59.留守
ミコトは今日も出かけているらしい。
聞けば、東竜の里に行ったのだという。
粗相がなければいいんだけど…。
「どうしたんすか?なんか元気ないっすけど」
中庭でぼんやりしていると、ヒグレが話しかけてきた。
「ミコトがいないと静かだなぁって」
「あー、そうっすね。だいたい騒ぎを起こすのはお嬢っすから」
すると、庭の隅でうずくまっていたグラケーノものそりと起き上がって。
「坊っちゃんに贈るものを色々と探しておるらしい。本当に愛されておるのう」
グラケーノは最近ボクのことを坊っちゃんと呼ぶ。
もうそこまで子供でもないのだが…彼に対しては誰も可愛らしい子供なのだろう。
「贈りもの?ボクに?」
そういえば、アカツキにそんな文化があったような…。
「ワシらが贈れるものって何じゃろうな?」
「オレ、お金も持ってないんで…心と身体を捧げるしか…」
「お前さんの奉公はちと重すぎるのう」
その通りである。もっと言ってやってほしい。
「最初に出会ったのが、マスターの女の子姿だったんで。どうしてもそっちの刷り込みのせいで完全に男として見るのも難しいっていうか…」
どうしよう。初対面のときにとんでもないミスをしていたことが発覚した。そのせいか。ヒグレの思考が時々分からなくなるのは。
こんなことならスバルの似顔絵で我慢して変身するんだった。
「マスターとなら血筋もややこしいことになりませんし」
ヒグレは混血。竜と吸血鬼、どちらと結ばれたにしてもその子供に異種族の血が混じってしまう。
「両親には悪いっすけど。この血はオレで絶やします」
生まれてくる子供に辛い思いはさせたくないんで、とヒグレは言った。
そうだ、ヒグレはその身に流れる血のせいで今も…。
…ちょっと待て。今、何かおかしなことを言われた気が。
「え?ボクとならってどういう意味?」
「そのままの意味っす。マスターとなら交尾しても子供はできないので安心してできるっすよ」
「ボクは何一つ安心できないんだけど⁉」
ヒグレがいよいよ変な方向に進みつつある。どうやって止めればいいんだ。
えっと、ええっと…。
「男同士で…その、えっちなんかしても、楽しくないでしょ?」
自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。
「顔が真っ赤じゃの」
「マスターのそういうところ、オレは好きっすよ」
仕方ないじゃないか。普段使う言葉じゃないんだし。
「めちゃくちゃ可愛いっすよ。マスターの赤面」
「見ないでぇ…」
ばふ、とマントを頭から被って丸くなった。
「ヒグレはまともなひとだって信じてたのに…」
「オレはいたってまともっすよ。ただ添い遂げたい相手がマスターってだけで」
そこが一番おかしいと思うんだけどなぁ。
「竜族は特に強さ重視で性別の意識も薄いし…男でもボクよりずっと素敵なひともいるはずだよ。だから…」
すると、ヒグレはふくれっ面になって。
「誰でもいいわけじゃないっす。マスターだからこんなこと言ってるんすよ」
ずい、と顔を近くして。思わず一歩後ずさった。
「えっと、側仕えとして側に居てくれるのは嬉しんだけど…」
「オレは一線を越えたいっす」
大変この子言い切っちゃった。どうしようどうしよう。
「なんでそうなるのかなぁ…」
そもそもの話。ヒグレが自我を取り戻した理由。
…いや、取り戻したというより埋め込んだといった方が正しいか。
真実の魔眼のあとに発動した、傀儡の魔眼。
魔王の機構権限の一つ。それは他者の自我を上書きする力。
十秒間目を合わせた相手の自我を、自分の思い通りにできる。成功確率は対象の意思の強さによって変わる。
自我が確固とした者だと、成功しない。しかしヒグレの場合、機構権限に抵抗できるほどの自我は残っていなかったので上書きは容易だった。
文字通り、ヒグレは新しい心を得たのだ。
…自我の上書きなんて恐ろしくてしたくなかったのだが、そうするほかなかった。
ボクが彼に与えたのは、素直さと明るさ。ボクがいなくても生きられるように、前向きに物事を考えられるようになってほしいと思ったから。
…ボクへの忠誠心など、一欠片も与えてないわけで。正直どうしてこんなふうになってしまったのか全く分からない。
自我が成長している、ということだろうか。
「オレはマスターのこと、大好きっすから!」
もしかしたらその気持ちも、魔王の機構権限によって植え付けられたものなのかもしれない。
…そんなことを言ったら、この子はどんな顔をするんだろう。
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ」
そう言って、笑ってボクは誤魔化した。
今はまだ、本当のことを伝えるべきときではないと思ったから。
「…こうなったら、本気で夜這いに行くしかないっすかね…」
大真面目な顔でそんなことを言い始めたヒグレ。
「キミもかなり物好きだよね…ボクのどこがいいの?」
「全部っす!」
うん、元気なお返事は大変素晴らしいが。ちょっとボクには分からない。
「坊っちゃんは誑し込む才能があるらしいの。頑張るんじゃよ」
グラケーノはどこかこの状況を楽しんでいるように思えた。
こうして城にはまともな者はいなくなり。より大騒ぎすることになるのだった。




