86.こんご
正直、ヒグレが生き残ってくれたことへの安堵のほうが大きかった。
もちろん、殺人という罪への恐怖もある。でも、ヒグレやシノの様子を見ていると…それが悪だと、責めるのも間違っている気がした。
「では、これからのことについて話し合おう」
沈黙し、六人それぞれが考え込んだ。
「まず、ミコトちゃんを一人にしちゃいけない。誰か魔族のものが常に同行してほしい」
「ヒグレも、単独での行動はしないほうがいいよね」
何故ヒグレが狙われるのか、不思議であったが…教会が取り返したかったのは、情報なのかもしれない。現に、ヒグレが教会内部の情報を話してくれたおかげで、こうして対策の方針が立てられるようになったのだから。
「下手に散開するより、集まったほうがいいのかしら」
各個撃破、最悪向こうの戦力に取り込まれる可能性がある。このうちの誰かひとりでも向こうの陣営に加われば、戦局は大きく傾くかもしれない。
「ミコトにベル、ヒグレにグラケーノを…」
「あの、それなんじゃが…ワシはスバル王の護衛にさせてもらえんかの?」
グラケーノは口をもごもごさせながら。
「今ここにスバル王がいる理由を考えると…魔族だと人間の王の護衛は難しいじゃろうし…」
忌み子の機構権限には、騎士すらも抗えない。となると、耐性のあるグラケーのは適任であるのだった。
「お嬢をアカツキに帰すのも危険すぎるじゃろう?ワシなら姿も変えられるし、なんなら剣なんかになってもいいし…」
シノは何かを待つように、じっとグラケーノの目を見つめた。数秒迷った後、グラケーノは意を決したように言った。
「ワシはスバル王の護衛がしたい。だから、その許しをくだされ」
よく言った、とでも言うように。シノは大きく頷いて笑った。
「ボクも少しそう思ってたんだ。じゃあ、キミにスバルを任せよう。スバル、いいね?」
「あぁ、もちろん。グラケーノ殿、よろしく頼む」
緊張気味な、嬉し恥ずかしの表情のグラケーノ。少し照れくさいのだろう。
「となると、ミコト、ヒグレ、ベルの三人組になるけど…」
カイの力は未知数だが。この面子をまとめて潰せると考えるほど向こうも馬鹿じゃないだろう。
「大丈夫よ。三人いればやりようはあるわ」
このあいだの決闘でお互いの弱点は把握している。それを埋めあえるよう立ち回ればいい。
…あれ、ちょっと待て。これだと、シノがひとりだけになるのだが。
「あんたはひとりで大丈夫なの?あんたの強さは知ってるけど、例のカイなんかが出てくるときついんじゃ…」
「大丈夫だよ。まだキミにも見せてない、とっておきがあるからね。それに…もし戦争が始まったら、ボクは単騎で最前線に出なくちゃいけないから」
シノは、窓の外を見つめて。
「…今回は、何人殺さなくちゃいけないのかな」
その言葉は、ひどく重く、冷たく感じた。悲しみと、それ以上の冷酷さを秘めた声だった。
これが、魔王ということなのだろうか。
「機構権限を使って強制的に集めれば、国の騎士団や貴族の私兵団はもちろん、遠い小国の農民まで兵士にすることができるんだ」
罪なき民を、戦争犯罪者にしてしまうというのか。シノは、その上で多くの命を奪わなければならないのか。
自分は魔王に家族を殺されていて。自分もまた誰かの家族を殺す立場に立たされて。
…あぁ、女神様。あなたは命を嘲笑っておいでですか。悶え苦しむ私たちが、そんなに滑稽なのですか。
「逆を言うとね、機構権限で人々の心を操らないと、第二、第三の戦争が起こるから…忌み子は殺しちゃいけないんだよ」
そうでなければ、こんな仕打ちできるなずがない。
たった一人の、最も罪深い者だけを殺してはいけないなんて。ひどすぎる。あまりにも皮肉な話だ。
「この罪を背負うのは、ボクひとりで十分だよ。魔王の汚名をかぶるのも、ボクひとりで十分だ」
私がシノを殺したら、いつか私も同じ罪を背負うのだろう。
でも、そのとき隣にシノはいてくれない。
…どうしてだろう。こんな、不安に押しつぶされそうな気分になるのは。
ずっと前から、分かっていたことのはずなのに。




