表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

陽炎の子守唄

作者: なと(もずく)

夕暮れ怪談語りつくさんとして

いつの間にか妖怪談義になっていた

百物語の帰り道

カラスが大勢ぎゃあぎゃあと哭く方向から

のっぺらぼうが道の向こうからよたよたと

地蔵菩薩に饅頭を供えたら

公園で花火をする

線香花火を独りぼっちで

夕暮れは何処も影ばかり

影法師がおいでおいでをしている



カラスの鳴き声を閉じ込めたオルゴール

檜扇に埋め込まれた蛤の吐き出す蜃気楼

陽炎の模様の姉の着物

苔むしたお寺の墓地に浮かぶ真珠色の火の玉

水の泡を閉じ込めたスノードームの十二支時計

龍の鱗を浮かべた夕暮れの空


夢は凡て蔵の中に

南京錠で閉ざされた祖父から貰った鍵は

古く寂れていた







郷愁とは、罪なんですよ

あなたは、罰を受けなければなりません

裁判長がひょっとこのお面をつけたまま

カンカンと打ち鳴らす

被告人は鬼の面を外さず

参考人はおかめのお面を外さず

古い古民家を改造した裁判所は

幾人もの喪服の人々に囲まれ

「黄泉平坂ゆき」

と断罪された被告人は

六文銭を渡される





その本はGHQから焚書にせよと命じられた

古い日本の歴史を書いた本

でも危ない本は世の中に溢れている

郷愁の罪と罰

暗い夜道にぽつりと電球

不思議ですか?

そう摩訶不思議な

お祖母ちゃんの皺に

何とも言えない魅力を感じて

ぞわぞわしている

そんな野生の子供も

マントを羽織って

路地裏のヒロイン







なにげない日常に

するりと入り込む古民家の罠

罪深きレトロの誘惑は

人々を惹きつけて止まない

時計の音がカチカチと

螺旋階段に響いている

夢で逢えたら

陽炎を頼りに

蜃気楼の上を歩む

そんな夢があってもいいのに

方位磁石が西を指し示し

十二支時計が丑の刻ばかりを指し示す

お婆の皺に魅せられて




炎天下の中

小鬼はエアコンの効いた仏間に隠れ住んでいる

秋はまだか娘御を攫いに参る

庭ではアメフラシが池をすいすいと泳ぎながら

なんとか家主の寝首を掻けないかと思案している

子供を攫う赤マントは

屋根の上ひょいひょいと飛び回りながら

家々の万華鏡やら招き猫やらを盗んで

子供達を狙っている





そのかき氷

千円もしますか

食べますが

ちょっと高いですね

カルピス味の

懐かしい味

カキ氷屋の店主は

野球中継に夢中になりながら

団扇で顔を扇いでいるばかりで

入口ではカキ氷の暖簾が

夏の熱風に

ゆらゆら揺らめいて

陽炎立つ道の上を

蜃気楼が滑るように







古き町並みの中

廃病院がある

人の途絶えた医院の中には

人体模型が早く出番を寄越せと

ロボットダンスを踊っている

あの古道具屋も閉店してしまって

玄関は草で生い茂っている

古道具屋の中でも

根付たちがひそひそと

付喪神たちの大狂瀾は

旨い辻占の婆だけが

知っている





その街では秋になると

墓に群れをなして喪服の人々が押し掛ける

彼岸の入りだそうだ

やがて凡ては夕暮れになる

燐寸を擦って煙草に火を点けると

万年筆のインクをぽたりと

其処のブリキの人形に垂らすと

人形は蘇州夜曲を唄い出す

もの悲しい旋律が

夕暮れの町並みを包み

子宮の子守歌を

陽炎の唄を







その街では秋になると

墓に群れをなして喪服の人々が押し掛ける

彼岸の入りだそうだ

やがて凡ては夕暮れになる

燐寸を擦って煙草に火を点けると

万年筆のインクをぽたりと

其処のブリキの人形に垂らすと

人形は蘇州夜曲を唄い出す

もの悲しい旋律が

夕暮れの町並みを包み

子宮の子守歌を

陽炎の唄を









春になると貴方を思い出します

ええ、観音様を抱きながら

はらはらと涙を零します

夢でも見ていたんだろうさ

その家では喪服の人が

娘を世話する

綺麗な毘沙門天の模様の西陣織

庭に蒸した苔を千切り千切り

蛇の男を契ったお前は

天井裏から逆さ釣り

只、彼岸桜だけは美しく

あの門前町の娘は





路地裏は何処までも続いている迷宮の夢幻

マッドサイエンティストの書斎には

死んだ人間を生き返らせる

秘密の和書が眠っているらしい

そんな狂医師の家がこの路地裏にあるらしい

彼は患者を殺して埋めた庭に

彼岸桜を植えて春になると

一人で物憂げに櫻を見上げるという

路地裏の怪奇奇譚






お嬢ちゃん、何処行くの?

振り返ってはいけません

あれは、地獄へ誘う鬼の声

賽子を転がしたままビー玉も光っている座敷の奥で

赤い眼が爛爛と光っている

お気をつけ

黄昏時は出るからねえ

夕べの怪談は今日の凶日

夢のあたりを調べてご覧よ

枕がえしがこっそり布団に隠れていた

今宵はせめて踊り狂う







座敷を暗闇が覆っている

その中で夕焼けがちらちらと

夢幻の日差しを与えている

田園では曼殊沙華の狂乱

野里では赤蜻蛉が乱舞

飢えた家守が虫を食べに

風呂場の古い窓硝子に張り付いている

文車妖妃が燃ゆる恋文から

屋根裏に棲みつきだして

幾歳になるだろう

屑籠の中の娘の黒髪を

咥えて啜るという







陽だまりの中に隠してきた

秘密事がある

蠱惑的で未知の吐息

うなじと白い肌

もしやするとお前は蛇女か

坊ちゃんその先は行ってはいけないよ

お化けが出るからねえ

野辺送りを済ませた棺桶から息を吹き返した

丙午、辛酉の苛烈な女

美しき花には毒があるからね

木漏れ日は只綺羅綺羅と

幽玄の迷宮






包帯だらけでシャボン玉を飛ばしていた

あの子が亡くなってから何年経つのだろう

町は錆び人は錆び

古い物だけが熱を帯び

日溜まりに取り残されている

タケヤブヤケタ

謎の暗号の中には

幼き頃の想い出がありました

旅に出る

旅人の小人は古びた町の中で

只お椀に浸かり海を見下ろす町を夢見る

桃源郷





夢の世界はこんな処にあるのかもしれない

古びた宿場町、古道、古民家

何時だって過去は美しくそして妖しい

格子窓から白い手が伸びていて

桃色の帯を風に吹かせている

あれは金持ちの家の狂い娘

鬼が出ると狂って

座敷牢に閉じ込められている

夢は幻

何時かは醒める夢だろうて

辻占の婆は彼女の姉






迷宮の終わりは

こんな処にあるのかもしれない

夕暮れ時の小さな灯りの古民家

懐かしい看板や人形を眺める日々

貴方何処から来なすった

随分疲れた顔をしてなさる

中居の婆様が云うことにゃ

余り過去に囚われすぎると

お客様も連れて行かれてしまう

あの古き山に

おおいおおいと

山彦だけが木霊する夜






旅には哲学がある

だが深く物事を考えている内に

迷路に入り込んで厄介な古道の妖怪に

頭からバリバリ食べられてしまう

旅とは青春である

ワンカップの酒を片手に

時代を遡ろう

刀を持った侍が街の片隅でふと振り向いたり

西陣織の娘が硝子戸の中でお人形遊びをしていたり

そんな幻を見るのである






何処までも続いているような

長い道を歩いていると

ふと自分の人生のように感じてくる時がある

想い出はなぜ語り掛けてくるのだろう

抽斗に仕舞っておいた手紙を思い出す

空が青すぎるから

私は古い町並みを求めるのだろうか

旅人の影が黒ずんできて

夕暮れの灯りが点灯する頃に

私は過去へと帰ります





夢の跡先

記憶の中の君はいつだって

宵祭りの跡の煙草の吸殻を見る

まるで片足を齧っている夢を見た後みたいに

虫下しの袋をやけに欲しがる子供

祖父の動けない体が哀れだった夏日

線香花火の最後の一滴は夢の中

近くの塀の上に置かれた金色の猫招き

木漏れ日を捕まえようとして

黒マントの怪人が嗤う



秋になると

路地裏は寂しい


闇に紛れ

虎視眈々と

踊り舞う

チンドン屋が

新しいパチンコ屋の

開店を告げに

路地裏を歩いている


彼らは孤独を知らないのだろうか?

あんな派手な服を着ていると


しかし知っている

彼らが侘しい職で

云えぬ過去がある人ばかりと


夜中、鏡の前で

ひっそりと

泣いている





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ