80.にんしき
今日はシノがハンバーグを作ってくれるらしい。それは喜ばしいことだ。スバル様が一緒に食べられないのが残念だが…。
また会って、そのとき食べればいいだけの話だ。
「リンネが戦争を起こそうとしているとして…なら、リンネを逮捕して牢に入れれば、軍は動かせなくなるんじゃないかしら?」
「余の権限なら、それもできなくはないがな。ある日突然、牢に入れと命じられて、ミコトちゃんは従うことができるかい?」
絶対に暴れまわると思う。最悪王宮ごと吹っ飛ばすことになる。
「リンネなら、それを理由に国を挙げてのクーデターだって起こせる。余も民と全面戦争をするのは是としない」
はっきりとした証拠もないのが現状である。悩ましい。
「人々の心を操ることができるということは、そのまま情報操作ができるということだ。人の口から情報を得ることは不可能と考えた方がいい」
勇者の名前の一件から、人々が無意識のうちに嘘を吐き、信じ込んでしまっていることも考えられる。
「私も機構権限の影響下に入っていると考えたほうが良いのかしら?」
「そうだね。発動条件は不明なところが多いけど…接触は避けた方が良いかも」
洗脳されて自殺してしまっては、ここまでの努力が水の泡となってしまう。
「もしリンネよりさらに上に黒幕がいたらどうするのよ?」
「リンネさえ押さえてしまえば、軍は動かせなくなるはずだよ。いたとしたら、リンネから吐かせればいいだけ」
さらりとシノは言うが…言葉の節々に普段は見られない棘を感じる。リンネはそこまで悪なのだろうか?
私もリンネに操られているのか。魔王としての呪いがそうさせているのか。考え始めたらキリががないが。
「リンネは、どんな悪事をはたらいてきたのよ?」
全ての悪事がリンネと繋がっていると考えるのも、いささか安直すぎると思う。
「さっき言った分と、あとは…グラケーノの解放かな」
忘れかけていた謎。グラケーノの封印を解除した犯人。
そうだ、グラケーのはその目で見ていたはずなのだ。
「…本当に、リンネだったのね?」
するとグラケーノは、言い辛そうに口をつぐんで。
「あぁ…お前さんと同じ目と髪の色をしておった。機構権限でワシを洗脳しようとしたが、失敗して怒り狂ってな。あの子は…あの目つきは、忌み子で間違いないはずじゃよ」
どんな顔をすれば良いのか分からないらしく、グラケーノは俯いて目を背けた。
…それだけで嘘を吐いていないと分かった。
グラケーノは、文献の通り優しいから。私の立場や気持ちを考えて、あまりリンネを糾弾する気にもなれないのだろう。
優しすぎるわね、本当に。
「言い辛かったわね。でも、教えてくれて感謝するわ」
たったひとりの証言では、世間や法律を納得させることはできない。でも私の中で、戦う理由とするには十分だ。
グラケーノの解放は、本当に危険なことだった。
結果的に、誰も血を流すことなく収束し。民たちの生活は守られたが。もし、あのまま王都へ向かっていたら。和解することなく、シノが戦うことになってしまったら。
もしもシノが血を流したら、どれだけの者が悲しむか。グラケーノを生んだ、人間という存在に武器を向ける者が現れてしまったら。夜を降らすといわれる大魔法での犠牲者が出てしまったら。
シノに、これ以上の苦しみを与えてしまったら。
タラレバな話かもしれない。でも、大丈夫だったと言うのも結果論だ。
「血縁で争うのは気が進まないけれど…仕方ないわね」
ここでようやく、私はリンネを敵としたのだった。




