55.野心
やっと泣き止んで、グラケーノの話を聞いていた。
話を聞く中で、思ったことがあった。
「…どうして、勇者を解放したの?」
またやってしまった、とグラケーノが言っていた。
グラケーノは、また辛そうな顔をして。
「…ワシのようなものを、生み出してほしくなかったからじゃよ」
それはグラケーノ自身が考え、行動したこと。しかし完全に裏目に出てしまった形。
そもそもグラケーノが生まれた理由が、二代目が勇者を奪ったからであったからだが…。
「勇者さえ人間側についていれば、争う理由もなくなると思ったんじゃ」
実際、初代のときは膠着していた。
誰も、勇者が魔族に対して侵略行動をするなんて予想できなかったのである。
「お前さんは本当にすごいのう。人間と魔族の共存だなんて」
よしよしとでも言うように、グラケーノは頭を撫でた。
「…これも、立派な魔王の仕事だよ」
ようやく気持ちが落ち着いてきて、静かに深呼吸をする。
「相互的に、支え合う形を作るんだよ」
どちらかがいなくなったら、崩壊してしまうほどに。
魔族が人間の土地を開墾したり、人間が魔族と商売したり、移住したり。
気が付けばお互いの中枢機関まで入り込んでしまって。それを振り払えなくなるように根回しはしておいて。
受け入れるしかない、という世の中の風潮をつくるのである。
「風潮をつくるのに百年以上かかったけどね」
その間、ずっと各地を飛び回って問題を解決していったものである。
そして、相互協力の間柄が長くなると、だんだんお互いに相手に依存し合うようになってくる。
「いなくなったら困る人材は、大切にするものでしょ?」
利害の一致。損得で物事を考えるのは無粋だが、これも処世術である。
「国境も種族も超えた、巨大なネットワークだよ。一点でも綻びが生じれば、全体が崩れる。だから…より、互いを支え合う」
これは人間と魔族が生存競争をする中で、双方で培われた精神である。
「血の流れない、静かな侵略だよ」
するとグラケーノは、小さく笑った。
「やはりお前さんも魔王じゃな」
「お互いに一枚岩じゃないから、色々と大変だけどね」
それはヒグレの一件からよく分かることである。
…今のところ、ボクの目の前に残る問題は一つだけだ。
「そうじゃ、お嬢は忌み子ではないそうじゃな」
「まぁ、雰囲気がこちら側の人間だからね」
「それに…西暦が分からんようじゃったからの」
西暦…確か向こう側の暦だ。
「あと、あのメイドが出したドローンとかのことじゃが…」
あれはボクもよく分からない代物だ。
古代の文献から復元した、と言っていた魔道具。いつも使っている通信機や冷暖房の器具も復元したものだというが…。
「あれ、なんだか変だと思うんだよ」
文献に記された知識は、時代の流れを完全に無視しているのだ。
それはまるで、未来から切り取ってきたかのような…。
「やはり、お前さんもそう思うか」
グラケーノも、同じように疑問を抱いていたらしい。
「…書き記したのが、全て忌み子だったとしたら?」
グラケーノが示したのは、全く新しい可能性。しかしそう考えれば、納得できる。
「だとしたら、忌み子はずっと昔からいた…古代の知識は、全て向こうからもたらされたものっていうこと?」
あるのかどうかも分からない、向こう側と呼ばれる存在。
忌み子たちを産み落とす地獄といわれ、この世界とは何もかもが違う場所だとされている。
「まさか、キミの封印を解いたのって…」
ふざけている、としか言えない所業。その引き金。
「ああ、そのまさかじゃ。ワシはこの目で見たからの」
ずっと放置してしまっていた疑問。
一体誰が、何のために。
「ワシを手駒にしようとしたがの。失敗して喚きながら帰っていったよ」
グラケーノには洗脳魔法は効かないし、機構権限も効果がないのだ。
「殺した方がよかったかもしれんがの。どうしてもできなかったんじゃ」
…さっきまでの話を聞いて、殺せと言う方が難しいだろう。
グラケーノは、優しすぎるから。
「だって…信じたくなかったんじゃ」
スバルが言っていた、大規模影響系の能力。
そして、百年に一人だけの忌み子。
その全てが結びついて、たった一つの答えを導いた。
「ワシの封印を解き、盾を取り返した。あの者の名は…」
告げられたのは、ごくシンプルな結論だった。




