88.せいぞん
お腹を鳴らしてしまった。それも、これ以上ないくらい大きな音で。
そこで話し合いは中断され、シノとベル、ヒグレは厨房へと行ってしまった。…ヒグレも、骨は折れていないはずだ。たぶん。
なので、残り三人でしばらく待つことになったのだった。
「グラケーノ殿、少し膝の上に載せてみてもいいかい?」
「あぁ、かまわんよ」
ひょい、とグラケーノを膝の上へと置いたスバル様。少し大きいが、まだまだ可愛らしいサイズ感だった。
「王宮では犬猫は飼えなくてな。こうやって動物を膝の上に載せてみるのが夢だったのだ」
「ワシ、お前さんの中でそういう扱いなの?」
頭や背中をなでなでして幸せそうなスバル様。…言ってもらえれば、私も撫でられるのは嫌じゃないのに。
「不快だったらすぐ言ってくれたまえ。全力で謝ろう」
「お前さん国王じゃろうに…ずいぶん大胆じゃのう」
王は頭を下げないものといわれているが。スバル様はけっこう下げているように思う。まぁ、その分人使いの荒さは他に類を見ないほどであるが。
撫でられるグラケーノも満更でもなさそうだ。ひょっとしたら、かつて仕えていた姫に撫でてもらうこともあったのかもしれない。
「ミコトちゃんは、この先も生きていてくれるかい?」
その声は、悲痛なほどの憂いを帯びていた。
この先、というのはおそらく、リンネとの決着がついた後のことだ。
「生き残ってみせます。絶対に」
だから、はっきりと即答した。これは私自身の、覚悟を決めるためでもあった。
「余は、お主の母君を救えなかった。だから、せめて子供たちだけでも救いたいと思ったのだ…」
王としての時間をやりくりしながら、私と会う時間を作るのはさぞ大変だったことだろう。
「リンネも、まだ止められる余地はある。だがもし、取り返しのつかないことになったら…この手で、判決を下さなければならなくなる」
戦争の首謀者。特に魔王に対しての宣戦布告を行えば、それは死刑と直結する。
もしラグナロストは宣戦布告を受けた場合、アカツキとの条約の全てを放棄すると宣言しているのだから。
一度捨てられれた条約を結び直すことは難しい。条約とは双方の信頼に基づくものであり。それを放棄することは、それまで築いてきた信頼の一切を斬り捨てることと同じなのだから。
「もしミコトちゃんが殺されて、その上でリンネを処刑することになったらと思うと…恐ろしくてたまらないのさ」
もしかしたら、リンネの暴走を止められなかった罪で、スバル様も処罰を受けることになるかもしれない。
「…すまない。子供の前でこんな情けないことを言っては、王も務まらんな」
凛とした姿、飄々とした仕草。そんなのはたくさん見てきたけれど。スバル様も不安になることがあるのだと、今、初めて実感した。
「約束してくれ。全部が片付いた後も、お互いに絶対に生きていると」
冗談の欠片もない、本気での言葉であった。
「もちろんです。絶対守ります」
そう言って、二人で小さく拳を突き合わせた。
「余が生きてさえいれば跡継ぎ争いも起こらないし、一石二鳥というわけだ」
暗い空気をはもういらないとでも言うように、スバル様はにっこりと笑った。
「今日はシノのハンバーグも食べれませんからね。あの味を知らないまま死ぬなんて人生損してますよ」
「今日の余はおかゆしか食べさせてもらえないからな…次に期待するとしよう」
王都でもハンバーグは食べたことがあるが。やっぱりシノには敵わないと思う。
「カレー味のおかゆは許されると思うかい?」
「胃にやさしいのか刺激物なのか分からん料理じゃな…」
確かに、と三人で笑い合った。
…いつかまた、こんな日が訪れますように。
そのためにはまず、なんとしてでも生き残らないと。




