79.食事
スバルがボクにミコトを押し付けてきた理由が分かった。
洗脳された人間による迫害、か‥一体何をされてきたというのだろう。
「言い辛かったら悪いんだけど…キミ、文字はどうやって覚えたの?」
服を買い揃えるために、冒険者ギルドに登録して賞金首で荒稼ぎをしていたと聞いた。しかしそれには読み書きやある程度の計算力も必須であり。ミコトの幼い頃の話を聞く限りじゃ、そんな教育もまともされていなかったではないかと思ったのだ。
「あぁ、文字ね。それなら家で覚えたわ」
そしてミコトは事も無げに言った。
「リンネが使ったあとの、ゴミ箱に捨てられていた教材を使ったのよ」
折れ曲がったり、しわくちゃになったそれらを、慎重に指で直して勉強したと。
「屋根裏や床下から盗み聞いたりもしたわね。ときどき、近くの学校にこっそり覗きに入ったりして…」
独学とか、そんな話じゃない。自分の力だけで情報を学び取っていた。
「食料の調達にも苦労したわね。小さい頃は兎一匹狩れなかったもの。鳥を投石で仕留めるのも難しくて、ゴミ箱の野菜の切れ端や魚の内臓なんかでしのいでいたのよ」
…ミコトの味覚が少し歪になっているのは薄々感じていた。
状態異常無効。故に今、自分が置かれている状況がどれだけ危険なのか気付けない。
我慢してしまえば、何でもできてしまう。劣悪な環境に、完全に適応してしまうのだ。
「…余も初めて聞いたときは驚いたさ」
ボクもまだまだ理解不足だったと痛感させられた。
「ミコト、今日はボクがハンバーグ作るから。とびきり大きいやつ」
「?話の流れが分からないのだけれど…まぁいいわ。ケチャップ多めの甘いタレも作ってくれるかしら?」
昼食は好物と知ってワクワクとした表情のミコト。
…おいしいご飯、お腹いっぱい食べさせてあげないと。
ボクも魔王になりたての頃は、生肉で済ましていることも多かった。
各地で頭を下げて、休戦を頼み込んで。ヘトヘトになっていた。そんなとき、ある村の住民が一杯のスープをボクにくれた。
そのスープは、忘れかけていた料理という味だった。あたたかくて、おいしくて。思わず涙が溢れ出た。
そのひとにスープの作り方を教えてもらったのが、ボクの料理の始まりだった。
お金の使い方も教えてもらって、行った先々でいろんな料理を買って食べた。
母の手料理の味は忘れてしまったけれど。どの料理にも作りての心がこもっているようで、身に沁みるようなぬくもりを感じた。
おいしいという気持ちは不思議なもので、過去への後悔や未来への不安も、一時だけ忘れられるようだった。
「お手製ハンバーグは、余には難しいのだがな」
そう言ってスバルは小さく笑った。
スバルも、何だかんだ言いつつミコトを娘のように可愛がってるように思う。しかし王としての仕事もあり、なかなか思うようにいってないのだろう。その上、今は命も狙われている状況で…。
「余もシノ殿のお手製ハンバーグが食べたい」
「とりあえず今日は卵おかゆだよ。また今度ね」
あぁでも、何だかんだ言って生き残ってそうだなこの王は。
過ぎ去った時間は戻らない。でも、幸せな今で心を満たすことはできる。
「?どうしたのよ?そんなじっと見て」
「…いや、なんでもないよ」
幸せな今を、ボクはあとどのくらいキミに与えることができるのかな。




