38.きょうがく
ベルはシノによって生み出された。
幼い頃は、シノを親として認識していたのだという。
「小さい頃はお風呂も一緒だったのですよ?」
それは衝撃的な事実であった。
「二人がそんな間柄だってなんて、知らなかったわ…」
「お願いすれば添い寝もしてくださいました」
う、羨ましくなんか…羨ましくなんか、ないもん。
「こうなったら本気で寝首を掻きに行くしか…」
「普通に一緒に寝たいって言った方が早いです。あの方は乙女心が分からないのですから」
でも直球で言うのは恥ずかしいのだ。
ああもうなんであいつは察してくれないんだ。変なところで鋭いくせに。
「どうすれば振り向いてもらえるのかしら」
「それが分かっていれば妾も苦労していません」
…思いの外ライバルが多くないか?
あいつ、本当に無自覚に誑し込んできていたとは。
こういう男女別のとき、私やベルは引き離される。しかしヒグレはシノにくっついたまま。
ヒグレもヒグレでシノのこと大好きって感じだし…何とかしなければ。
「向こうも何か話しているようですね」
聞き捨てならないな。
「ヒグレも最近肉付きが良くなってきたよね~」
「最近、食べ過ぎな気もするっすけど…って、マスターどこ触ってるんすか⁉」
「いやぁ、服を着るようになったからね。こうやって直で触れる機会も少ないし」
「ひあっ⁉ちょ、待って、そこは弱いからっ…」
壁を吹き飛ばそうとする私を羽交い締めにするベル。
「ここは重要な施設なのです。壊されては困ります」
背中に当たる重い質量と柔らかい感触に一瞬怯んだ。
これがおっぱいの感触…。
いや、今はそれどころじゃない。
「とても事件の匂いがするのよ!行かせなさい!」
「ならせめてタオルの一枚くらい巻いて行ってください。陛下に怒られてしまいます」
…仕方ない。
すぐに脱所に向かい、タオルを一枚巻き…男湯に飛び込んだ。
そこにあったのは、ヒグレの脇腹に手を当てたシノ。
「あんたたち何してんのよ⁉」
「キミこそ何しに来たの⁉」
滑らないように気を付けて、着地。
「私は助平な会話が聞こえてきたから飛んできたのよ。さぁ白状なさいシノ!」
「えっと…ヒグレの脇腹をくすぐって遊んでました…」
半裸の勇者を前に正座させられる魔王という珍妙な光景の完成である。
横には半ばパニックになり、色んな意味で顔を真っ赤にするヒグレ。
「ごめんなさいヒグレ。ちょっと調子に乗って…」
「マ、マスターが謝ることないっすよ。オレも、その…いや、それ以上にお嬢が男湯にいることの方が問題だと思うんすけど」
話題をこちらに向けられてしまった。どうしたものか。
「…本当に何しに来たの?」
そんな目で見るな。これじゃ私が変態みたいじゃないか。
「お嬢、早く女湯に戻ってほしいっす。タオルが濡れているせいで…身体のラインが出てるんで…」
恥ずかしそうに目を伏せるヒグレ。
「…胸が小さいって言いたいの?」
「なんでオレそんな怖い目で睨まれなきゃいけないんすか⁉」
気にしているのだから睨むのは当然だろう。
「紛らわしい可愛い悲鳴をあげないでちょうだい。シノがとんでもない助平認定されるところだったじゃないの」
「全部お嬢の勘違いっすけど…そうっすか、そんなふうに聞こえたんすか…」
「ねぇ、それってボクが男を襲う見境なしみたいに思われたってこと?」
そう思えたのだから仕方ないじゃないか。
「女性に飢えたのなら、あるいはと思って」
「いや、そんなことは…え?なんでヒグレは満更でもなさそうな顔してるの?」
「…マスターなら、身も心も捧げる覚悟っす」
ぽっと、ヒグレの頬が朱に染まった。
「…やっぱり、シノは女の子だったのね?」
雄であるヒグレにそこまで言わせるとは恐ろしい。
「お願いだから止まってこの勘違い!」
悲痛なシノの叫び声が、山々に木霊した。




