説明書を読まないゲーマーにありがちな事故
RPGなどで画面上のキャラが荷物を所持しておくための便利なシステムである『アイテムボックス』。
そんな荒唐無稽な能力が何の前触れもなく自分の目の前に展開されているというのに、そのこと自体よりも所持品の中に『霧ケ峰吹雪』の名前がある事に心から震えが来る。
そして何故そこに彼女の名前があるのか…………実はこの時点で、こんな非現実的な事態だというのに、ある予想を立てている自分がいるのだが、その予想というのが自害を決意しそうになるような最低な発想であり……。
「い、いや、まだだレン。まだ慌てる時じゃない……」
俺は何とか今浮かんだ仮説を現実的な観点から否定して欲しくて、友人の佐藤へとラインを送ってみる。
さっきのラインは学級全員に回っているからヤツにも連絡簿として回っているハズ。
そうすると返事はあまり時間を置かずに帰って来た。
『さっきのライン見たか? 霧ケ峰さんどうかしたの?』
『なんか今日の放課後から急にいなくなったって話だぜ? 生徒会の連中が言うには廊下で一緒に歩いていたけど、少し目を離したらいなくなってたらしい。連中はトイレかなんかに行ってそのまま帰ったかと思っていたらしいが、学校に荷物も残っていたとかで……』
…………ふ、不思議だ。
人間の口の中と言うのは、こんなに急速に乾いて行くモノなのだろうか?
彼女が最後に目撃されていた時間帯は、俺が彼女を最後に見た時と同じである。
そしてその時、俺は一体どういう目で陰に隠れて彼女の事を見ていただろうか?
「…………」
違っていて欲しい。
絶対に違っていて欲しい。
そんな切実な想いを込めて、俺は部屋にあった箱ティッシュを手に取り……あの時彼女に思った、自分でも気持ちの悪い身勝手過ぎる想いを口に出してみた。
「このティッシュは俺の……」
その言葉は数年前に部屋で全力で練習していたかめ〇め波と同じように虚しく響くのを切望していた。
なんだったら母親に見つかって死にたくなったあの黒歴史の再来すら許容できるくらい。
しかし現実は非情であり、手にした箱ティッシュは唐突に発生した光の魔法陣へと飲み込まれて行き……そして目の前に広がる画面の所持品の欄、『霧ケ峰吹雪』の丁度下のところに『箱ティッシュ(使用済み)』が現れたのだった。
……多分これが何でもない日常の延長だったら、歓喜と共にテンション爆上げだったはずだ。
何せRPGでは地味で当たり前の能力でも、現実には手ぶらで大荷物を持ち歩ける超チート級能力だ。使用用途で考えれば計り知れない。
猫型ロボットとタメ口聞けるクラスの力と言っていいだろう。
しかし今現在は幼き日に交流があったとはいえ女子を、無意識にとは言え所持している状態。
平たく言って拉致監禁……誰がどう言い繕おうとも犯罪行為。
そこまで至ってようやく俺は慌てて現状を何とかしようと再起動する事が出来た。
「ヤバイヤバイヤバイ!マジかよ俺!? って事はあの時からずっと俺は彼女をアイテムボックスに!?」
チラリと時計を見れば20時から既に10分は経過。
放課後に彼女を見たのは恐らく15時半以降……つまり約5時間は彼女を監禁していた計算になり……俺は全身から血の気が急速に引いて全身から冷や汗が噴き出すのを構わずに、大慌てで『アイテムボックス』から彼女を出す方法を確認する。
しかし表示画面? は一定時間で消えるようで、俺がまごついている間に緑色の文字列は目の前から消失していた。
再び出す為には……。
「ア、アイテムボックス……オープン……」
さっきは想い出に浸っての独り言だったが、改めて真面目に口にするとメッチャ恥ずかしい。
そんな事を言っている暇は無い事は分かっているけど。
俺の気分とは裏腹に、声に反応して何事も無かったかのように再び展開される『アイテムボックス』の画面表示。
その所持品欄にはやはり『霧ケ峰吹雪』の名前は残っていて……。
「さっきはカーソルが『霧ケ峰吹雪』のところで『所持品をアイテムボックスから取り出しますか? YES/NO』とかあったから、とにかくそこにカーソルを持って行けば……」
そう思ってスマフォやタブレット見たいにタップが必要かと思いきや、現れたカーソルは俺の意識に従って動き始める。
どうやら『アイテムボックス』は俺の思考とリンクしているようで、放課後の事が無ければただ便利だとしか思わなかっただろうに。
そしてカーソルを『霧ケ峰吹雪』に合わせて、表示された『YES/NO』を迷いなくYESを選択した俺は、即座に正座となる。
何故かって? 無論土下座する為に、である。
面識があるとはいえ、無意識とは言え俺がやらかしたのは女子高生拉致監禁と言う立派な犯罪行為……許しがあるかは分からないが、誠意を込めての謝罪は必須である。
もしかすれば、俺は明日から学校どころか社会からも抹殺される運命かも……。
しかしそれでもまずは謝罪を………………と、色々と覚悟を決めていたのだが、一向に彼女は姿を現さない。
「あ、あれ? 何か違ったのか? それとも……」
一向に何も起こらない事で俺は何かをミスったのかと、まだ表示されたままの『アイテムボックス』の一覧を再び、今度は口に出して読み上げてみる。
「アイテムボックス、所持品……待機パーティー収納?」
よく見てみると『霧ケ峰吹雪』にカーソルを表示すると、そんな文字列が別に浮かび上がっていた。
待機パーティー? なんか某有名RPGの馬車システムを思い出すけど……そんな風に思いつつ文字を追って行くと気になる表示があった。
『所持品をアイテムボックスから取り出しますか? YES/NO』
『装備を全て外しますか? YES/NO』
「…………おい、ちょっと待てよ」
馬車システムに似ているとか、そんな事は本当にどうでも良い。
俺は単純にアイテムボックスに入れてしまった『霧ケ峰吹雪』を出して、その上で謝意と共に事情説明しようと正座で待機していたのだ。
なのに、何でだ俺よ……。
何で俺はよく画面を見ずに下の項目のYESを選択している!?
最早自分で自分が信じられん……しかし確認しないワケにも行かず、恐る恐る俺は『アイテムボックス』の所持品一覧へと戻ってみる。
そして……その項目を目にして気を失いそうになった。
所持品
『霧ケ峰吹雪、スマートフォン、女子高生のブレザー、女子高生の下着、女子高生の靴、女子高生の……………………』
俺はこの時覚悟を決める事にした。
古来より日本人が不義を働いた際に謝罪として用いて来た方法。
「そうだ……腹を切ろう…………」
多分この時、俺の目はどこも見ていなかったと思う。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をおかけしますが面白いと思って頂けたら、感想評価何卒宜しくお願いします。
他作品もよろしくお願い致します
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