45.人望
グラケーノに暴れる意思はない。むしろこちらに加勢する気である。
機構権限…【真実の魔眼】は使ってみたが、効果なし。
やはり逸脱した存在か…まぁあの目は嘘をついている感じではなかったし、ひとまずは協力しよう。
…野放しにしておくのも危険だし、王都まで一緒に行くことに。
不安は拭いきれないが。ボクにだって奥の手があるのだ。
「こりゃあまたすごい結界じゃのう」
王都を丸ごと包むようにして展開された魔法。
多重構造で、強度はスバルのお墨付き。アカツキの宮廷魔導師団が総攻撃してもびくともしなかったらしい。無論、騎士団も惨敗したそうだ。世界屈指の大規模防御結界である。
…魔王クラスに通用するのかときかれると、返答に困るところではあるが。
「ベル。グラケーノは回収できた。結界の解除をお願いしてくれる?」
『了解です』
緊急時はボクが指揮権を持つようになるが、これも絶対ではない。現地の上層部の判断も必要なのである。
しばらくして、ゆっくりと一つずつ結界が解除されていった。
全て解除されたところで、広場に建てられた対策本部らしきところに降り立つ。
すると、すぐにパタパタと駆けてくる者がひとり。
「お久しぶりです、魔王様。こんな事態だと何ですが…」
ラグナロストの政治の中心たる議会。その長である人狼のツキヒである。
何度か一緒にご飯を食べて、国づくりについて語り合った仲である。
…人狼では強さが足りないから、魔王への勧誘はしなかったけど。
「鎮静魔法の効果もあり、大パニックにはなっていません。しかし緊急事態とあって、民たちはかなり不安を感じているようでして…」
鎮静魔法は、その名の通り精神を落ち着ける魔法。
「…洗脳魔法の応用なので、使いたくはなかったのですが」
ツキヒは少し悔しそうに言ったが。
「死人は出ていないんだな?」
「はい。それは絶対にあってはならないと、一同重々承知ですから」
「ならかまわない。民の命が第一だからな」
パニックになり、人波にもまれて小さな子供が圧殺されるようなことだってあるのだ。
「…そちらが、三代目様ですか」
ちら、とボクの肩にのったグラケーノを見やるツキヒ。
「ワシもこの国の平穏を願うのは同じじゃからの。暴れたりせんから安心してええよ」
猜疑の目を向けられながらも、グラケーノは穏やかな物言いだった。
「国中への通信魔道具の接続が終わりました」
テントの奥からベルがやってきた。
これからボクがやらなきゃいけないのは、民の不安を和らげることだ。
「陛下、お願いします」
ベルに勧められるまま、大きな魔導装置の前へ。
これが、今ある通信用魔道具の全てを繋ぐ中継地点。
ここに紡いだ言葉が、一言一句そのまま国中に届けられるのである。
どうしよう。急に緊張してきた。
でもこれは魔王としての仕事。責務なのだ。きちんとやらなければならない。
深呼吸。緊張に心臓が早鐘を打ち、冷や汗が首を垂れる中。
「…ボクの話を、聞いてくれるかな?」
魔王の声には、魔族の意識を強制的に引き付ける力がある。
これも魔王に与えられる力であり、刻み付けられる呪いの一つ。
機構権限・魔王。
魔王としての責務を果たすため、神より授けられたといわれてる。でも正直、ボクはこの力があまり好きじゃない。
魔族である者の全てを影響下に置けてしまう、恐るべき力。勇魔王の大虐殺を生んだのも、この力なのだ。
魔眼もその一つ。機構権限には様々な権能が詰め込まれているのだ。
「みんなには迷惑をかけてしまって、申し訳ない。でも、もう大丈夫」
王は王らしく振舞うべきだ、とスバルは言っていたけれど。
ごめん。やっぱりボクには難しいよ。
「三代目魔王が復活したけど、キミたちを襲うつもりはないことを表明してくれた。だから、大丈夫」
不安を和らげるのは本当に難しい。
それこそ機構権限を使って洗脳した方が早いし確実だ。でもボクはそんなことしたくない。
「みんなのことは、ボクが絶対に守るから」
この誓いが破られたときは、新しい魔王が誕生するのだろう。
「…はい、こちらがグラケーノ君です。みんな仲良くしようね」
敵対意思はないのだから、下手に不安を煽るような紹介もしない方がいい。
ぽん、とグラケーノに魔道具を手渡した。
「えー、ワシ、グラケーノっていうのよ。よろしくの」
グラケーノもそれを知ってか知らずか、のほほんとした雰囲気だった。
そして不意に訪れた沈黙。
…どうしよう。不安になってきた。急にグラケーノの紹介はまずかったかな?
王様はみんな堂々としていて、不安なんてないように思われることが多いけれど。
王様だって心があって、不安も迷いも抱えてる。それでもみんなの上に立ち、導くために不安の全てをひた隠すのだ。
王様が不安がってたら、その不安が全体に広がってしまうから。
「大丈夫かな、みんな不安になちゃったりしてないかな?」
魔道具のスイッチを切り、ツキヒに振り返る。
「大丈夫だと思いますが…」
すると、ベルがぽんと手を合わせて。
「では、国民みなさんの声を聞いてみましょうか」
カタカタカタ、と魔道具の操作盤を叩くベル。
画面の表示が切り替わり、こちらが音声を聞くモードになった。
そして聞こえたのは…圧倒的な大音量。
悲鳴でもなく、怒号でもないそれは…歓声だった。
「え?…え?」
びっくりしすぎて喉から変な声が出た。
『シノ様すっげー!』
『三代目様と仲良しなんだ!すごい!』
『夜天様ならできるって信じてたよ!』
『これでこの国はますます安泰だな!』
『八代目様万歳!シノ陛下万歳!』
断片的に聞こえる言葉は称賛そのもので。
さっきまでの不安を吹き飛ばすような歓喜に、混乱しながら安心していた。
信じてもらえてるって思うと嬉しくて、むず痒くて。ちょっと恥ずかしいくらいだ。
でも機構権限抜きでみんなの不安を拭えてよかった。
思ったより、ボクは頼られていたみたい。
「もうアイドルでもいいんじゃないかしら?可愛いし」
「そうじゃの。うぶな姿は見ていてほっこりするわい」
ミコトはにやにやと。グラケーノは子供を愛でるような目でボクを見ていた。
そしてもう一度こちらが話すモードにして。
「…うん、もうみんな戻って大丈夫!この後は議会の指示に従うように!」
それだけ言って、魔道具をツキヒに預ける。
「お任せください、魔王様」
ツキヒもしっかりとして面持ちで、頼もしかった。
ここはもうツキヒに任せて大丈夫だろう。
「じゃあ、ボクらは帰ろうか」
探ってみたところ、大規模な転移魔法の兆候もなく。
このタイミングで王都を狙わなかったのは不思議であるが…。
…相手の目的は別にある、ということだろうか。




