」


「あはは、きゃー!」



 意図を含ませた沈黙に気付く聡さはあるらしく、マヤはわざとらしく悲鳴をあげて逃げていく。報告そっちのけで追いかけようとしたわたしの腕を掴んで止めたのは、目の前の上司だった。



「まあまあ。いいじゃないか、元気があって」



 彼は一見落ち着いた、いかにもできる大人。穏やかで諭すように話しているが、その目の奥ではわたし達のやりとりを面白がっている。長い付き合いだから、ハッキリとわかるんだ。



「……アイツを甘やかさないでくれますか?」


「どうして、可愛い子に好かれるなんてこれ以上ないことだろう?

 しかも彼女は花のじぇーけー真っ只中だ。そんな子を夢中にさせてしまったのだから、ちゃんと責任はとらないとな、イオ?」



 その口から飛び出したとんでもない勘違いに、呆れさえ覚えた。あと慣れない略語は使おうとするな、普通に花の女子高校生と言え。



「アイツは仕事を共にする相棒です。一時の共闘をこれ以上、彼女に色恋と勘違いさせるような真似は……」



 否定を口にしようとしたわたしの前にサヤが飛び出し、上司にぺこりと一礼する。



「どうも、イオの将来の伴侶です。よろしくお願いします!」


「こちらこそイオを頼んだよ、マヤ」


「おい?」 



 ふざけるなマヤ。そして当たり前のように返事をするな上司。



「いやあ、正直不安だったんだぞ。イオは将来の伴侶なんて言葉からは、かなりかけ離れた一匹狼だからなあ」



 上司ッ!



「そろそろセクハラで訴えますよ。それにわたしには別に将来を約束した人がいます」


「おっとそれは失礼。しかしその銃を使うなら話は別だ。お前が被告人になるぞ、イオ」


「スミマセン?」



 わたしはつい銃を上司の額へ突きつける姿勢をとっていたが、最早慣れられてしまっている。銃での脅しに慣れられるって何だ。そもそもこの国で銃を携帯することも本来ならば……これ以上は考えない方がいい。



「あっ」



 ふと、事務所の時計を見たらしいマヤが声をあげる。



「どうした、マヤ?」


「あたし友達とお泊まり会の約束してたのよ! 早く帰らないと集合に遅れちゃう!」



 彼女は数日前から、女子同士のお泊まり会がありとても楽しみにしているのだと言っていた。彼女はウキウキとした様子でわたしの隣へ駆け寄ると、後ろ手に鞄を持ち、無邪気な笑みで見上げてくる。



「だから今日は一緒に帰れないし、明日もお休みをもらうわ。……嫉妬してくれたりする、イオ?」


「嫉妬する要素なんてないだろ。わたしは明日もいつも通り物ノ怪を浄化するだけだし、オマエの本業は高校生だ。めいっぱい楽しめばいい」



 そう伝えれば、マヤは拗ねるように頬を膨らませて事務所の扉へ向かった。



「ちぇー。いいもん、楽しんでくるもん!」


「ああ、いってらっしゃい」



 そのまま外へ出ていく彼女を見送って。


 事務所には小気味よいタイピングの音が戻ってくる。上司は手を組み、机に上体を前のめりに傾かせる姿勢になった。上司がそうするのは、わたしに何かを言いたい時だ。



「彼女も、もう二年目だな」



 たまたまわたしの浄化に居合わせた中学三年生のマヤ。彼女がこの事務所まで押しかけ、わたしの相棒になりたいと言われたのが始まり。粗はあるが器用なもので、すっかり心から背中を預けられる相棒となっていた。



「早いものですね。……当時はさっさといなくなるものだとばかり」


「一時の共闘、という言葉ですむ関係かな」


「違います」



 だからこそ、まだ学生である彼女を連れ回すのはなるべく避けたかった。……黙り込んだわたしに何を思ったのか、上司は話を切り出す。



「本題だ。相棒の彼女が休むなら、お前も休むべきだと思うのだが、どうかな」



 どう、と言われても。



「この二年で、ただの黒いモヤだった物ノ怪が意志を持ち、人の言葉を話すようになりました。最近は異質な力も使用しだしたとか。尚更わたしは休めません」



 休むにしても、何をするべきかわからない。そもそも休む時間があるのならば物ノ怪を浄化する。それがわたしの使命だ。



「頼もしいことだな」



 そう答えれば、上司も俯き目を閉じてから、穏やかに告げる。

 そのまま言葉を交わすことなく、わたしが踵を返すようにして事務所を去ろうとした時。


 __パンっ。


 両手のひらを合わせ、拍手の音が事務所に響く。



「……だが、彼女はこれだ。

 これだけで、浄化ができるんだ」



 変わったことはない筈なのに、背筋を突き抜ける悪寒。恐る恐る振り返った先の上司は微笑んでいたものの、その目は一ミリたりとも笑っていない。



「わ……わたしだって一発殴れば」


「イオ」



 足がすくむような圧。上司の言う通り、マヤと居た方が安全で迅速に浄化ができる。それを理解して尚この場で反論するような隙など、与えられる筈がない。

 その場で俯いたわたしの様子を肯定ととらえたのか、上司は話を進める。



「どう時間を過ごせばいいか、お前はわからないだろう。だから、課題を与える。

 日頃の感謝をこめて、相棒へのプレゼントを探せ」





◇◆◇



 次の日。わたしはマヤへのプレゼントを探しに、街のショッピングモールへ出かけていた。


 人混みの中、雑貨屋が並ぶ通りを歩きつつ、我ながらぎこちなく辺りを見回す。

 マヤと相棒になってからは二人でいる時間が多くなりはしたが……彼女の私服姿さえ見たことがないのが実態だ。わたし自身でさえ、休日のお出かけに着る服を選ぶのは久々だった。



「やっぱり、変だったか」



 先程から横を通り過ぎていく人達の、わたしへの視線が痛い。……そんな目線を避け続け、ふとディスプレイに置かれているぬいぐるみやチャームに目がいく。


 “日々の感謝を伝えよう”


 そんな売り文句のコーナーに堂々と飾られた、抱きしめたくなるようなもふもふのくまさんたち。その両手には花束を持っていて、くりっとした瞳でこちらを見つめている……可愛い。



「これならきっと……いや」



 少し待てよ。確かに安定したチョイスではあるだろうが、相手はマヤだ。もしかしたら全く響かないこともあり得る。



「物ノ怪を可愛いって言うくらいだしな」



 わたしの可愛いとアイツの可愛いが違うことは胸を張って言える。一方でいわゆるキモカワといったようなジャンルのものを彼女が持っていた、というような記憶がないことも胸を張って言えてしまう。

 仕事上の会話しかなく、学生姿しか見たことのない相手。プライベートでどんなものを好んでいるかなど、わかるわけがなかった。



「わたし、アイツのこと、全然知らないな」



 ただでさえ特殊な仕事だ。いつ辞めるか、居なくなるかわからない相手を、進んで知ろうとしたことがなかった。それがまさか今となって仇になるとは。



「んー……」



 その場で頭を抱えそうになった時、聞き慣れた声が耳に入ってくる。それはわたしが見ている店の隣、洒落たカフェのテラス席……普段は学生であろう私服女子の集団からだった。なんとその中に、お泊まり会からそのまま仲間内で遊びにきていたらしいマヤの姿が見える。


 わたしはすぐさま帽子を深く被って、そのまま目線だけ彼女たちへと向けた。マヤはいつものセーラー服じゃない、ふわふわとした白色を基調とした、可愛らしいスタイルだった。わたしからするといつもよりスカートの裾が少し、際どいようにも感じるが……年相応のファッションというのはこういうことを言うのだろうか? そんな彼女が話していたのは、どうやらわたしのことだったらしい。



「イオがねー、昨日もとってもかっこよかったんだよー。写真見てー!」


「また隠し撮りじゃないの、これ! ホントにイオさん好きだよね、マヤ」


「だって撮るって言ったら逃げられるんだもん……。もちろん大好きよ!

 イオはホントにかっこいいし、素っ気ないふりしてるけど優しい! ここぞという時にビシッと決めてくれるし、ときめき素敵彼氏のお手本みたいな人なんだから!」



 隠し撮りは気付いていて、いくら言っても止めないため諦めてはいたが……まさか友人に見せられていたとは。褒め言葉の全てに心当たりがないが、悪い気はしない。思わず聞き耳を立ててしまう。

 ……っておい、これは盗み聞きというヤツか? 隠し撮りを止めろと言っている手前、それはやめておかなければ。そう思い至ったわたしの足は、楽しそうに語る彼女の声が途切れたことで引き留められる。



「ホントはお休みでも一緒に居たり、してみたいんだけどね」



 聞いたことのない、落ち込んだ声色。思わず彼女の方へ振り向けば、とても寂しそうな表情をしていた。



「イオはあたしと出会う前から、何か大事な物を持っていて。あの人とあたしの物語はまだ別物なんだなぁって、悲しくなるの」



 そりゃあそうだ。二年前まで生きている世界や環境も違ったんだから。……でも、もし。マヤがこれからも変わらず隣にいるのならば……いや、これ以上をこの場で聞くのは野暮だ。わたしはそう判断して今度こそ去ることにした。



 __マヤは目を閉じてしばらくすると、ぱっと表情を明るくして友人たちへと続ける。



「でもね、きっとまだ時間が足りてないだけなの。だってこの二年で、イオはあたしのこと、相棒だってハッキリ言ってくれるようになったんだ!

 これからだってもっとお互いを知れる、今後は一緒に遊園地とか、遊びにだって行って……おんなじ時間を過ごせるかも知れない!」



 真っ直ぐな好意を、微笑ましげに静かに聞いていたマヤの友人たち。その一人がストローから口を離すと、とある一方を指差す。



「……ねぇ、見間違えじゃなかったら、そのイオさんっぽいのがいたかも」


「え」


「なんか、さっきからこっちをちらちら見てた人が居たんだよね。格好的に仕事とかじゃなさそうだったけど」


「ええぇ?!」



◆◇◆



 ……すっかり夕闇の時刻がきてしまった。あのあとわたしはずっとプレゼント探しをしていたわけだが、結局手元には、大きな手さげ鞄が出来上がっていた。



「めちゃくちゃ、揃えてしまったな。これだけあると多すぎて迷惑か……?」



 けれど後悔はしていない。プレゼントも大切な気持ちの一つなんだと教えてもらったことがあるからだ。



「まあ、その上で喜んでもらえるのが一番ではあるけどな……」



 とにかく、これを渡すのは明日だ。明日、改めて彼女と向き合うのだ。決意を新たにしたわたしは、ふと物ノ怪の気配を感じて立ち止まる。



「……どこだ?」



 ショッピングモール。この辺りで物ノ怪が人間を導きそうな場所は、吹き抜けの屋上への階段か。わたしが急いで階段へ向かえば、普段は鍵がかかっているであろう屋上への柵が……開いていた。



「!」



 駆け上がり扉を開けば、そこにはふらふらと高い場所から落ちようとする人間。

 物ノ怪の気配の濃さからして、あれで間違いない。わたしはマヤへのプレゼントを出入り口に立てかけてから駆け出した。



「……おい!」



 引き留めるためにその腕をひけば、虚ろな目をした人間が振り返り……口を開いた。



「引ッカカッタ、浄化師」


「?!」



 反応が遅れたわたしは、背後にも居たらしい人間から羽交い絞めにされる。目の前と後ろだけでなく、その他にも何人か居る。……通りで濃い気配だったのか。今まで単体だった物ノ怪も、とうとう徒党を組んでくるところまで賢くなったらしい。

 ここにいる全ての物ノ怪が、人間の体を乗っ取ったのか? そう思考しつつも拳を構えたわたしに、目の前の物ノ怪が姿を変える。



「オット、コノ姿デモ、殴レルカ?」



 わたしが見覚えのある、かつて生きていた人間。物ノ怪に食われる前の人物がそこにいた。



「 」



 たちまち全身が冷える。目と口元だけが、じわじわと熱を増す感覚。相手は悪どい笑みを浮かべたが、生前にそんな表情をしたことはない。



「カツテワレラガ食ッタ浄化師ノ顔ダ。オ前には殴レナイダロ?」



 全身から、力が抜け落ちて。



「……いつも、オマエらは……」



 漏れるのは地を這うような声。思考はすっかり遠く、言葉にして話すのも億劫だ。どうせ言っても、ヤツらには理解できない。



「オマエラハ? ヒヒヒッ」



 幸い、ヤツらは隙だらけだ。わたしは体を捻り抜け出すと、正面のヤツの顔を殴り飛ばした。



「ガッ」


「わたしの神経を逆撫でするのが上手いようだ」


「グァアァアァア!」



 後ろのヤツも一蹴する。そうすればヤツらは黒いモヤに戻り、苦しんで浄化されていく。人間を乗っ取っていたわけではない。ああして自由に姿を変えられるということは、所詮変身しているだけの黒いモヤそのものだ。



「一発しか殴れないのが残念だがな」



 周囲のヤツらが血相を変えたようにわたしを囲む。おかしな話だ。ヤツらには血なんて通ってないのにな。



「ヨクモ」


「ヨクモ」


「……ちッ、どの口が」



 舌打ちをするのにも、随分なれてしまった。かつてはこんな大勢を相手する仕事になるなんて、考えたことさえなかったのに。

 ただ変わらないのは、決してヤツらの思い通りにはさせない、ということ。わたしはひたすら拳を叩き込み、浄化をしていく。あと一匹。すんでのところで、相手がわたしの首を掴む方が早かった。



「!」



 人間とはかけ離れた力。そのまま持ち上げられ、気道が、血管が絞まっていく。



「かは、……」



 今度は抜けられそうにない。……駄目だ。これは死ぬ。



「オ前ノ魂ヲ食ウ。オ前ノモウ一人ノ相棒モ、騙シテ食ウ」



 マヤも馬鹿ではない。わたしの姿を真似ても、偽物だとすぐにわかるだろう。オマエらが浄化される時間が長引くわけでもないだろうに。



「っは。所詮は、紛い物の知能か」



 だがそもそも、わたしはヤツらに食われること自体が癪だ。


 遠のく意識の中で、腕を懐へと動かす。……ああ、わたしが先に居なくなることになるなんてな。うっすらと笑みを浮かべ、その銀の銃を手にとり、自分へと突きつけた。



「……? ナンダ、ソレハ」


「悪いが、魂を捨てる覚悟はとっくにできてたんだよ」



 __パンっ。


 しかし先に屋上に響いたのは、拍手の音だった。



「ウギャァアァアァ!」


「……!」



 コトン。


 浄化された物ノ怪は、モヤから子どもが遊ぶような人形の形になり、床に転がった。宙から落ち、酸素を求めて咳き込んだわたしの目の前には、本来なら今日は見ることがなかった、マヤの姿。



「イオ」



 立ち尽くす彼女は必死に走ってきたのだろう、息を切らしながら真っ直ぐにわたしを見ていた。……そこまで認識してから、わたしはとんでもないことをしようとしていたことに気づく。

 できれば、見せたくなかった。死はいずれ知られてしまうものだろうが、この状況で銃を自身に突きつけている姿は、一体何をしようとしていたかなんて明白で。



「ま、……」


「可愛いーっ!」



 こちらが言葉を発する前に、彼女はすぐさま駆けて飛び込んできた。ぎゅっと抱きしめられれば、強張った体は和らいでいく。



「……マヤ」



 我ながら気の抜けた声だと思った。マヤはわたしの両肩を持ち、顔を合わせる。



「お互い私服なんて、初めましてだね! スラッとしててモデルさんみたい! かっこいいけど可愛いよ、イオ!」



 笑顔で告げるが、彼女は小さく震えていた。



「ああ」


「それにしても、偶然だね! でもね。イオが名前を呼んでくれたら、休みだってわたしは駆けつけるんだよ?」


「ああ」



 声の動揺も隠せておらず、言葉の終いにはその笑顔さえ歪んでしまった。



「その銃よりも、早く……早く、くるんだから」


「……ああ、」


「だってわたし、イオの相棒なんだから……」

 


 瞳から溢れてしまう前に、こちらから引き寄せる。わたしもきっと酷い顔をしていただろうから。……すまないだなんて、口が裂けても言えなかった。



「助かったよ。ありがとう、マヤ」


「うん」



 ……しばらくのあと、マヤが口を開く。



「そうだ、イオ。たとえお休みの日でも、浄化したら報告しなきゃだよね?

 あたしは友達とバイバイしたし、門限もないから大丈夫だよ」



 今日はいい。それよりも彼女との時間を大切にしたかった。二年も経って今更、と言われるかもしれないが、わたしにとっては、相棒としてのマヤにそう思えたことが、大きな一歩だった。



「明日でいいだろ。それより、見てほしいものがある」


「もしかして、あの袋?」


「ああ」



 階段への扉に置いた袋は無事だった。わたしはそれを手にとって、屋上で改めて彼女と向き合って座る。



「いつも、世話になってるから……

 今日一日色々見て、選びきれなかった。もし迷惑じゃなければ、受け取ってくれ」



 わたしが差し出したそれを、マヤはキラキラと見つめて。大事そうに受け取ってくれた。



「迷惑なわけないよ、イオっ。ありがと!」



 袋ごとぎゅうう、と抱きしめるその姿に、思わず笑みがこぼれる。……良かった。



「なあ、マヤ」


「なあに、イオ!」


「夕方にはなってしまったが……今からちょっとだけでも、一緒に過ごさないか?」


「! いいの?」


「わたしの家でご飯も用意できるし、今どきの女子高生のお泊まり会でのこととか、……オマエのこと、聞かせてくれるか?」


「お、お泊まり会でのこと?! しかもイオの家でっ?!」



 大きな声で聞き返されてしまった。いつも彼女には嬉しげに肯定されていたから、躊躇われることがあるとは思わなかった。距離を縮めすぎたか?



「あー……。えっと、嫌なら他の場所や、他のことでもいいんだが……」



 下から様子を窺うようにしたわたしに、驚いていたマヤはすぐにくすくすと笑い、首を横に振った。



「えへへ……。大丈夫、嫌じゃないよ。

 お泊まり会も、他のことも、いっぱい話そうね!」




◆◇◆



「__ということで、昨日の報告は以上です」



 今日もとある街の片隅、人知れず存在する事務所。机越しの上司は口元をおさえ、すすり泣く真似をした。



「ああ、イオ……。いきなりお家デートとは、立派になったなぁ」



 わたしが速攻で身を乗り出し拳を振り下げれば、上司はギリギリのところで受け止める。



「だから……!」


「ああすまなかった、そういうものではないとは、わかっているよ」



 押し切れはしなかったが、今回は流石に身の危険を感じたらしい。わたしが居住まいを正すとすぐ話を切り替えた。



「ただ……結局は休日にならなかったんだな」


「まあこれぐらい仕方ないと思いますよ」



 世間一般的な仕事とは場所も環境も仕組みも違う。それはわかりきっている。その上でわたしはここにいるのだから。



「……次休む時に、今日の分も満喫しますので」



 踵を返しつつそう答えれば、上司はにこやかに笑った。



「頼もしいことだ」



 そしてわたしは、後ろにいたマヤに声をかける。彼女の持つ鞄には、花束を持ったもふもふのくまのチャームがついていた。



「……さあマヤ、報告は終わりだ。次の浄化も厄介なヤツばかりだぞ。行けるか?」


「えへへ、だいじょーぶ。イオと一緒に居られるよう、宿題も学校でみーんな終わらせてきたもんねっ」


「そうか、何よりだよ」


 

 ……人に弱さがある限り、物ノ怪はどこにでも現れる。


 被食者は知らず知らずのうちに魂を乗っ取られ、弱った心を喰い荒らされて。終いには体も操られ、絶命を選ぶ。その前に魂ごと引きずりだし迅速にヤツの浄化だけを行うのが、わたし達の仕事。


 そしてこれからもわたしとマヤは相棒として、共に物語をつむいでいくのだ。




__________



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