36.にゅうよく
可愛いとか、花みたいとか。なんでそうすらすらと口にできるのだろうか。
今に始まったことじゃないが、やはりむず痒い。
結局ベルに一度も勝てないまま日がすっかり暮れてしまって。
みんなで風呂に入ることになった。
男、女と書かれた暖簾の前で。
「ねぇ、なんでボクのことを引き留めるの?」
「あんたが男湯に行こうとしてるからよ」
シノはきっと女の子だから、女湯に入らなければならない。
「だからボクは雄なんだってば」
「女の裸を見ても興奮しないのならいいじゃない」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ…」
私はシノとお風呂に入りたいのである。
「私はあんたの女の子姿の裸を見たわ。なら私も見せる義理があるでしょう?」
「どうしてそんなめんどくさい義理を持つかなぁ…」
うう、と頭を抱えるシノ。
「妾たちは先に入りますね」
「じゃあ男湯で待ってるっすよ、マスター」
すささっと先に脱衣所に向かう二人。
「え⁉ちょ、この状況どうすればいいの⁉」
しれっと面倒ごとから逃げる二人。ヒグレも成長したな。
「あんたにドキドキしてもらいたいのよ。一回見てしまえばきっと女の子の良さが分かるはずよ」
「キミの言ってることが何一つ分からなくなってきたよ…」
自分でも言っていることがめちゃくちゃなのには気づている。が、あえて無視する。
気持ちが先走ってるというか…女の子として意識してもらえなかったのが少し悔しかったというか。
褒めてもらえるのは嬉しいけど恥ずかしいし。
…私、すごく負けず嫌いなんだろうな。
「そもそもね。竜族は雌雄に見た目の差はほとんどないから、裸とか言われても困るんだよ。判別だって、匂いでやってる部分が大きいし…」
困りながらも必死に説明しようとしているシノの姿が、どうにも可愛らしく思えてしまった。
種族が違えば常識も違う。それは最初から分かっていたこと。
共存するのは本当に難しい。でも私は諦めない。
シノだって、平和を諦めなかったんだから。
…とりあえずは。
「絶対にあんたを嫁にしてやるわ!」
「待って。ボク、どこから訂正を入れたらいいのか分かんない」
その後しばらく言い合っていたが私の方が根負けし、別々に入ることになった。
「思いの外遅かったですね」
ちゃぽん、と湯船に浸かったベルが振り返った。
湯の熱でほんのり色づいた肌に、たおやかな肢体。水滴を垂らす首筋と深い鎖骨。
何より、動くたびにぽよよんと揺れる胸が私に敗北感を与えていた。
「おっぱい美人め…」
「罵倒になっていませんよお嬢。いつもの切れ味はどうしたのですか?」
私ももう少し女性らしい体つきになったらシノも気にしてくれるのかな…まだまだ先の話になりそうだが。
「悪魔って思い通りに姿を変えられるのでしょう?羨ましいわ」
トランプで完敗したこともあって、私はふてくされていた。
「ま、これも妾の敗北の証なのですが…陛下に気に入られようと努力した結果です」
少し残念そうに笑うベル。
「あなたが、シノに?気に入られたかったの?」
そして敗北しているとは…なんてやつなんだ、あいつは。
「気に入られてはいるのですが…側付きとしてではなく、女性として見られたかったのです」
知らなかった。ベルにそんな気持ちがあったなんて。
「人間でなく、竜の姿なら意識してもらえたかもしれませんが。妾は道具作りが使命なので、この姿を捨てるわけにもいかないのです」
ベルの強みは他の追随を許さぬ圧倒的な技術力である。
通信魔道具に転移魔道具。そしてあの銃。いずれも世界に革命的な力を秘めたものだ。
「そういえば、あなたは何の悪魔なの?」
大悪魔は大罪系の欲望から生まれる。
そして悪魔の力や性格は、自らを生んだ欲望に強く起因する。
「ああ、まだ言っていませんでしたね」
懐かしむような表情で、ベルは深く息を吸った。
「妾の名はベルフェゴール。怠惰の大悪魔です」
大悪魔としては若すぎる、百にも満たぬ若者。
「少し、昔話をしましょうか」
ベルが語ったのは生まれて間もない頃のこと。
その昔話は、平和な人々の欲望から始まった。




