53‐4間 閑話.魔王になった大精霊
その昔、始まりの魔王は勇者のことごとくを討ち、魔族の大繁栄をもたらした。
しかし、増えすぎた子供を養うだけの土地はもうなかった。
口減らしのため産む子供の数を制限する魔王。それ以上は川に流すよう命じた。
それに反旗を翻した反乱軍。
そこで、初めての代替わりが発生した。
二代目は民のために、土地を手に入れることを決意した。
ないのなら、奪え。
二代目は、人間が持っていた肥沃な大地を次々と奪っていった。
ここで人間と魔族の膠着状態が破綻。人間は魔族を侵略者として、激しく争った。
その中で、勇者一族が魔王に捕らえられた。
戦局は崩壊。魔族たちの一方的な略奪が始まった。
激動の時代、アカツキ王国の姫の護衛を命じられた魔導士がいた。
その者は魔法において天賦の才を持っていた。
そして、人間の手で精霊を創るという禁忌を犯した。
もとは、姫の話し相手兼護衛役として創られたものだった。自我はなく、相槌を打つように設定され、命令に従うだけのものだった。
このままだったら数年で精霊という形も保てなくなるような、脆弱な存在だったが…。
「今日から貴方の名前はグラケーノ!とってもいい名前でしょ?」
姫がたわむれに、名を与えてしまったのだ。
それが禁忌だとも知らずに。
名を与えるということは、唯一の存在として認めるということ。それは重大な意味を持ってしまった。
精霊は、自我を持ってしまったのだ。
姫を護るために魔法を覚え、自身の力を伸ばし始めてしまったのである。それを人間が見逃すはずがなかった。
勇者を失った今、その精霊を兵器にするしか我々の生き残る道はない、と人々は口をそろえて言った。
魔導士は自我を持った精霊の恐ろしさを理解していた。全くの未知数の存在であり、暴れれば国ごと滅ぶことも分かっていた。
だから、存在ごと消そうとした。しかし全てが遅すぎた。
どうあっても殺せない、死ねない化け物ができあがっていたのだ。
それは本来の、精霊としての力を超えた先にあるものだった。
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい…!」
姫は泣いて謝った。とても苦しそうだった。
どうして姫が泣いているのか、精霊にはまだ分からなかった。どんな言葉をかければいいのかも、分からなかった。
その後、精霊は命じられたとおりに魔王を殺した。
そこには一切の感情もなく。ただ淡々と命令に従って。
大地を穿ち、星の血すら操る精霊に抗う力など、なかったのであった。
「全ては姫を、お国を護るためじゃ。お前さんには辛い思いをさせるが…人と魔を断つ、壁となって欲しい」
主たる魔導士が、泣き崩れながらそう言った。その涙の意味も分からなかった。
が、命令ならば、と精霊はその言葉に殉じた。
魔族を、大地の壁の中に閉じ込めたのである。
壁の中の土地だけで十分なほどに数が減っていたのは、もう皮肉でしかなかった。
そこから千年。うたた寝するように双方を見守っていた。
しかし平和は崩れ去った。
大地の壁を嘲笑うような、世界法則を歪める魔法。空間を捻じ曲げる力。
その革命の力はすさまじく、人々は長年忘れていた壁の向こうに手を伸ばすようになったのである。
混乱した。分からなかった。これではまるで歴史の繰り返しではないか。
止めなければならなかった。でも、できなかった。
人間と魔族が入り乱れる戦場で、どちらも殺せなかった。
精霊として護るべき人間。魔王として守るべき魔族。
どうすればいいのか、分からなかった。
相反する二つの使命に、耐えられなかった。
だから封印にも抵抗しなかった。
「大人しくこの中で眠ってろよ、クソラスボスが!」
久しぶりの命令に、すがりつくしかなかった。
封じられたのは、勇者が持つ伝説の盾。
外部との接続を断たれ、ひとりぼっちになった。
何も見えない、聞こえない。苦しくもなく、ただ虚しさだけが広がる世界。
何をすれば、正解だった?
そもそも、世界に正解なんて存在するのか?
考えて考えて、気が狂いそうになって、意識を失って。それを何万回、何億回と繰り返した。
繰り返す思考のうちにだんだんと、自我は成長していった。
封印が解けたら、魔王に会いに行こう。
魔族か人間かは分からないが、どちらでもかまわない。
戦争さえ起こっていなければ。
そして悠久の時を経て、色鮮やかな世界を見た。
風は爽やかで、血の匂いもなく。軍歌の声もせず。
軍靴の行進だって、聞こえなかった。
ああ、世界はこんなにも美しかったのか。
この身の全てで、新しい世界を感じ取った。
そして。
勇者と友達になった魔王と出会ったのだ。




