お持ち帰り
しかし、そんな俺だけにしか分からない違和感は登校してからも変わらず、むしろ顕著になって行った。
あれ程嫌で嫌で仕方がなかった、教師の言葉は全て子守唄にしか聞こえなかった授業が始まった瞬間“学べるという有り難さを知れ”と、まるで学校すら無かった場所での生活を経験しているかのような焦燥感に駆られながら、授業を受けるようになり……。
そして自分でも信じられない事に、学習というモノが面白いとすら思い始める異常事態が起きていた。
一度でも学習意欲、知識欲というものに憑りつかれると、出来なかった頃にも言っていた“分からない事はググればいい”と言う言葉も意味合いを変えて、勉強で分からない事はネットで調べれば分かるというスタンスに。
そうなると今まで何ゆえに疎かにしていたのか分からないとばかりに中学からの基礎学習すらもやり直し、のめり込んだ結果……更なる異常事態が期末テスト後に起こった。
「へ……へへ……マジで? マジで俺が学年10位??」
うちの高校はテスト結果を上位10名のみ張り出すのだが、その最後尾に俺の名前があるのを、あらゆる生徒たちが驚愕の目で見ていた。
そして、それが最も信じられないのが俺自身なのは言うまでもない。
「てめぇ、この裏切りモンがぁ~! 貴様は低空飛行の戦場を仲良く並走してくれる親友だと思ってたのにぃ!!」
「へ、へへへ……悪いが俺にはお前のように低空飛行という高等テクニックを使えるエースパイロットにはなれなかったようだな」
「俺はエースパイロットの称号はいらん! 頼むレン! 俺にも安全な高度の旅客機パイロットの高みを飛ばせてくれええええ!!」
涙目でしがみ付く友人は鬱陶しいが、羨望の入り混じった称賛と思えばそこまで気分は悪くない。
そして周囲にも順位を見に来た生徒たちからの色々な視線を感じるが……不意にその中に知った顔がある事に気が付いた。
向こうも俺と目が合った事に気が付いた途端、踵を返して立ち去ってしまう……。
その振舞に、俺は少しだけ上がったテンションが地面スレスレ堕ちたのを自覚する。
彼女の名は霧ケ峰吹雪……トップテンの一番最初に名を連ねる彼女はかつて幼い日にライバルとして競い合った人だった。
成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗、その上人当りも良く誰からも好かれ尊敬される完全無欠で、しかもしかも生徒会長。
この前まで低空飛行で佐藤と戦地を彷徨っていた俺の状況から、こんな事を公言すれば誰もが“おこがましい”と口をそろえるだろうけど、小学校の頃は本当にギリギリのところで切磋琢磨していたのだ。
しかもその頃は大した努力もしない俺の方が勝っていたのだが、彼女は努力の人であり、まさにアリとキリギリス宜しく中学校に上がってからは、たちまち差が広がり始め……あっという間に置いて行かれたのだった。
それから自分も努力すれば追いつけたのかもしれないが……俺はその時点で勝負して負ける事じゃなく、勝負を投げ出す事を選んだ……『やってられね~よ』と。
本当のところは分かっていた……勝負すらせず逃げた方がもっと格好悪いって事を。
そう言えばあの時、勝負を投げ出した時から彼女の目を見た事は一度も無かった。
多分勝負すらしなかった情けない奴に失望した、ガッカリしたような目をしているだろう事を勝手に予想して、彼女と対面する事が怖かったから……。
今……俺の事を見ていた彼女の眼は一体どんな感情だったのだろうか?
あの日から彼女の目を避けていた俺には、何も感じ取る事が出来なかった。
ただ……相変わらず力強い、美しい目をしていたな。
成績が急上昇して10位になったとはいえ、周囲の目が急激に変わるもんでもない。
漫画やドラマなどでは突然持て囃されてチヤホヤされたり、じゃなければプライドを傷つけられた連中が“カンニングでもしただろ!”な~んてやっかんでくる展開でもありそうだが……精々友人の佐藤を中心に褒められるか軽い嫉妬をされる程度で、俺の日常に変化はない。
つまり俺の学校での存在感はそんなものなのだ。
だがら……常に成績一位をキープしている霧ケ峰と俺が旧知の仲である事を知っているヤツはこの学校にはほぼいない。
順位表の俺の名前を見ても何人かは『コイツ誰だっけ?』みたいな反応をしていたくらいだからな。
そんな感じで特別代わり映えの無い学校生活を終えて帰ろう廊下を歩いていると、不意に向こうの廊下から声が聞えて来た。
「また負けたか……流石と言っておこう吹雪君」
「そんな事は無いですよ。数学では私の負けでしたし」
「先輩方凄いです! またもや1、2フィニッシュじゃないですか!!」
「立花ちゃん? そういう君はどうだったのかな~?」
「…………会長、慰めて下さい」
「よしよし」
学年の違う男女が楽し気に話す中、聞こえて来たのはかつてのライバル霧ケ峰の声!
それは生徒会役員たちである事を察した俺は、慌てて連中に見つからないように陰に隠れる。
おそらく一緒にいるのは副会長のイケメン眼鏡と、下級生のゆるふわ書記。
副会長は毎回成績で霧ケ峰と競い合っていて、校内で存在すら知られていない俺とは違い、むしろ密かに彼女と付き合っているのでは? なんて噂すらある。
……咄嗟に隠れた理由はただ一つ。
単に霧ケ峰が俺とは無関係のコミュニティーで仲良く、楽し気にする姿を見たくないという……実に格好悪く情けない理由だった。
特に自分以外の男子と彼女が仲良くしている姿を……。
俺が彼女への恋心を自覚したのは“おいて行かれた”後の事……。
そこから奮起して再び努力しようというならまだしも、情けない事に俺は“どうせ追いつけない”と思い込む事でその気持ちを誤魔化し蓋をした。
その挙句、彼女の周囲に自分ではない男が現れた途端に焦り始めるなど、自分でも呆れるほどの臆病で卑怯者でしかない。
BSSなどと最近は聞くけど、それが何もしなかったヤツの言い訳でしかないのは自分で分かっていた。
分かっているのに……独りよがりな気持ちの悪い感情が、通り過ぎた生徒会の連中の中に笑顔でいる霧ケ峰の姿に溢れそうになる。
「ガキの頃は『俺だけの』フブキだったのに……」
・
・
・
「あ~~~~~~情けない」
現在20時……帰宅してからベッドに大の字で寝ころんだ俺は、時間が経つにつれて溢れて来る自己嫌悪に押しつぶされていた。
あの娘が俺のモノだった事なんてただの一度も無い……そんな事は自分自身が一番知っているというのに、そんなストーカー紛いな独占欲が溢れ出る自分の心根の汚さに、マジで死んだ方が良いんじゃないか? とすら思ってしまう。
仮に、本当に昔は俺だけのモノだったとしても、その場から逃げ出したのは自分だというのに……。
「……予習でも……すっか」
そんな自己嫌悪を何とか誤魔化そうと、俺は体を起こした。
最近は気分転換の意味も込めて学習するという習慣が身に付き始めている。
それは今まで現実逃避にゲームをしたり漫画を読んでいた感覚に近いモノがあり、学習を娯楽と捉え始めるだけでモチベーションが依然とは全く違っていた。
そして机に目をやると……高校生にもなって未だに変わっていない学習机の引き出しに、可愛らしい幼い文字で『アイテムボックス』と書かれているのが目に入った。
それはまだ、この部屋にあの娘が遊びに来てくれていた頃の名残り……二人ともRPG風のゴッコ遊びにハマっていた時にあの娘が書いた落書だった。
「アイテムボックスオープン…………なんてな」
少なくともその瞬間までは、俺はその言葉を口にする意味は無かった。
引き出しを見て、落書を見て、当時霧ケ峰が言っていた言葉を何となく口にしただけだったのだ。
だというのに……
「…………え!?」
俺の目の前に、まるでタブレットでも浮いているかのような、いやもっと言えばゲーム画面でステータスを開いたかのような、緑色の文字が宙に浮いて現れたのだった。
まるで“RPGでのアイテムを保存して置けるシステム”のように……。
しかしそれ以上に驚愕な情報が、その緑色の文字で示されていて……俺がどういうことか理解できずにいると、不意にスマホが鳴ってラインの着信を知らせて来た。
目の前に起きている異常事態異常に驚く事は無いと思いつつ、俺はスマホを操作してみると、それはクラスで作成された連絡網であり、その内容に俺は冷や汗が流れるのを押さえられない。
『本日の放課後より霧ケ峰吹雪さんと一緒にいる方、もしくは見かけた方はいらっしゃいますか? ご存じの方は連絡をお願いします』
俺が知るハズはない。
知っているハズは無い。
俺は彼女と数年間は口を聞いていないのだから、接点が全くない……。
だけど冷や汗が止まらない。
何故ならたった今、俺の目の前に広がっている緑色の文字で示された、まるでRPGの所持品を示しているような欄に『霧ケ峰吹雪』があったから……。
そして意識をそこに向けると、カーソルが現れて文字を指し……『所持品をアイテムボックスから取り出しますか? YES/NO』と表示したのだった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をおかけしますが面白いと思って頂けたら、感想評価何卒宜しくお願いします。
他作品もよろしくお願い致します
書籍化作品『神様の予言書』
物語の雑魚敵が改心したら……という『チートなし』物語です。
宜しければご一読下さい。
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