89.昼食
第四、第五の腕まで使って大急ぎで支度をした。
とりあえず、さっと火を通してできるものを。食べている間にハンバーグを整形する。
一時間以上かかったが…立派なごちそうが出来上がった。
ミコト、喜んでくれるといいな。
「ハンバーグ、オムライス、エビフライ、ナポリタンに香草スープ…これは、世にいうお子様プレートというやつかい?」
ミコトが好きな献立なのだから仕方ない。まぁそもそも量はお子様用ではない。
「ずいぶん待たせちゃって、ごめんね」
「別にかまわないわよ。私はずっと食べてたもの」
おかわりを待ってましたとばかりに目をきらきらさせるミコト。こういうところは子供っぽくて可愛いと思う。
「というか、なんでスバルは食堂に来てるの?安静にしてた方がいいんじゃ…部屋にご飯も持っていくよ?」
「一人でおかゆをすするのも寂しかったのだ。あと、めっちゃいい匂いがして我慢できなかった」
来たら来たでおかゆしか食べれないのも可哀想に思えてきた。
しかしここは心を鬼にして、スバルの胃腸を守らなければ。
「…キミのお昼は卵おかゆだよ」
台車の上の鍋から一杯掬い、スバルへと手渡す。
「今朝見たものより、茶色っぽい気がするな」
「味があるものがいいって言ってたから、味噌を入れたんだよ。味噌なら身体にいいっていうし、大丈夫かなって思って」
「卵に…味噌?味の想像ができんのだが…」
首をかしげながら、匂いを確かめるスバル。
「お疲れ様、ほら座って。早くしないと、私が全部食べちゃうわよ?」
ミコトに急かされるまま、その隣の椅子に座った。
「いただきます」
みんなで一緒に声を揃え、手を合わせた。
気疲れしたのか、今日はベルも一緒に食べてくれるらしい。
おいしいものを食べれば元気が出る、って小さい頃言ってたな。
「お嬢、おかわりはいるかの?」
「ええ。ハンバーグをもらえるかしら」
ひとりだけ食べれないグラケーノは、おかわりをよそう役をしていた。
…味覚もなく、一緒に食事ができないのはとても残念だ。そういった生理的欲求がないからこそ、永い時を生きられるとも言えるのだろうが。
「意外と旨いな。卵おかゆ」
火傷しないように気をつけながら、おかゆを口に入れていくスバル。
「こういう味を、家庭的というのか…ミコトちゃんの報告通り、女子力は高めらしいな」
あの子は一体何を報告しているのだろうか。
「マスターのハンバーグって、甘めの味付けっすよね」
「ミコトがこの味がいいって言ったからね」
ぱく、とハンバーグを一口食べてみる。
ケチャップが多めの甘口のソース。肉からしみ出る熱い脂。柔らかい玉ねぎの食感。ケチャップのトマトの味が後を引き、もう一口と手が伸びてしまう。
うん、やっぱりおいしい。
「…陛下」
ごく小さな声でボクを呼び、視線を寄越すベル。その手には、グラケーノからもらった二杯目のスープがあった。
「もしこの料理のどれかに毒が入っていたら…陛下はお召し上がりになりますか?」
小さな器の中で揺れるスープを見つめながら、そう問うてきた。
匂いを嗅ぐ範囲では、毒は盛られていないようだが…。
「食べないかな。だって…こんな幸せな食卓、壊したくないよ」
みんな過去に背負うものはあるけれど…ここは幸せで満ちているから。
「…そう、ですか」
それっきり、ベルは話しかけてこなかった。
ボクはまだ、その言葉の意味を知らなかった。
…その言葉の違和感にすら、気づけないでいたのだ。




