44.まおう
三代目魔王に敵対意識はなく、戦闘にはならなかった。
…戦いにならなかったのはもちろん嬉しいが。私の出番がないのが困る。
「えっと、グラケーノさん、でいいのかな?」
「そんなに堅苦しくせんでよいよい。ワシも敬語とか苦手じゃからのう」
じじくさいというかなんというか。三代目は伝承通り非常におおらかな性格のようであった。
「じゃあ、グラケーノ。もう少し小さくなれないかな?その大きさじゃみんなびっくりしてるから…」
ちら、と宿屋の方角を確認するシノ。
「…良かった、巻き込まれてない」
私には何も見えないが…竜の視力なら可能なのだろうか。
壊されていないのなら、良かった。
「ああ、すまんのう。つい昔の癖で」
ごごごご、と山が沈んでいき、地割れにぴったりとはまり。そのまま何事もなかったかのようにくっついた。
そしてまた地面が小さく蠢いて、小さな竜を象った。
短くずんぐりとした四本の脚。全体的に丸っこいフォルム。背中は亀の甲羅のようで、小さな山のようにも見えた。
翡翠の瞳は大きく、なんとも可愛らしい姿をしていた。大きさはやや大きい犬くらいで、シノなら普通に抱っこできそうだ。
高度を落としたシノの背中から飛び降りて、着地。
「これでいいかの?」
新しい身体を慣らすように動かすグラケーノ。
「うん、ばっちりだよ」
ほっとした表情を見せえるシノ。やはり相当緊張していたらしい。
「グラケーノは、人間とか魔族を襲うつもりはないんだね?」
「ないない。襲う理由もないからの」
ちか、と目を赤く光らせたシノ。魔眼を使ったらしい。
それにさして驚くでもなく、グラケーノはのんびりと答えていた。
「じゃあとりあえず、ボクは王都まで行くけど…」
「ならワシも一緒にいっていいかの?」
グラケーノも王都観光したいのだろうか?
「色々と迷惑をかけたようじゃし、謝りたいからの。それに…ワシも国を荒らされるのは良しとせん」
言っている意味がよく分からないのだが…。
「分かった。連れていく。でも妙な真似をしたら…分かってるね?」
シノにしては珍しい、脅しのようであった。
「うむ、分かっておる。じゃがワシに機構権限は効かんぞ?」
「…問題ないよ。民を守るというだけなら、手段は選ばなくていいからね」
何だろう。すごい睨み合いが繰り広げられている気が。
「もう少し魔力を抑えることはできる?」
「ああ、できるはずじゃよ」
ふんっ、と唸るグラケーノ。すると放たれていた強烈な魔力が見る間に小さくなっていった。
そしてどこかからプルルルル、という音がして。
「あ、ヒグレだ」
腕にはめていた魔道具は通信用だったらしく、すぐに対応するシノ。
『あ、マスター!なんか急に魔力が小さくなったんすけど、大丈夫っすか⁉』
若干ひび割れたヒグレの声。音声で対話できる魔道具って、まだベルしか作れるひとがいないとか言っていたような気がするのだが…。
「大丈夫だよ。あとは王都だけど…ひとりでお留守番できる?」
『あの、マスター。オレもう子供じゃないっすけど』
「厨房の方にお菓子置いてあるから、食べちゃってね」
『子供意外何なんすかこの扱い⁉」
グラケーノはそんなやり取りを微笑まし気に見ていた。
「仲が良いんじゃのう」
「ええ。もう一種のハーレムよ」
なお種族と性別は問わない。曲者しかいない。
「あんなに部下を慕い、慕われていた魔王はおらんよ。いやぁ見ていて楽しいのう」
…油断ならないような部分もあるけれど。やっぱり悪い奴ではないと思う。
「シノは可愛いのよ。ちょっと意地悪したくなっちゃうくらい」
「お前さんも若いのう」
すごく嬉しそうだ。祖父母が孫を見る目ってこんな感じなんじゃないだろうか。
「王都まで飛ぶから、乗ってくれる?」
また飛ぶのか。でも…。
「もうグラケーノの魔力の影響はないのでしょう?なら転移魔法を使ってもいいんじゃ…」
グラケーノの前で、というのはいささか気まずいが。急を要するのならそっちの方が断然早い。
「王都には対魔法結界があってね。内部への転移はもちろん、その周辺地域も使用できる魔法を制限されているんだよ」
…そういえばそうだった。
転移魔法の開発によって、戦争の鉄則が全て覆された。
混乱する世界の中で民や領土を守るために、技術が磨かれてきたのである。
「それはまた面白い魔法じゃのう…ワシのおかげか」
その言葉は少し自嘲のようにも聞こえた。
そう。グラケーノが魔法技術に対抗できなかったことから、魔族ではより魔法の研究がされるようになったのである。今では魔族の方が魔法技術が発達しているくらいだ。
「ベルとも連絡が取れた。すぐに飛ぶよ」
身を低くするシノの背にまたしがみついた。
グラケーノも小さい爪で必死にしがみついていて…不覚にも可愛いと思ってしまった。
「しっかりつかまっていてね」
そしてまた空へと舞いあがり。あっという間に流れていく景色を眺めながら。
シノって意外と男らしい背中してるな、と呑気なことを考えていた。




