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魔王にレクイエムを  作者: 流月
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53.追悼

 冷たい夜に浮かぶ満月。澄みきった静けさの中輝く星。

 今夜は城から出て、北の山脈に来ていた。

 そう、ボクの故郷があった場所に。


「こんな夜に散歩かの?」

 ぴょこ、と積もった雪から顔を出したのはグラケーノだった。

「ろくに防寒もしておらんし…外套の一つでもヒグレに作ってもらえばいいいものを」

 …普段はこんな雪道を夜に出歩いたりしないから。子供の頃の寒さに比べれば、これくらい平気だから。

「…あまり心配かけたくなくてさ」

 本当は内緒にしておきたかったのだ。

 今夜はミコトとヒグレを城から出さないようにベルに頼んできたし。

「ワシには隠さなくて良かったのか?」

「…キミは山ごと身体にできるし、隠し事するの方が面倒だったからね」

 グラケーノは離れたオブジェクトデータにも接続することができるのだ。内緒で出かけるなんてことはまず不可能だろう。

「ワシもついて行きたいが…雪道でこの姿は不便じゃのう」

 丸い上に短足。確かに動き辛いことこの上ない。

「そうじゃ、少し姿を借りていいかの?」

 

 そして数分後。ボクとそっくりな姿になったグラケーノがいた。

 金属らしい黒い鱗と翠の瞳。まるっきり同じな体つき。

 あまりにもそっくりすぎたため、見分けるための線を入れてもらったくらいだ。

「やはりこっちの方が動きやすいのう。どうじゃ?上出来じゃろう?」

「なんか不思議な感じ。ミコトの気持ちがよく分かったよ」

 …これはなかなか使えるかもしれないな。隠し玉にしておかないと。


 しばらく二人で歩いて辿り着いた目的地は、小さな墓。

 ここにはかつて、北竜の里があった。

 骨すら残らず灰になったこの場所に、今では木々が立ち並んでいる。

 時のうつろいとはそういうもので、思い出の景色は塗り替えられてしまう。

 でも、もう取り戻したいとは思わない。

 失ったものはかえってこない。奪ったものはかえせない。

 せめてもの供養として、静かに冥福を祈る。

 今日は、里の命日なのだ。

 持ってきた花を、墓の前に手向ける。

 そして両手を合わせ、目を閉じた。


 お父さん、お母さん。お兄ちゃん、お姉ちゃん。みんな元気ですか。

 ボクは元気です。最近は友達もできました。

 争いのない世界を作りたくて、毎日頑張っています。

 辛いときもたくさんあるけど、きっとできるって信じてます。

 争いのせいで命を落とすことがなくなるように。一人ぼっちで残されてしまう子供がいなくなるように。

 だからどうか、見守っていてください。


 目を開き、軽く息を吐く。

 横を見れば、グラケーノも静かに合掌していた。

 …姿を変えたのは、このためでもあったのかもしれない。

「ああ、覚えてるとも。ここにあった、あの里のこと…」

 瞼が持ち上がり、少し寂しそうな目が見えた。


 するとグラケーノは、唐突に唄い始めた。

 その音を、旋律を、ボクは知っていた。

 深く沈んでいた記憶が鮮明に蘇っていくのを感じた。

「その唄、一体どこで…?」

 グラケーノは、はたとこちらを見て。

「つい、思い出して…お前さんの里でよく唄われていた、古い子守唄じゃよ」

 母が幼子に聞かせる、穏やかな調べ。安心感で包み込み、眠りへといざなう声。

 分かっていた。分かっていたはずなのに。


 どうしてこんなにも泣いてしまうのだろうか。


 頬を伝う熱い雫。言い表せない痛みのような感情が、強く胸をしめつけた。

 もう受け入れたと思ってた。平気だって思ってた。

 一人でも大丈夫って、笑えると思ってた。

 でもやっぱり悲しいかな。いなくなったってもう一度理解してしまうと、辛いよ。

 ああ、なんでだろう。涙が止まらない、苦しい。

 こんな姿、ミコトやヒグレには見せられないな。


「ああ、またやってしまった。どうしてワシはいつもこう…」

 グラケーノも、辛そうな顔をしていた。

「ワシの思慮が足らなかった、本当に申し訳ない」

 肩を抱き寄せられ、大きな翼に包まれた。

 触れる身体にぬくもりはなかったけれど、翼の中の暗がりは優しかった。

「…今夜は誰も見ておらん。だから、思いっきり泣くといい」

 今夜のことは覚えておかないようにしておこう、とグラケーノは言った。


 その夜は、声をあげて泣いた。

 どこかで無意識にせき止められていた何かが、あふれ出してしまうのを感じた。


「お前さんは頑張っておるよ。ワシなんかよりずっと」

 励ますような、自嘲するような口ぶりだった。

「やっていることは真逆じゃが、願うことは一緒じゃからの」

 人間との交流を深めようとしているボクと、一切合切の繋がりを断ったグラケーノ。

 しかし双方が願ったのは、争いのない世界である。

「ワシにもっと考える力があれば…」

 いや、考えることを諦めておったのかもしれんな、とグラケーノは言った。


「ああ、これから話すのは全部ワシの独り言じゃから、気にせんでおくれ」

 それは人間の手によって生み出された、感情の欠片を持った兵器のお話だった。

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