91.発覚
スバルが帰ってから数日後。年明けの雰囲気を楽しむこともできない中、寒さだけは厳しくなっていた。
油断ならない状況であるが、定期的に話し合いの場は作ろう、ということになった。
そして、今日がその日である。
「はぁ?忌み子の軍には補給部隊がない?」
スバルが素っ頓狂な声で聞き返してきた。
ボクが二度戦った大軍の共通点。基本的に食料は個人が携帯している分だけであり、洗濯部隊なんかもなかった。
「回復部隊はいたけどね。でも、どう見ても少なすぎたよ」
戦争は大規模な混戦になる。モンスターを狩るのとはわけが違うのだ。
同時に何百人もの人間が負傷する。しかしすぐに処置をすることもできないため、傷は悪化していく。戦えなくなってようやく治療を始めたときには、回復役一本では足りないほどになっているのは当たり前だ。
負傷者がなだれ込むように運び込まれる。それに対処するのにも多くの人間が必要だ。
狩りとも決闘とも違う殺し合い。それが戦争だ。
「だから全員一度に、一撃で殺すんだ」
夜を降らすと表される大魔法。
暗闇に落ちて、痛みも与えぬまま死体すら残さない。
目の前で仲間が殺される痛みを。その手で誰かを殺める冷たさを。家族を残して死ぬ苦しみを知る前に。
「…ボクの声は、兵士たちには届かないから」
やめて、立ち止まってと叫んでも。両手を広げて立ちふさがっても。兵士たちは武器を手に足を止めない。
戦争の勝利は、人類の幸福をもたらすと信じているから。
「もし、陛下の言葉が届くようになる方法があったとしたら?」
話し合いの間、ずっと黙っていたベルの言葉だった。椅子から立ち上がり、手を握り締めていた。
「…方法が、あるの?」
相手は忌み子、ひいては機構権限だ。ミコトの父親の状態異常無効すら打ち破るほどの力に、対抗策なんてあるのだろうか。
「確証はありません。ですが、妾ならできるかもしれません」
ベルが眼鏡を外した。そして瞳へと指を触れさせ、小さなガラスを取り出した。
栗色の模様が入ったそれは、古代の文献にあった…。
「カラーコンタクトレンズ…かの?」
何故そんなものを、といった表情のグラケーノ。ボクも同じ気持ちだ。
だってそれは瞳の色を偽るものであり。色を偽るのは、悪魔であるベルにとっては簡単なことであるはずなのに。
わざわざそんなものを付けていた理由は…。
「形態変化の能力や、変身魔法では隠せませんでしたから」
露わになった両の眼は、血のような赤色をしていた。それはボクの魔眼の色にも似ていて…。でも、こんなふうに目が染め上がることはなかったし、大きな×印なんて浮かんでいなかった。
そして、ベルの魔力を今この身で強く感じた。
かつての憤怒の悪魔が炎を操る魔力を持っていたように、ベルも氷を操る魔力を持っていた。しかし、心の底まで見透かされるようなこの恐怖は、今まで感じたことがない。
「これが妾のもう一つの魔力…禁忌権限・演算です」
言っている意味は分からなかった。でも、ボクの声が届くようになるのなら、それ以上望むものはなかった。
「その力でなら、ボクを止められるの?」
淡い期待と、それ以上の疑心がそこにあった。




