82.そしき
ヒグレが急に取り乱した。
シノがすぐに落ち着かせにかかった。手を握って、肩に手を置いて…普段の私なら、羨ましいと思ったかもしれない。
でもヒグレのあの様子を見ると、そんな気になるわけないのであった。
「す、すみません。見苦しいところを…」
数分後、ようやく落ち着いたヒグレが深く頭を下げた。
「余は気にしていないさ。むしろお主が心配なくらいだ」
私もスバル様の言葉に賛成である。
「えっと…少し、昔のことを思い出してしまって…」
昔と聞いて、察しがついた。おそらくは、人間に囚えられていたときのことだ。
「すまんかった、ヒグレ、ワシのせいで…あぁ、また余計なことを…」
グラケーノは口を押さえて俯いた。土塊の身体とは思えないほど、苦々しい表情をしていた。
「…いや、やっぱり話さなきゃいけないっすね。隠す方が、色々とまずい気がするっす」
ヒグレは一つ、深く息を吐いて。
「実は、マスターたちが城を留守にしている間に…同じ格好をした人間たちが、城の方にも来てたっす」
同じ格好ということは、同じ組織であるということ。
グラケーノの解放も、城への襲撃も同じ計画だということか?確かに、シノがグラケーノへの対応に追われている間、ヒグレしか城を守る役はいないわけだが。
「国盗りかと思ったけど…本命はキミだったのかもね」
やっぱり、とでもいうように。シノは平然とした顔をしていた。
…考えてもいなかった。ヒグレが人間に奪い返されるかもしれないなんて。
リンネがヒグレに執着する理由があるとすれば…。
「たくさんの…三十人以上の人間が、武器を向けて…怖かったっすね」
屈強な男から、女の魔法師まで。そんなにいたら、私だって怖くなるだろう。
「みんな、口を揃えてオレのことをオリガミって呼んでたっすよ」
オリガミという言葉をヒグレの口から聞くのは初めてだったが…とても、辛そうに見えた。オリガミって、一体何の意味が…。
「オレがヒグレになる前の、人間に付けられた名前っす」
それはおそらく、闇市での商品名だったのだろう。だから、昔を想起させる言葉で、ヒグレをここまで苦しめているのだろう。
「その名前を付けたのは、城にやって来た人間たちと同じ組織で…白陽教という教会っす」
同じ組織。しかし白陽教は初耳だ。名前からすると、人間側の宗教のように思えるが。
シノが夜天の魔王と呼ばれるくらいだから、魔族側は夜や星を信仰する傾向があるのだとかで…。
「白陽教が!?それは本当か!?」
目を見開き、身を乗り出すスバル様。
急な大声にびっくりしたヒグレが、すぐにシノの背へと逃げた。
「あ、す、すまん。余も驚いてな…白陽教というと、勇者…リンネと繋がりはありそうなのだが、全く情報が掴めていない組織…。それが闇市とヒグレ君にまで絡んでいたとは。組織的に動いていると考えるべきか…」
額に手を当て、また考え込んでしまうスバル様。
「もし、構わないのなら…忌み子とどう繋がっているのか、知っていることがあれば教えてくれないか?」
ヒグレは、しばし瞑目した後。
「繋がっているというか…勇者こそが教会の信仰対象っすよ」
その言い方には混乱した。勇者を信仰?人間が人間に信仰心を抱くものなのか?
「勇者の仲間となる人間を育成する。それが教会の目的っすから」
信じられない言葉だった。が、ヒグレのぞっとするほど冷たい声が、それが事実であると物語っていた。




