41.復活
風が肌の熱を奪い去っていく季節。森はいつも通り静かで、空は澄んだ青をたたえていた。
スバルに言われて行ってみた温泉。とりあえず三代目の封印に干渉された形跡は見つからなかったから、そう伝えておこう。
やっぱり監視がつけられている気がするし、牽制効果は十分なはず。
…でもしばらくはお酒は飲まないでおこう。
「ねぇシノ!王都で果実酒を買ってきたわ!飲みましょ!」
なんでこの子はこんなに嬉しそうなんだろう。
「あのねミコト。ボクはしばらく禁酒するから。ベルを誘ったらきっと一緒に飲んでくれるよ?」
「あんたとがいいのよ。ベルって悪魔だから状態異常無効だし、酔っ払わないのよ」
それキミにも言えることだと思うんだけど。
「あ、ヒグレはどう?あの子ならまともな毒耐性あるだろうし」
え、とすぐそばで掃除をしていたヒグレが振り返った。
「ヒグレはお酒飲めるんだよね?」
「まぁたぶん…耐性はあるんすけど、飲ませてもらったことがなくて。このあいだも飲みそびれたし…」
それは…はい、ごめんなさい。
「ボクがあんなに泥酔してなきゃ…ほんとごめんね」
「いえ、マスターの可愛い一面が見れたんで、オレは嬉しいっすよ」
ゆらゆらと尾を揺らすヒグレ。
そんなに面白いものかなぁ、ただの見苦しい酔っ払いだと思うんだけど。
「私はシノと飲みたいのよ。で、どさくさに紛れて一服盛ってあんなことやこんなことを…」
一周回って好感が持てる悪意の表明である。
「というか、王都?アサギリ?」
「いいえ。ラグナロストの王都の、シルフルートに行ったわ。色んな種族がいるし、人間にも親切な良い場所だったわ」
とても満足そうに笑うミコト。よほど気に入ったらしい。
「特に大通りにある露店の串揚げが絶品で…」
そんななんでもない会話をしていた、そのとき。
唐突に、何か冷たいものが背筋を撫ぜた。
悪寒。言い表せない不安が、急に頭を揺さぶった。
何か大きなことが起こる。そんな直感が走って。
それはほんの数秒後に現実になった。
ごっ!と、大地が咆哮し、間髪入れずに大きな揺れが森全体を襲った。
床に膝をつき、待つ。
揺れが収まってから、ゆっくりと立ち上がった。
「誰もケガしてない?」
二人とも無傷であることを確認し、息を吐く。
「な、何なんすか、このバカみたいに大きな魔力…」
一番魔力に敏感なヒグレが、小さく震えだした。
一拍遅れて感知した魔力は、恐ろしいほどに強大だった。
これ、まさか。いや、そんなこと…。
「三代目魔王が…復活した?」
ぼそ、とミコトが呟いた言葉。本人も半信半疑であった。
が、そうとしか考えられなかった。
「活動の再開…封印を破った?いや、解かれたと考える方が自然か…」
いずれにせよこれは緊急事態である。
この世に本来あってはならない、魔王が二体存在するという事態なのだから。
三代目魔王。大地を操る力を持っているとされ、その実力の底を見せていない魔王。
「封印を解いた?一体誰が、何のために?」
混乱した様子のミコト。しかし今それ以上に重要なことは…。
「あれがどう動くか…まずいな。敵対なんかしたら手がつけられない」
「そんなにまずいもの?三代目魔王って、気性は穏やかなのでしょう?」
首をかしげるミコト。
穏やかだったのは封印以前の話。でも今は状況は違う。
「この五百年間、眠っている状態ならいい。でも…もし思考を止められず、人間や魔族に対して憎しみを抱いたとしたら?」
あり得なくはない。あの魔王は存在そのものが異常なのだ。
「そうじゃないにしても、歩くだけで災害になりえるからね…」
もし、例の輩が絡んでいたとしたら…このパニックに乗じて事を仕掛けてくるかもしれない。
…牽制効果はなかったか。これは裏の裏をかく策士か、よほどの阿呆か判断がつかないな。
でも今代の魔王として、ボクは民を守り抜く義務がある。
「国盗りなんて、させない」
魔王としての使命を言葉に、覚悟を決めるのであった。




