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異世界恋愛系(短編)

もふもふに変身できる先祖返りの平民侍女は、罠にかけられた不器用な生真面目令息を救いたい。

 うちの坊ちゃんが、横領の罪で逮捕された。そんなわけのわからない知らせを受けて、閣下は自室で頭を抱えている。


 そりゃそうだ、だって坊ちゃんはまだ学生だ。どこから何を横領するんだ。実家を通して王家からか? それとも会計として関わっているらしい生徒会の運営予算からか? 簡単に横領ができるほど管理ががばがばなら、むしろそっちの方が問題だろう。


 だいたい坊ちゃんが横領を試みるなら、足がつくような間抜けな真似はしない。そういう風に鍛えられてきた。


 坊ちゃんは、閣下直々の指導により大層賢く育ったが、逆に「もっと遊びやズルも教えてやればよかった。四角四面過ぎて、無駄に敵を作りすぎる」と言われるクソ真面目男である。


 遅刻や寝坊すらしない坊っちゃんが犯罪……。賭博や女遊びに欠片も興味がない坊っちゃんが犯罪……。無理があり過ぎだろ。


 不正に手を染めた友人を鉄壁の理論でねちっこく責めて逆ギレされた挙句、相手の罪をひっかぶせられ、どうしてこうなったのかまったくもってわからぬと憮然とした顔で固まっていた方がしっくりくる。……っていうか、たぶん今回の件がそうなんじゃね?


 どっかのバカに嵌められみたいっすねと言いたくなるのをぐっとこらえ、叩き込まれた使用人言葉でお伺いをたてた。


「閣下、どうなさいますか」

「まったく、相手をうまくあしらうこともできんとは」

「坊っちゃんですからねえ」

「魔力封じの枷をつけられた上で、中央監獄に収監されたらしい」

「命の保証がない場所じゃないですか」

「不当逮捕だと抗議はしているが、王宮は大陸教会からの使節団の対応で忙しい。わたし自身、身動きがとれん」

「さようでございますか」


 怪しい。これは絶対に何かある。閣下が、相手に出し抜かれて手をこまねいているはずがない。教えてもらえないなら動くまで。そして、こちらの考えは閣下にはお見通しらしい。


「まあ、あの中だ。囚人同士の小競り合いがあるのが普通だろう。その中で、偶然扉が開いて、運良く脱出することもあるかもしれんな」

「はあ」

「そう言えば秘蔵の魔石を金庫にしまっておくのを忘れていた」

「ほう」

「こんなところに置いていては、うっかり失くしてしまいそうだが、急に腹が痛んできたから片付けられない」

「なるほど」

「うむ、困ったものだ、あいたたたた」

「はいはい、どうぞお大事にしてくださいませ」

「ポーラ、頼んだぞ」


 演技が下手くそ過ぎるにもほどがある。これで本当に政敵たちとやりあえているのだろうか。まあ、いいか。



 ***



 坊っちゃんに出会ったのは、もうずいぶん昔のことである。


 とある身体的な特徴から両親に捨てられていた私だが、悲壮感にくれるどころか堂々とこの伯爵邸のお庭に入り浸り、小鳥用に設置された木の実やフルーツを食べて悠々自適に暮らしていた。


 だって、最初に置いていかれた貧民街だと、ライバルが多過ぎて食べ物にありつけないんだよ。一方で、こちらは腐ってもお貴族さま。大通りのゴミ箱を漁るよりも上等な食べ物が、野性動物のために用意されているときたもんだ。


 小鳥が食べてもいいなら、私が食べてもいいだろ。そう思って入り込んでいた私は、あっさり坊っちゃんに捕まり、逆さ吊りにされた。


 まあそのときも、これだけは離すもんかとくるみをつかんだまま、威嚇してやったんだけど。


『もう、これはお庭に来る小鳥のためのものなんだよ。食いしん坊さんが来ると、小鳥が逃げちゃうじゃないか』

『もげる! 放せ!』

『まったく、悪い子だなあ。ほら、ここにいたら料理長がパイか煮込みにしちゃうよ』

『もげるから! 聞けよ、話を!』

『だから、俺にしがみつかないで……。はやくおうちに帰ってくれないかな』

『誰が好きでしがみつくか! しっぽを力いっぱい握られたら、もげるっつってんだろうが! だいたいこの姿でしっぽが切れたら、人間になったときにどこが切れると思ってんだ! 責任とってもらうからな!』


 いやあ、人間の顔って真っ青から真っ赤に変わるんだねえ、ウケる。


 もふもふ可愛いリス姿から、がらの悪い貧相な小娘に姿を変えた私を見て、坊っちゃんが気絶したのはなかなかに楽しい思い出だ。


 たかがしっぽで責任とれとかキレすぎだって?


 だってさあ、リスのしっぽって、トカゲのしっぽと違って再生しないんだよ。命の危機を感じたらわりと簡単に切れるらしいのに、どうしてくれんのさ。


 しっぽのないリスとか、不本意ながらほぼネズミ。餌にありつけなくなるどころか、害獣扱いで殺されちゃうっつーの。


 気絶した坊っちゃんが全裸の私にしがみついて離さなかったがゆえに、屋敷の中は上を下への大騒ぎになったっけ。


『ごめん、俺、ちゃんと責任とるから!』

『いや、しっぽは切れてなかったし、別にいいって』

『そういう問題じゃない!』


 最終的に宰相閣下のお耳に入った結果、ここで侍女として働くことを許された。閣下、太っ腹過ぎる。獣人――しかも先祖返りで完全な獣に変わることができる――を受け入れてくれるなんて。


『私にいちいち構ってもいいことないですよ』

『なんでだよ、ポーラはポーラだろう。そんな風に敬語になるなんて』

『草むしりをしてきます』

『ポーラ、あげる』

『これは?』

『ヘビ避けのお守り』

『ああ、旅のお守りで売ってあるやつですね』

『ヘビが嫌う匂いのハーブが入ってるって聞いたけど、もうちょっと効果を出すために魔術と組み合わせたんだ』

『天才ですか』

『ポーラってば鈍いからさ』

『……ありがとうございます。でもさすがに侍女として雇われた以上、うっかりヘビに丸呑みにされるようなことはありませんよ』

『はあ』


 それからも坊ちゃんは、何かにつけて私にいろいろプレゼントを贈ってきた。ヘビ避けのお守りが、フクロウ避けやらキツネ避けやら、どんどん内容が濃くなってきて、お守りというレベルを越えた複合術式になっていったのにはビビったけど。


 真面目で、おかたくて、でもとっても優しい坊ちゃん。坊ちゃんの隣にいると、自分たちは対等な関係なんだって勘違いしそうになる。私なんて侍女どころか、単なるもふもふ枠でしかないのに。


 だから、自分で言い聞かせるしかないんだ。私はただのリスなんだと。



 ***



 中央監獄の警備は恐ろしく厳しく、例え侵入できたところで脱出は難しい。普通の人間ならまず諦めるような場所だ。まあ、私には関係ないけど?


 もふもふリスに変化したあとは、しっぽでバランスをとりながら走る。坊っちゃん特製の万能お守りは背中にくくりつけているのだけれど、ちょっぴり重たいのがたまにきず。


 まずは荷物と一緒に潜り込み、敷地の中へ。適当なところで天井裏に入り込めば、あとは情報収集をしつつ、坊っちゃんを探すだけだ。


 おや、おあつらえ向きに話し声が。


「今日の新入りは、お貴族様だって?」

「ああ、罪状は『横領』だったか。独房とはいえ、ここに送り込むとは意地が悪いことをする」

「どうにもきな臭いな」

「お前もそう思うか」

「当然だろう。第二王子が面会に来ていたのも怪しい」

「何をする気なのやら。まったく、王族が私怨で牢獄を利用するなんて世も末だ」

「おい、口を慎め。スパイ(ネズミ)がいるかもしれんぞ!」


 まあいるのは、ネズミじゃなくて、リスなんですけどね。


 第二王子ねえ。獣人を毛嫌いしていることで有名だったっけ。このひとが閣下の法案に反対しなくなれば、獣人もこの国で暮らしやすくなるんだけどなあ。


 お上の考えることに口出ししても仕方がない。私はまたせっせと天井裏を走る。


 ほどなくして、坊っちゃんのいる場所は見つかった。実はリスは嗅覚もいいのだ、ふふん。なんて自慢はさておいて、ぱっと天井裏から床に向かってダイブする。目指すは、坊っちゃんが部屋の隅に放置した毛布の中だ。ここでもふわふわしっぽが役に立つね!


「坊っちゃん、お疲れみたいですね!」

「おい、なんでここにきた!」

「リスになってきました!」

「違う!」

「ちょっと坊っちゃん、声が大きすぎます!」


 ただでさえ、リスから人間に戻らないと意思疏通ができないのだから。看守に見つからないように、毛布をかぶって、じりじりと坊っちゃんに近づいた。


「おい、近づくな」

「ひどい。天井裏を駆け回ってきましたけれど、それほど汚れてはいませんよ。臭くもないですし!」

「だから、こっちに来るんじゃない! なんて破廉恥な!」


 今さら? 昔、私の全裸を見ましたよね? はっ、まさか!


「そんな、女性嫌いだったんですか! だから、女遊びしてないんですね!」

「どうしてそうなる」

「いや、さっきですね。途中の廊下でぶっ倒れた筋肉ダルマの山を見つけたんですよ。だからてっきりそういうご趣味だったのかと。この短時間であれだけとは、お盛んですねえ」

「向こうから襲ってきたから、叩きのめしてやっただけだ」

「坊っちゃん、ぱっと見もやしっ子ですもんね」


 魔術特性が高い坊っちゃんは、実は体術にも優れているのだけれど、普通の魔術師感覚で襲ってきたんだろうな。まあ、襲ってきたほうが悪いんだから、恨みっこなしでよろしく!


 疲れたと言いたげに、坊っちゃんがため息をついた。はて?


「……お前は、危ない目にはあわなかったか」

「監獄の中はわりと平和でしたよ。意外と清潔に保たれていてびっくりです。むしろ、ここにたどり着く前に近くの木々の間を突っ切るほうがドキドキしましたね」

「ほほう?」

「今、繁殖期ですからね。野生のリスを魅了してしまったらどうしようかと心配していたんですけど、ヘビどころかリス一匹近づいてきませんでしたよ、この魅力あふれるもふもふボディが目に入らないなんて! きいいいいい」

「心配した俺がバカだった」

「それで、坊ちゃん。どうしてここに押し込められたんですか? 第二王子がどうとか聞こえましたが」

「生徒会の運営資金が消えていてな。つついたら、殿下に女がいることがわかった。ついでにその女を公妾にするために、俺に娶るように言ってきた。突っぱねた結果がこれだ」   

「マジですか」


 いや、クズかよ。


「出世のために喜んでやるやつもいるだろうが」

「坊っちゃんが引き受けるわけないですよねえ」


 高位貴族には珍しいことに、坊っちゃんには婚約者がいない。そもそも女に興味がない。お目当ての女性の嫁ぎ先にちょうどよさそうに見えたのだろう。


 って、どんだけ節穴だよ。妾も側室も持てないからこその公然の秘密ってやつが公妾だけど、ルール重視の坊っちゃんがうんって言うわけないじゃん。なんで坊っちゃんに頼んだよ。


 やっぱり、横領したわけじゃなかった。もちろんわかってはいたけれど、改めて耳にしてほっと息を吐く。


 坊っちゃんが公妾との結婚話を断ってくれて、ふわふわと胸の奥があったかくなっていることには、気がつかないふりをした。



 ***



「それで、必要な情報は得られましたか」

「ああ、俺がここに移送されている間に、殿下の部屋を()()に漁っておいてもらった」


 やっぱりね。閣下がおとなしくしているときは、裏があるんだよ。


「では、長居は無用ですね」

「この枷が少々厄介だが……」

「あ、高純度の魔石をもらってきましたよ!」

「助かった」

「お礼は閣下にお願いいたします」

「チッ」


 ツンデレなの? なんなのこの親子?


「あ、それ砕いても、経口摂取でも魔力を補給できますよね。お腹も空いているでしょうし、ぜひ口からどうぞ! 私が頬袋に入れて運んできたので、清潔ですよ!」


 じゃぶじゃぶじゃぶ


「ちょっと、魔力封じされている状態で、無理矢理水を呼び出してまで洗います? 傷つくわー」

「うるさい、黙れ」

「はい、はい。じゃあ静かにバレないようにですね」

「おい、そこで何をしゃべっている!」


 って、いきなり誰かきた!

 やーん、大ピンチ!!!



 ***



「殿下、お帰りになったはずでは?」

「貴様ももう十分に反省した頃だと思ってな」


 あー、さっきの筋肉ダルマたちをしかけたのは王子さまってことか。相手のプライドをへし折り、あわよくば公妾にする予定の女の子を抱かせる能力を奪うつもりだったってこと? いや、まじでこいつクズなのでは?


 急いでリスになった私は、坊っちゃんの上着のポケットからクズ王子を観察する。


「ですから、何度言われてもお申し出はお引き受けできません」

「貴様が役に立つ機会を与えてやろうと言うのに、なんという態度だ」

「俺には愛する女性がおりますので」

「は、堅物のお前にか? どこにいる。見せてみろ」

「はい、ここに」


 えー、私ですか!

 言い訳にしてももっとマシなものにしてくださいよー。思わず不満たらたらの可愛くない声でグギギギと抗議してしまった。


「絵画に恋をした愚かな男の話は聞いたことがあるが、リスと結婚するつもりだと?」

「何か問題でも?」

「リスには戸籍がないだろうが!」


 ですよねー。まあ、捨て子の私にも、戸籍はないんだけれど。っていうか戸籍を取得するの難しすぎるのなんで? 子どもは無からは生まれないよ? 見えない=いないにしないでくれる?


「つまり、戸籍があれば良いのですね?」

「できるものなら、やってみろ」

「承知しました」


 坊っちゃん、煽るねえ。王子さま、青筋たってるじゃん。こういう時の坊っちゃんって性格が悪いんだよなあ、本当に。


「ええい、戯れ言もいい加減にしろ!」

「ですから……」

「ならば、こいつがどうなってもいいのか!」

「殿下!」

「返して欲しければ、こちらの言うことを聞くがいい」


 ぐええええええ。


 またしっぽで逆さ吊り! いきなり、巻き込むのやめてくれます? こちとら、ただのリスなんだってばよ。


「殿下、落ち着いてください」

「うるさい! うるさい!」

「……殿下」


 あ、ヤバい。これ、坊っちゃんが切れる5秒前だ。


 ちっ、暴風雨が吹き荒れる前に自力で逃げるしかないか。逆さ吊りタイプの罠は、こうやって脱出できるってね!


 秘技、しっぽ切り!!!


 ……ううう、もふもふしっぽ、つるんって抜けた……。ああああ、私のしっぽ……。今日から私はただのネズミ……。


 いや、背に腹は代えられん。さあ、坊ちゃん。今のうちに脱出を……。


「俺のポーラに何をする!」


 え、坊っちゃん、王子さまが吹き飛んだよ? 穏便に交渉していくんじゃなかったっけ?


「やめろ、離せ。止めてくれるな」


 腕に絡みつきながら、きゅいきゅいと必死でなだめる。もう勘弁して。坊っちゃん、監獄が崩壊するから。生き埋めはいやなの! 坊っちゃんこそ、落ち着いてえええええ。


 しかし、しっぽのとれたリスにできることはほとんどないわけで。


 私の願い虚しく、魔石を一気に吸収し枷を力技でねじきった坊ちゃんは、解き放たれた巨人のようにダメ王子もろとも一帯を叩き潰していた。


 閣下、坊っちゃんがこれだけの騒ぎを起こすことを予想した上で、私をここに送り出したよね?



 ***



 ああ、自宅はいい。例えそこが住み込みの屋敷だとしても、おかしな牢獄だとか、身分不相応な王宮の客間なんかとは比べ物にならない安心感がある。


「ポーラ、体は大丈夫か」

「ええ、特に問題はありませんよ。ちょっとばかり、すうすうしますが、乾かすのも楽になりましたし、これはこれでありかと思います」

「本当にすまなかった」


 そういって、坊っちゃんが私の短くなった髪にふれた。ポロリととれてしまったしっぽだが、人間に戻ったときは結っていた髪がばっさり短くなっていたのだ。また伸びる部分でよかった。おしりの周りがえぐられるよりだいぶマシだよね。


「結局、閣下のひとり勝ちになりましたね」

「あの狸親父が」


 坊っちゃんがいましいましげに舌打ちをした。


 もともと閣下は、親のいない子どもや獣人たちの権利向上を目指していたらしい。けれど第二王子派の抵抗にあっていて、なかなか法案が通らなかったのだとか。


「大陸教会の使節団が来た日に事件を起こさせるとは、すごいですね」

「大陸教会は、厳格な一夫一婦制だ。姦通は戒律で厳しく禁じられている。公妾を持つために、他者に圧力をかけるなど言語道断だろう」

「あれだけ目立つと、なかったことにはできませんしね」


 まあ、実際に偉いひとがどこまで守っているかは疑問だけどさ。第二王子の甘やかされっぷりから想像すると……いや、やめておこう。


 閣下はこのことを秘密にする代わりに、第二王子派に対して法案への賛成を要請したそうだ。それでもしっぽが切れることは予想外だったみたいで、平謝りされた。


「さらに、第二王子がやらかしたことを隠すために、坊っちゃんと私の恋物語を仕立てあげたのですからすごいですよね」

「仕立てあげると言われると、人聞きが悪いな」

「事実を繋ぎあわせているはずなのに、まったく知らないひとたちのストーリーになっていてびっくりしました」

「おい」


 四角四面と言われる坊っちゃんだけど、こんな風に笑っているとすごく柔らかくなる。もったいないよな、この顔を見ていたら、冷血漢だとか、ルール命だなんて思わないだろうに。


「坊っちゃんはお嫌じゃなかったんですか?」

「なにがだ」

「私との結婚ですよ」

「今さら、どうした」

「坊っちゃん、好きでもない女と結婚するつもりはないんでしょう? あれだけ、例の王子さまに啖呵(たんか)を切ってたじゃないですか」


 そう、あの超現実主義の坊っちゃんがルールではなく、ロマンチックな理由で拒否していたんだ。たぶん、あれはその場しのぎの嘘なんかじゃない。それなのに、こんな政治的な婚姻で良かったのだろうか。


「お前、まだ気がつかないのか」

「はい?」

「俺が好きなのは、お前だ」

「はいいいい?」

「だから、結婚を申し込んだだろう」

「血痕……?」

「お守り袋の中を開けてみろ」


 はて、お守り袋と結婚に何の関係があるのだろうか。首をかしげながら開いたお守り袋の中には、ころんとまるい玉がひとつ。角度によって見る色の変わる虹色の石。……あれ、これって、監獄内で坊っちゃんに渡した、最高級魔石に似ているような……?


「もちろん、これも魔石だ。男避け、ヘビやフクロウ、キツネなんかの天敵避け、それから万が一にも恋敵になられたらたまらないからリス避けだってかけている。何が起きても怪我をしないように術を構築していたはずが、しっぽが切れるなんて」

「すみません、あれは『切られた』のではなく、自分が逃げるために『切った』ので、術でも防ぎようがなかったんだと思います」

「いや、次からはそれも防げるように努力する。そもそも俺がもっとちゃんと守っていれば……。もうあんな思いをするのはこりごりだ」


 今まで結構無茶なことをやっても平気だったのは、リスならではの身体能力とかじゃなくって、めちゃくちゃ坊っちゃんに守られていたんじゃ……。え、坊っちゃん、怪我をしないために屋敷の外に出るなとかはいやだからね?


 あとさ、それほどの魔術を構築、保存し、展開できる魔石ってなんだよ。


「……もしかして、これ高いんですか?」

「……それを聞くか? 好きな女に求婚するんだ、それなりに見栄をはらせてくれ」

「……」

「おい、目をあけたまま死んだふりをするんじゃない」


 はい、すみません。むしろ聞くのが怖くなってきたよ。


「でも、私なんかで本当にいいのでしょうか」

「なんだ、俺との結婚は不満か」

「そんな!」

「俺はお前の気持ちが聞きたい」


 不満なわけないじゃないか。


「坊っちゃんがどなたかと結婚しても、その幸せを見守りたいと思うくらいには、ずっと好きでしたよ」


 珍しくはにかむ坊っちゃんは、今まで私が見たなかで一番幸せそうな顔をしていた。


「結婚するんだ、いい加減に坊っちゃんはやめてくれ」

「これは、慣れといいますか」

「まずは、名前呼びの練習だ」

「グ……」

「ほらどうした、グラントだ、言ってみろ」

「グ……ぐええええええ、むりいいいいいい!!!」

「お前は本当に失礼な奴だな!」


 それから、玉の輿にのった娘の噂を聞いた実の両親が騒ぎ立てたり、第二王子が入れ込んでいたお嬢さんが明後日の方向に暴走を始めたり、私たちの恋物語をもとにした歌劇を見た教皇さまが屋敷を訪ねてきたりするんだけれど、これはまた別のお話。

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