46.いえじ
シノの声には不思議な力があるように思えた。
落ち着いていて、耳に流れるのが心地よいというか。ひょっとしたらこれも魔眼に近い能力かもしれないが…本人の才能もあると思う。
あっという間に引き込まれて、不安ももみ消すようで。暗い雰囲気をどこかへと吹き飛ばすような。
…別に、私がシノの声が大好きとか、そういうわけじゃないし。
国民からもあの反応だし…本当に好かれているんだと思う。
「なんだかすごく疲れたよ…」
城に帰ってきて早々溜息をつくシノ。
行き帰り全部シノに乗っていた私に疲れはないわけだが。
「人を乗せて飛ぶのがこんなに難しかったなんて…」
快適な空の旅を楽しんでいただけの私。
いや、私だって何か役に立ちたかった。ただそういう出番がなかっただけで。
私の出番がない、というのは何よりも平和である証拠なのだが。
「昔と変わっておらんのう、この城も懐かしいわい」
ちょろちょろと城のあちこちを見て回るグラケーノ。
「今はこいつと私と、さっきの大悪魔と混血が住んでいるわ」
「多様性あふれておるのう」
その全員が曲者である。普通の人間が同居するのは難しいだろう。
「ただいま戻りました」
少し遅れて、ベルが帰ってきた。
…さっきまで王都の本部にいたはずなのに。早すぎやしないか?
「今日はお疲れ様。よくやったよ」
「…では、頭を撫でていただけますか?」
「はいはい。キミ昔から好きだよね、これ」
なでなでされて幸せそうなベル。きっと尻尾があれば振り回しているところだろう。
…羨ましい。
「ねぇちょっと、私も撫でてちょうだいよ」
「え?ミコトもこれ好きなの?」
仕方ないなぁと言いつつ私の頭も撫でてくれるシノ。
大きくてごつごつしてる。でもやさしくてあったかい。
「まさに両手に花じゃのう」
「ボク今、物理的に両手が塞がってるんだけど…」
するとシノは辺りを見回して。
「…ヒグレは?城の中にいるはずなんだけど…」
魔力感知を使ってみると、確かに城の中にいる。でも若干距離がある。
こういうとき、ヒグレなら真っ先にシノを出迎えると思うのだが…。
まさか、変な輩に絡まれてたりして…。
シノも同じことを思ったのか、かなり焦った顔をしていた。
そこで、パタパタと駆ける足音が聞こえてきて。
「あ!おかえりなさいマスター!」
私たちの心配を笑うかのように、能天気な顔でヒグレがやってきた。
…なんだろう、何もなくて良かったはずなのに取り越し苦労で疲れた。
「やっぱりおやつはマスターと食べたかったんで、まだ厨房にあるっすよ。お茶も淹れるんで、一緒にどうっすか?」
シノの帰宅がよほど嬉しいらしく、尻尾をぶんぶん振っていた。
しかしその身体は熱っぽくほこほことしていて。若干濡れたたてがみからは石鹸の香りがした。
ちょっと待て、出迎えが遅れた理由って…。
「あなた、こんなときにお風呂に入ってたの?」
「えっと、ころ…転んじゃって。ちょっと服が汚れちゃって。服のついでに身体も洗っておこうかなって」
任務中に風呂とは、なかなか図太いやつである。
「あ、そちらが三代目様っすか?」
「よくわかったのう。ワシのことはグラケーノでええよ。お前さん、名前は?」
「ヒグレっていいます。マスター…シノ様の、側仕えっす」
シノという名前を呼べて、ヒグレはちょっと嬉しそうだった。
「そちらの大悪魔のべっぴんさんは…ベルフェゴールかの?」
「はい。八十年ほど前に生まれました。ベルとお呼び下さい」
「千年くらい前はもっとたくさんいたんじゃがのう…また生まれてきてくれて良かったわい」
とてもほっとしてような、思い出して少し胸を痛めたような表情だった。
「そうだ、グラケーノはこれからどうするの?」
「うーむ。特に行く当てもないのう」
どうしたものか、と頭を悩ませるグラケーノに。
「なら、この城で一緒に住まない?」
それはあまりに唐突な、側仕えへの勧誘だった。
グラケーノを見込んだ、魔王としての言葉。
その言葉の裏には、政治やら戦略やらが隠れているのだろう。
でも私は単純に、グラケーノが仲間になったら楽しそうだと思った。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかの」
一瞬だけ、シノを推しはかる目で見た後。グラケーノはにっこりと笑った。
…なかなかに食えない部分も持ち合わせているらしい。
面白いじゃないか。
「よろしくね、グラケーノ」
「こちらこそ、よろしくですじゃ」
こうして、魔王ふたりが同じ城に住むことになったのだった。




