8.こいごころ
スバル様と協力して何とか家の者も黙らせることができた。
残るは魔王本人との交渉だ。
「おはよう。ミコト、さん」
まだ若干の眠気を引きずるようにして現れた魔王。
「敬称はいらないわ。私は一度負けた身だもの」
勝った方が偉いという単純なルールだ。
「えっと、じゃあミコトはどうしてここに来たの?」
スバル様の手紙を見やりながら魔王は首をかしげた。
派遣と書かれていることに疑問を抱いたのだろうか。
…その理由は単純だ。
「あんたを殺すためよ。魔王」
家の者の望みは人間と魔族を断絶させること。
私はそれは望まないが…魔王を殺したいのは私の偽らざる本心だ。
どうすれば勝てるか。もし首に刃が届いたらどんな顔をするのだろうか。
こいつの血はどんな味がするのだろうか。
そんなことを考える度に胸が昂るのを感じた。
…私はどこか狂っていることは知っている。
でも魔王に立ち向かう者が正気なはずがないのだ。
「殺せるといいね」
少し含みのある魔王の笑み。
見定めるような、値踏みするような目をしていた。
「何十年もかかるだろうけど、いいの?」
「ええ、もちろん。そのために期間を無期限にしているのだもの」
書類上は、だが。正直この条件を引き出すのが一番大変だった。
さらに、私にはもう一つの使命がある。
「あんたの言動、思想、弱点から女の趣味まで報告するけど、いいかしら?」
私は使者であり密偵。しかし隠してもすぐ気づかれるだろうし、先に言っておくことにした。
「逆に清々しさすら感じるよ…まぁ、別にかまわないよ。ボクの考えをきちんと伝えてくれるなら」
「そこは保証するわ。一言一句間違えないから」
勇者に与えられるものはいくつかある。
一つは光の魔力。強力無比で勇者の血を引く者しか持つことができない希少なもの。
そして状態異常無効。これも勇者の血がなければ得られないもので、どんな毒も呪いも受け付けないのだ。
明晰な頭脳はもちろん、身体能力も人並み外れている。
他にもあるらしいが…それはまた別の話。
「じゃあこれからよろしくね、ミコト」
片膝をつき、目線を合わせる魔王。
近くで見るとその目はより美しく、笑顔は優しかった。
「こちらこそよろしく…シノ」
初めて名前を呼んだ。
出会ってから一度も口にしなかったけど。
いざ口にしてみるとふわふわとむず痒くなってきた。
「じゃあこれからは同居、なのかな?」
手紙の内容を確認するシノ。
事実が今更になって脳に叩き込まれ、どくんという音が耳を貫いた。
顔が一気に熱くなって、頭が燃えるような感覚がした。
「え、ええ、そうね…」
「どうしたの?顔、赤くなってるけど大丈夫?」
より顔が近くなって、身体がこわばって息が止まった。
「…殺し合いをしましょう」
すらぁ、と刀を抜く。
刃でしか感情を表現することができなくなってしまっていた。
…この歪みきった恋心にも似た感情は、どうすればいいのだろうか。




