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それでもあなたは望みますか?

作者: 陽雲星

初投稿です。

初めて執筆したオリジナル小説となります。

楽しんでいただけますと幸いです。

 


 深い深い森を歩き続け、さらに洞窟をくぐり抜け、その先にある山の頂上にそれはいるとされている。

 人間、あるいは魔物、あるいは魔族、あるいは獣。

 それの姿は見る者によって変わるとされ、真実を知る者はいない。



 カランコロン



 *


 叶えたい願いがある。

 誰にも叶えられない。

 それでも諦められない、願い。


 *




「あの……誰かいらっしゃいますか……」



 小鳥が囀るよりもか細い声を出し男は扉越しに呼びかけた。山小屋はしんと沈黙しており返事はない。そもそも聞こえていないかもしれない。



「……っ、あ、あの……!だれかっ、いまっ!せんか!」



 喉の奥から声を張り出せば、ガタンと音が鳴った。



「………………なんじゃ、うるさいのぉ」



 男の真正面にある扉から出てきたのは齢十ほどの少女。

 目は真珠のように丸く色はない、髪は緩くウェーブのかかったブロンドのロングヘア、全身真っ黒の衣服にキラリと光る真っ赤なルビーを首から下げている。

 男の目の前に立つ少女は声も背丈も少女だが、どこか不思議な色気を纏っていた。まるで人生経験豊富な大人の女性のようで、見つめ続けていればそのうち魅入られてしまいそうだ。



「小僧、われになんの用じゃ」



 少女は男をその色のない目に映すと不機嫌そうに眉を釣り上げた。



「あ、、……っそ、そのっ!!願いを叶えてほしくて!!」



 目の焦点が合わない男は、言い終わると頭を下げた。

 つむじが見えるほど下げられた頭に少女は視線を落とした。



「あぁ、客か」



 無機質な声と冷めたような瞳で男を見下すと、扉を全開にし吐き捨てた。



「入れ」



 男が顔を上げると、先程の冷酷な表情は消え妖艶な雰囲気の女が出来上がっていた。

 見た目は少女のままだが。


 少女に次いで恐る恐る山小屋の中に入る。

 キーと静かに音を立てて扉が閉まった。

 誰も触れていない、風もない無風の日に。



「して、小僧。そなたの願いとはなんだ」



 少女の背丈よりも高い椅子にひょいっと飛び乗り腰かけると、足を組み黒の衣服から白の肌を少し見せ問いかける。



「あ、えっと、その、……」



 男は言いにくいのか、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。

 額にはじわっと汗が浮かび、瞳は目も当てられないほど泳いでいる。



「……はよ言え。言わぬなら追い出すぞ」



 そう、この少女は気が短いのである。



「あ、す、すみません!えっと、僕の、お願い、は……」



 男は一言謝罪の弁を述べると太ももの上に両の手を拳にして置いた。

 ギュッと握りしめられた拳からは、薄く血が滲んでいる。

 キッと鋭い視線を少女に向け、震える瞳を戒めるように唇を噛み締める。



「死んだ婚約者を、生き返らせてほしいんです」



 男の願いは、死者の蘇生だった。

 いや、生をこの世に連れ戻すと言った方が適切だろうか。



「ほぉ~、大層なことを願いよる」



「で、でき、ますか……」



 少女は組んだ足を左右組み換え頬杖を突く。

 片目を薄く閉じ反対側の眉を上げ、口角を歪めながら笑う。



「くくっ、……われに叶えられぬ願いなどないわ」



「それじゃあ!」



 男は顔いっぱいの笑みをキラキラと輝かせて前のめりになった。



「だが、いただくものはいただく」



「え」



「なんじゃ?なんの対価も代償もなしに願いを叶えてもらう腹積もりじゃったか?」



 少女はふっと邪悪な笑みを浮かべた。



「そうじゃのぉ、何にしようかのぉ」



 遊ぶおもちゃを選ぶように楽しそうな言動を見せ笑う。

 悪魔のように見えた。



「あ、あの!なんでもお支払いします!僕に、払えるモノならなんでも!だから、だから彼女を!生き返らせて……!」



 少女の足元に縋りつくように地べたに這いつくばって、許しを請うように頭をたれる。

 なんとも滑稽な光景であるが、少女はそれを愉快だと言わんばかりに喜んだ。



「良い良い。気分が良いわ。小僧の願い、われが叶えてやろう」



 少女はパッと男とは逆方向に飛び下りると、木で出来た机に置かれていた短い杖を一振りした。



「 Tot Wiederbelebung 」



 呪文を唱えると、目の前にパァァァァと眩い光が現れた。

 その光は少女と男だけでなく山小屋を含め近くの森林全てを呑みこんだ。



 少しすると光が弱まった。

 徐々に空間が鮮明になっていく。



「な、なに、が……起こって、……っ」



 男は目の前の光景に言葉を失ったように呆然としている。



「……シェリー、」



 男の目の前には光り輝く前まではいなかったはずの女が立っていた。

 女は男の呼びかけに答えるようにゆっくりと目を開けると、男を視界に捉え笑みを受かべた。



「……シャンス」



 女が男の名であろう言葉を薄い赤の唇から発すると、一筋の涙を流した男は女の元へ駆け出した。

 縋りつき泣き喚く男のさらに上から、覆いかぶさるように女が男の背に体を預ける。

 二人して涙をみっともなく垂れ流しながら、泣く姿は滑稽としかいえないだろう。



「願いは叶ったか?」



 男と女の嗚咽しか聞こえていなかった空間に少女の声が響く。

 男は少女を見て、姿勢を低くしたまま感謝を述べる。

 頭を垂れて、額を床に擦り付け、何度も何度も。

 少女はその様を先程座っていた椅子に座りながら見て、良い良いと手を振った。



「では、代償をいただこうかの」



 感動の再会など知らぬというように少女は話し出すが、男にとっては女が生き返ったことだけで心が満たされ、元気に肯定を返す。

 女は段々と意識が明瞭としてきて自分の置かれた立場を少しずつ理解していった。



「ねぇ、ねぇ、何を、願ったの、まさか、わたしの、……どうしてっそんな、」



 女は混乱していた。

 先程までは女自身意識も朦朧としたまま、死の世界で見る最後の愛しい者との記憶の残像だと思っていた。

 しかし実際はどうだ。

 ここは女がいていい場所ではない。

 死の世界に足を踏み入れた者は、二度と生の世界に舞い戻ることは許されない。


 そのことを、死の世界で過ごした女は知っていた。


 そして、これを成し得た少女もまた、知る一人だった。



「シェリー、君がいない日々は、心がぽっかりと開いたようだった。君の元へ逝こうと思った。でも、病気で逝った君と自分の手で逝く僕とで逝き先が違ったら、僕は耐えられない」



 男は真剣だった。



 男だけが、死の世界を知らなかった。



「死の先でも君と出会えないのなら、僕の何を失ってもいいから君と生きたかった!!!そして今度こそ、」



 男は愛を込めた瞳で女を見つめた。



「君と一緒に逝きたかった」



 先程まで歓喜で震えていた男の瞳は一寸も動かず、ただ女を見る。

 その姿を、自身の瞳に閉じ込めるように。

 女は膝をつき、顔を両手で覆い水を落とす。



「わたしのせいで、」



 男は女の傍に擦り寄り抱きしめた。



「君のせいじゃない。君のおかげで、僕は心から人を愛するということを知ったんだ。君がいない世界なんて、僕には何の価値もない」



 女が自分のせいで失うことになる”何か”に怯えているのだろうと男は悟ったが、四肢だろうが臓器だろうがくれてやるつもりで魔女の元に来たのだから、怖いことなんて一縷もなかった。

 自分の身がどうなろうと、君さえ僕の傍で笑っていてくれるならと、本気で思い描いていたのだ。



「話は済んだかえ?」



 少女は二コリと笑みを浮かべて二人を見据える。

 その眼にはキラリとハイライトが灯っていた。

 男が口を開く前に、女が男の前に飛び出し濡れた頬を晒して少女に追いすがる。



「お願いします!!彼は知らないのです!!どうか慈悲を!!どうか!!」



 眼をかっぴらき真っすぐ少女を見つめて、少女の顔から笑みが失われれば、バッと頭を下げ額どころか鼻が潰れそうなほど床にめり込ませ謝罪と願望を述べる。



「……われはきちんと説明したぞ。願いを叶えるために代償をいただくと。詳細も何も聞かず諾を返したのはこやつじゃ」



 顎で男を指し、女に冷酷な視線を向ける。

 少女はイラついていた。

 すでに少女は力を行使し男の願いを叶えた。

 次は男が少女に対価を捧げる番だというのに話が進まない。



「めんどくさいのぉ、」



 頭をガシガシとかき眉間に深い皺を寄せ目を瞑る。

 女はそれでも尚願望を口にする。



 ダン!!!!!



「お前の願いを叶える道理はない」



 眼から完全にハイライトを消し去り高い椅子から飛び降りた少女は、女を一瞥もせず男の元へ向かう。

 コツコツと先程の怒りが嘘のようにゆっくりと歩みを進める。

 少女は男の顎を小さな親指と人差し指で掴むと、グイッと上げた。

 男はなんとも情けない声を出して少女を見る。

 少女はゆっくりと瞳を歪め、口を開いた。



「 Voler Important 」



 スッと男から力が抜ける。

 バタッと倒れこむと少女の横を通り過ぎた女が男を抱き上げる。

 何度も何度も女は男の名を呼ぶが、男がそれに答えることはない。

 女は男を抱え嗚咽を漏らす。

 どうして、なんで、と泣き喚くが男は動かない。



 亡骸に何度言葉を贈ろうと、言葉が返ってくることなどない。



「……どうして、どうして彼の、命を……、」



 女は恨みがましく少女を見るが、代償を受け取った少女はそれはそれは上機嫌であった。



「あぁ、やはり美味じゃのぉ」



 ペロリと唇を舐めると顔を紅潮させてうっとりとしている。

 これは少女の癖であった。

 ”美味いモノ”を得た後、少女はいつもこうする。

 今の自分が世界で一番幸せだと信じて疑わない表情をする。

 この瞬間が一番幸福だと決めつけたように舌なめずりをする。



「久しぶりの獲物で気分がいいからの。お前さんの願いは聞けんかったが、お前さんの問いには答えてやろう」



 少女は女と男の前で屈み、ニッと顔を歪めて笑う。



「われへの代償はそやつの一等大切なモノ。それだけじゃ」



 目から涙を溢れ出して少女をじっと見つめながら女は口を開いた。



「……シャンスは、自分の命が、一番大切だったの……、だから、死んだの……」



 それは問いかけか、はたまた自身への言い聞かせか。

 少女は問いかけと判断しさらに言葉を連ねる。



「その解答は当たりではないの。ちと補足が必要じゃ」



 少女は女が抱えたままの亡骸を一瞥すると、より一層の笑みを深めて話し出した。



「こやつにとっての”大切”はお前さんと過ごせるこれからの人生。そしてお前さんと共に逝くことのできる命」



 その言葉を耳に入れた女は、腕の中で二度と目覚めない男に向かって涙を落した。

 抱きしめる力が一層強くなった気がするが、そんなこと、少女には関係ない。

 説明を終え、仕事は終わったといわんばかりに机の上に置いてあった杖を手に持ち一振りする。

 キラキラと光の粒子が舞うと女と亡骸を包み込み、その姿を消した。



「ふふっ、今日のわれは一等優しいのぉ」



 共に逝かせてやるのじゃから。



 虚無に向かってそう呟くと、鼻歌を歌いながら軽い足取りで部屋の奥に消えていった。






 ―――

 ――

 ―






 この語りは誰がしてるかって?



 普段なら絶対教えないけど、今のわたしは気分がいいからね。



 教えてあげよう。



 わたしは、



 少女の最初の依頼人であり、この山小屋に姿を変えられた、ただの女だよ。




願いを叶えるためには同等の価値の対価が必要ですよね。

魔女は慈悲深かった。それでいて残酷だった。

人の心を持ち得ない魔女にとって、男の女を愛した想いは実に甘美だったのでしょう。

語り手の願いは何だったのでしょうか。

魔女は語り手のことを覚えているのでしょうか。


読んでいただきありがとうございました。

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