69.打算
ミコトたちとの戦闘から十日ほど。今日はミコトは森へ狩りに、ベルは王都へ買い出しに出掛けている。
中庭でグラケーノとおしゃべりしようか、なんて思っていたところ。
「マスター、ちょっと時間いいっすか?」
掃除が終わったのか、ボクの部屋へとやってきたヒグレ。
「ボクはいいよ、お茶でも淹れる?」
「いや、その…今はそういう気分じゃないんで」
どこか緊張した様子で、そわそわとしていた。
そして、一つ深呼吸をしてから。
「オレがここへ連れてこられた本当の理由、教えてもらえますか?」
…あぁ、やっぱり気づいてたか。
そろそろ頃合いだと思っていたし、ちょうどいい。
「そうだね…ボクがどうやって魔王になったか、知ってる?」
それから、北竜の里、先代の魔王、復讐。全て隠さずに話した。
「だからキミには、ボクを殺してもらいたいんだ」
言うかどうか、迷っている部分もあった。
だって、彼はその血から多くの者に利用されてきたのだから。ボクが助けたのも打算の上での行動だなんて知ったら、彼の心にどれだけの傷が残るか分からないから。
「ごめんね。ぼくも善意ばかりでキミを助けたわけじゃないんだ」
悲しんでいるか、失望しているか…と思ったら。
ヒグレは少し目をぱちぱちさせて、首を傾げていた。
「なら。どうして檻にいれなかったんすか?」
ごく当然のように、ヒグレはそう言った。
「オレを強い駒にしたいのなら、そうすれば良かったっすよね?」
それは、ヒグレの経験からでる言葉らしかった。
「地下の檻に入れて、凶暴なモンスターでも何体か入れて…。それを殺さなきゃ殺される、食事もその死体だけってなれば、否が応でも強くなるっすよ」
いつもの彼には似つかわしくない、ひどく冷淡な声だった。
「でも、そうしなかった。それだけで、オレは十分救われてるっすよ」
ふっと表情を緩めて、真っ直ぐに見つめて。
「打算の上でも、その事実は変わらないっすから」
言い表せない、複雑な表情をしていた。
笑っているのに、苦々しい色が滲んでいるというか。失望や絶望ではなく、もっと深い、憂いを帯びているというか…。
今のボクには、分からない感情だった。
「気まぐれな善意で助けられて捨てられる方が、よっぽど辛いんで」
どんな仕打ちを受けてきたのか、問うことは許されなかった。
「あぁ、でも。魔王になるかどうかの返答は、もう少し待ってほしいっす」
考える時間が欲しい、とのことだった。
「もちろん。じっくり考えてね。ゆっくりでも、何年かかってもいいからね」
思い返せば、即答したミコトはかなり異質である。
「…マスターは、死ぬのが怖くないんすか?」
夕日色の瞳は、疑心を帯びていた。
生ある者は死を恐れる。でもボクは。
「怖くないよ。今だって、生きてる気がしないからね」
水たまりで金色の瞳を見たあの日からずっと。
喉笛を裂いても死なない身体になって。肉体の成長だって止まってしまった。
それなのに殺せば殺すだけ力が強くなっていくのが、ひどく不気味だった。
「…ボク自身、どこかが壊れちゃったんだよ」
魔王になるとは、そういうこと。
この業を友に預けるボクは、きっと地獄に堕ちるのだろう。




